縦笛

リコーダー。
縦笛の一種で、小学校の時に、唯一持っていた「マイ楽器」である。
買わされたから、「持たされた」というべきか。
高学年になると音楽の授業で習った。

楽器は、楽しい。
リコーダーは、小学生にとって恰好のオモチャになった。
流行りの曲を奏でる奴、
ただ単音を出し続けて「焼き芋屋」を表現する奴、
無理やり横に構えて、頑張って「ギルの笛」を吹く奴、等々。

音楽の授業で、「エーデルワイス」をやらされることになった。
4人で班を組み、メロディーと伴奏ふたりずつ、ふたつのパートに分かれる。
最後に各班がみんなの前で「発表」し、それを録音して後でみんなで聴こう、という趣向だった。

私の班に、T林という奴がいた。メロディー担当だ。
私は伴奏担当。
「ミーソレー♪ ドーソファー♪」とメロディーが流れている後ろで
「・ソ・ソ♪ ・ファ・ファ♪ ・ミ・ミ♪ ・ラ・ラ♪」とやっていれば良いので楽勝。
・・のはずだった。

本番当日。
音楽の先生は、ショートカットで、まるでタカラヅカの男役みたいに美しくカッコイイ女性だった。性格はさっぱりしていて良い先生だったが、とても厳しかった。

発表会でもし何かやらかしたら、タダでは済まないだろう。
嫌が上にも緊張感が漂う。

張り詰めた空気の中で、演奏は進行する。
いよいよ、私の班のひとつ前まできた。

ひとつ前の班には、S木と言う奴がいた。
どちらかといえば真面目で大人しい、あまり目立たない奴だった。

先生が、テープレコーダーのスイッチを入れた。
S木の班の演奏が始まる。
だが、S木の様子が何か変だ。
「演奏は姿勢も大事です。背筋を伸ばして立ち、まっすぐに前を、お客さんの方を向いて、心を込めて吹きなさい!」
何度、先生に叱られたことか。
にもかかわらず、S木は横を向いている。
体と顔は前を向いているが、目玉だけが横を向いている。
顔が真っ赤だ。
そしてついに。。。

「ぷひーっ!!」

S木の笛から、とんでもない音が出た。
「噴いた」のだ。

音楽室が凍りついた。
と、同時にただでさえ張り詰めた空気に、妙な緊張感が加わってしまった。

最悪の状況で、我々の班にバトンタッチされた。
でも、やるしかない。
ちゃんとやらないと、後であのタカラヅカ先生にどんな仕打ちを受けるか。

録音スタート。
「かちゃっ。。」
もう、後戻りはできない。
変な汗がでる。
このテンション。この空気。
「笑ゲージ」が、既に98%ぐらいまでいっている。
あと、ひと押し。
なにか些細なきっかけがあれば、「笑ダム」が決壊し、一気にすべてが噴出する。

本当は目を閉じて、演奏に集中したかった。
でも、そんなことをしたら後で先生に叱られる。
だから、少し目を開けた。
そう、まっすぐお客さんの方を見て!

真正面に座っていたのは、さっきのS木だった。
とんでもない「変顔」を作っていた。
両手の指を駆使し、顔を歪め、これでもか、これでもかと。。

「やばいっ!」

後で解ったことだが、実はS木が本番の演奏をしていたとき、私の横でT林がS木に変顔を送って笑かしていたらしい。
だからS木は、噴いた。
S木はその仕返しに、私の横でメロディーを吹いていたT林に変顔を送ったらしい。
だが、T林は耐えた。
代わりに、何の罪もない私のゲージが一瞬で振り切れた。
まさに「コラテラル」だ。

絶体絶命のピンチ。
肺から大量の空気が発作的に排出される直前の0.15秒で、私は咄嗟に3つのことを考えた。
1.恐怖の「ぷぴー!」だけは絶対に避けたい。
2.幸い、伴奏パートはふたりでやっている。
3.伴奏パートのもうひとりは、完璧に演奏をこなす真面目で賢い女子、K田さんである。

よし!
噴く瞬間、私は口の中に舌でバリアを張った。
「発作的空気」は全て、鼻に抜けた。
笛は「ぴ」とも鳴らなかった。

当然、演奏もそこで途切れた。
でも。

隣にはK田さん。何事も無く、伴奏を奏でてくれている。
私は指だけで演奏。
大丈夫。バレない。
エア演奏。
いや、むしろエアレス演奏と言うべきか?
これはいい。
このままラストまで、いくぞ!

不思議なもので、絶対大丈夫とわかったら、緊張が解け、心に余裕ができてきた。
「曲の最後の音、伸ばすところ。ここだけは、合わせておくか。キメるところだもんな♪」
一番最後の音だけ、心を込めて吹いた。
エアーじゃなくて、本当に音を出した。
「見事にキマったぜ♪」

と思っていた。

授業の後半、みんなで今録った録音を聴いた。
当然、S木の「ぷひー!」もしっかり録れていた。
動かぬ証拠。
後で、先生にこっぴどく叱られることになるであろう。

そして、我々の班。
上場の滑り出しだったが。
まず、T林のメロディーが不安定になった。
耐えたと思っていたが、耐えられていなかったのだ。
そしてその直後、伴奏のうち「へたくそな方」が、「明らかに」消えた。
誰が聴いてもわかる。
クラス全員が、ぷっと笑う。
録音すると、モロバレだった。ということは。。。

曲の最後の最後。
「花よ~~~~♪」
の、「よ~~~♪」で、いきなり、あまりにも白々しく、伴奏が加わった。

クラスは大爆笑。
私は真っ青。

T林とS木と私の3人。
弁解も空しく、
「オスカル。言うことはそれだけか。」
タカラヅカ男役先生に思いっきり殴られた。


時は流れ、先日のこと。
学校で働いていた時に一緒だった先生から、急にお誘いがあった。
「リコーダーの練習に付き合ってくれないか?」
という話だった。

リコーダー。。
「あの時」以来である。

リコーダーは、まだ持っているはずだが、多分小学校の思い出と一緒に箱に入ってどこかの押し入れの奥にある。すぐには出てこないと言ったら、うちにいくらでもあるから大丈夫、と言う。

先生宅にお邪魔したら、大きいのやら小さいのやら、確かにいろいろ、あった。
懐かしいプラスティック製のジャーマン式リコーダーを手に取り、先生が編曲した楽譜を見ながら、久しぶりに息を吹き込んでみた。

子供の時と同じ調子で吹いたら、いきなり1オクターブ上の音が出る。
そっか。大人になったから、肺活量も遥かに大きくなってるんだ。
子供の時は、普通に吹いて丁度の感覚だったけど、大人はもっと優しく吹かなきゃいけないんだ。
リコーダーって、こんな繊細な楽器だったんだ。

すべてが、新鮮で、楽しい。

先生が晩御飯の準備をしてくださってる間、楽譜をにらみながら、とりあえず一人で練習するがなかなか難しい。

じゃあ、4人で合わせてみましょうと言うことになり、楽譜を囲んで音を合わせる。
男子2人、女子2人。
奇しくも、「あの時」と同じだ。
アルトは先生が、ソプラノ1は吹奏楽部OBの女子、ソプラノ2は私ともうひとり、どんな楽器でも奏でる音楽女子Gさん。
早い話が、私以外はみんな音楽経験の豊富な方々である。
私は、Gさんに助けてもらうのだ。
これも、「あの時」と同じ。

「では、録音しましょう。折角ですから。」
音楽にも相当詳しいが本職は「音」の研究者である先生は、何やら高級そうなマイクをスマホに繋ぐ。

練習と解っていても、緊張する。
「せーの」
軽やかに演奏が始まる。私を除いて。
先生は、今日買って来たばかりの高級アルトから早速綺麗な音を出している。
元吹奏楽部女子はソプラノ1をひとりで、やすやすと。流石だ。
音楽万能女子Gさんは、私の横で、まるであの日のK田さんのように完璧なソプラノ2。
私が少々間違えても、曲のクオリティーを保ってくれている。
とても美しい、楽しい曲だ。
先生、すごい!
そしてここにはS木もT林もいない。
よし、いけるかも!!

「ハクショーン!!!」
くしゃみをしたのは、「先生」だった。
私はとっさに、口内に舌でバリアを張った。
子供の時に学んだことは忘れない。
「あの時」に体得した技術は、今も健在だった。
だが。。
吹奏楽女子が、逝った。

「ぷぴーーーっ!!」

何十年かぶりに、
「あの時」の「あの音」を聴いた。









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