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『草の種と猫の背中』

「 猫の背に乗って旅する草の種 爽子 」

僕は草の種。この雑然とした野原で生まれ育った。
このままだと僕は種としてここで眠って春を待ち、
この野原で芽吹き花を咲かせ、新しい種を結んで一生を終えることになるだろう。

いやだ!
そんなのいやだ。
どこか遠くへ。
見たことのない場所へ。
僕が強くそう思った時、目の前を大きな(僕には大きく見えたが普通の大きさの)トラ猫が通りかかった。
僕は自分のいる草の茎を精いっぱい揺らして、猫の背をめがけてジャンプした。

僕を背中に乗せたトラ猫はのんびりと歩いた。
それは旅というのに少し不似合いな、穏やかな温かい時間だった。
お日様が猫の背中を温める。僕も温まる。
熱くなりすぎると猫は日陰でごろりと休む。
起きて水たまりの水をぺろりとなめて、また歩き出す。
やがて目的地らしい、小さな家の小さな庭に着いた。
そして前足をそろえて行儀よく縁側の前に座った。
「トラちゃん。待っていたよ」
戸をあけて小さなおばあさんが縁側に出てくると、サンダルをつっかけて降りてきて、トラ猫の前に小さなお皿をおいた。
魚の形の小さなカリカリが入っている。
トラは、カリカリカリと音を立てながらそれを食べた。
おばあさんはトラの頭をなでた。
食事中になでられるのは嫌そうだったが、トラは一瞬動きを止めただけで我慢した。

僕は、えいっと言いながら、トラ猫の背中から飛び降りた。
このおばあさんの庭で、春に、このカリカリよりもっともっと小さな白い花を咲かせよう、と決めたのだ。
おばあさんが一瞬、飛び降りた僕のほうを見たような気がした。
ちょっと目を細めてにっこりをしたように見えた。
が、きっと僕の気のせいだ。
そうだったら嬉しいな、この家の、この庭の住人だとおばあさんに認められたのなら嬉しいな、と思ったからだろう。
旅を終えて疲れていた僕は、そんなことを思いながら温かい庭で眠りについた。

(了)

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