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旧友

庭の木が、枯れた。
数年前、母が亡くなってから急に元気がなくなり、花も実もつけなくなった。
何だか切なくて、しばらくそのままにしていた。
来年はまたきっと新芽が出て、花をつけてくれるだろう。
密かに期待して、待ち続けた。
が、駄目だった。
次の年も。その次の年も。
木は、完全に死んでしまった。

友達が、来た。
ときどき、何の前触れも予告もなく、ひょっこり来る。
いきなり、インターホンが鳴る。
昔から、そうだ。
中学校からの友達だから、もう長い付き合いになる。

「枯れてるなぁ。」
眠い目をこすって出て行った私の前で、彼は木を見上げながら言った。
何でもほったらかしで前しか見ていない私と違い、彼は良く気がつく。
「やっぱり、ダメか。。」
「これはさすがに、死んでるな。そのうち折れるよ。危ないから切ってしまおうか。手伝うよ。」

確かに、大風が吹いた後は枝が落ちていることがあった。
自分でも、切らなきゃいけないかなと思いつつ、どうしても手を下すことができずにいた。
彼が、勧めてくれたお陰で、やっと決心がついた。

まず枝を落とす。
のこぎりとか、高枝切りとか、いろいろ道具を準備したが、拍子抜けするほど、脆かった。
細い枝は、ポキポキと手で簡単に折れてしまった。
危なかった。
通行人の上にでも落ちていたら、一大事だった。
今日、切ることにして、よかった。

幹の方は太くて、予想以上に時間と労力がかかったが、彼が手伝ってくれたので、何とか午前中に作業が終わった。

ここに引っ越してきたとき、母が婦人会の日帰り旅行に行って、お土産にもらってきた苗だった。
何も無かった庭に、植えた苗。
毎年春になったら真っ紅な花を咲かせ、実をならし、すくすく伸びて、2階に届くぐらいになっていた。

今また何も無い空間が、できてしまった。

何とも言えない寂しさが、押し寄せて来た。

それからしばらく、私は忙しくしていて、あまり家に居ない日々が続いた。

つい先日、日曜日の朝。
またインターホンが鳴った。
その日は、何となく来そうな気がして起きていたから、すぐに出た。

「久しぶり。」
「ああ、何度か来たが、留守だったみたいで。」
「それは悪かった。忙しくて。」
「いや、いいんだよ。庭、スッキリしたな。」
「お陰様で。やっぱり切ってもらって良かったよ。」

話をしながら、気付けば彼は手を動かしている。
庭の雑草を取ったり、枯葉を集めたり。
あっと言う間に、庭が綺麗になった。

「ありがとう。お陰で少しはマトモな形で正月が迎えられそうだ。」
「よかったな。じゃあな。」
「待て、お礼にどこかで昼飯でもどうだ?」
「オレはどっちでもいいよ。」

こういう時、返事が肯定であっても、彼は絶対に
「行こう、行こう。」
とは言わない。
「どっちでもいいよ」は最高の肯定表現なのだ。
長年の付き合いで、解っている。

お昼を食べて、彼の家まで送って行った。

「ちょっと、寄ってくか? 別に大したものは無いが。」
「あ。うん。」

リビングに入る。
私にも増して工作好きの彼は、いろいろな物をさりげなく自分で作っている。
普通の人の目を引くようなものはない。
だが、工作をする人間が見ると「お!?」となるものが、実は部屋中にある。
テレビ台だったり、リビングの机だったり。

音楽が鳴っている。
音源はパソコン。
足元に目立たない小さな箱がある。
箱が自作なので普通の人が見ても、それがパソコンだとはなかなか気付かない。
自作のリビング机には、下に小さなスロットがあって、そこにアルミの薄い箱がある。
自作のアンプだ。
そしてスピーカーは、机と窓の桟の間、橋をかけるように木のボードが固定してあり、その上に載っている。
あまりにも小さい、手のひらに乗るほど可愛いスピーカーだ。そこから、信じられないほど太い、しっかりした音が出ている。

「なかなか、いい音するだろう?」
「すごいねぇ! あんなに小さいのに。自作。。だよな?」
「うん。ユニット(スピーカー本体)は、ほら、去年の正月にデジット(知る人ぞ知る日本橋の電子パーツ屋さん)のセールで、2個500円で買ったろ? アレだ。」
「え? アレ!?」

スピーカーの音は、ユニットよりもそれを収める箱の設計で大きく変わる。
安物のスピーカーでも、箱の設計と作りさえ良ければ、素晴らしい音が鳴るものなのだ。

「箱に見覚え、無いか?」
「?」
「知ってるはずだぞ。」
「??」

意味ありげに、ニヤニヤしている。

「君んちの、庭の梅の木だよ。」
「???」
「アレで、作ったんだよ。」

そんな、まさか!

「母親の大事にしていた梅の木だって言うからさ、全部捨てるのも忍びなくてね、使えそうなところを持って帰ってスピーカーにした。ただ、使える部分は思いのほか少なかったから、ミニミニサイズになってしまったが。」

そう言いながら、アンプの電源を切って、スピーカーを外す。

「ほら、やるよ。少し早いが、クリスマスプレゼントだ。」

小さな段ボール箱に、入れてくれた。

身長180センチ超だった父とは対照的に、超小柄だった母。
だから、母の梅の木のスピーカーもミニミニサイズになった。

家に帰ってきたスピーカーは、さっきから大音量でクリスマスソングを奏でている。
小さくて軽いのに、信じられないほど懐の深い音を出す。

そういえば、小さいのに、よく歌い、よく喋る人だったな。






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