生きる意味も手段も全部見失ったら人はどこへ行くのか? The Midnight Library

マット・ヘイグ著、刊行日:2020年8月13日、ページ数:304、ジャンル:現代フィクション/SF

あらすじ
 十代の頃、ノラはオリンピックを目指すエリート水泳選手だったが、プレッシャーが苦痛でやめてしまう。エリートスポーツ選手だった父はノラの水泳にすべてを注ぎ込んでいたが、学校の図書館で司書のエルムさんとチェスをしているところへ父の訃報がもたらされる。
 時が移り、30代半ばになったノラは病気の母を看取った後、抗うつ剤を服薬しながら地元ベッドフォードの楽器店で店員をしていた。ある夜、ノラをコーヒーに誘ったことのあるアッシュがジョギング途中にノラを訪ねてきて、外でノラの猫ヴォルテールが車にひかれて死んでいるという。眠れぬ夜を過ごしたノラは翌日仕事に遅刻して解雇され、プライベートで教えていたたった一人のピアノの生徒も失う。一緒に組んだバンドをデビュー直前で脱退したノラをうらんでいる弟ジョーは、ノラに連絡もせずベッドフォードの友人を訪ねているし、ノラが結婚式寸前に恋人と別れた時にオーストラリアへ移住しようと誘ってくれた友人は携帯メールを返してくれない。そしてノラの隣人である老人が言う。「薬局の店員が通勤のついでに薬を定期的に届けてくれるから、もう君にお願いしなくてもよくなったよ」…
 もう人生を終わらせようと睡眠薬を大量に飲んだノラは、気が付くと「真夜中の図書館」にいた。どこまでも続く書架とフロア。様々なグラデーションだが全て緑の本、本、本。そこには学校図書館の司書だったエルムさんがいた。エルムさんは、ノラの「後悔の書」を開いて、ここにある本を選んで開けば生きたかった人生を試すことができるのだという。ノラは自分は本当はこうすべきだったのではないか、と思った後悔にもとづいて本を次々試していく。しかし、それができるのは元の人生でノラがかろうじて命を保っている間だけ。その間にノラが心から生きたい人生に出会えってそこに留まることを決めなければ図書館は消えてしまう。ノラは、迫りくる期限までに本当の望みを見つけられるのか…?

感想
 これ、序盤が当然つらすぎます。設定がこれですもんね。家族を失い、疎遠となり、夢を失ってただ日々を生きていたノラに突然次々と不運が続いて生きる意味も手段もいっぺんに見失う。「真夜中の図書館」に読者を引きずり込むにはそりゃあ、そうなるわけですが、ノラに死を決意させる最後の一押しの辛いこと…。しかも、真夜中の図書館にたどり着いたノラが「あの時ああしておけば…」と思ってその人生を試してみると、初っ端から「あ、無理無理、この人生歩まなくて本当に良かった!」みたいなのもあって、そりゃあ後悔も立ち消えますわと読者は思うわけですが、ノラからすれば、「もうなんでもええし、とっとと死なせろや」と考えますわな。
 そうしてかなり重くてつらいスタートではあるんですが、ノラがありとあらゆるバージョンの自分の人生を試す過程はとても面白いんですよね。歩む人生が違うと食生活や体型、習慣だけでなく、ファッションのテイストなんかも変わってしまってたりして。それに、精神的に参って故郷に引きこもっているみたいな生活をしていたノラだけど、国の同年代で1,2の記録をたたき出した水泳選手でもあり、ピアノは独学でクラシックを弾きこなして作曲もできるようになり、大学では哲学を専攻して(だから飼い猫の名前がヴォルテール)、ケンブリッジで修士・博士と進む道も考えたこともあった…という実は相当な才能を色々な分野でもっている女性なので、「あり得たはずの人生」もかなり凄いことになります。私が真夜中の図書館にたどり着いて何百冊も試しても、こんなにハイスペックなバージョンはあり得ず、さぞかしバリエーションが地味であろうな…。
 生きる意味も生きていく手段も、家族も失ってしまったものの、それでもノラが怒涛の人生選択の旅を経て生きるってなんだ、という究極の問いに彼女なりの答えを見つけていくストーリーです。最初からつらいつらい言いまくりましたが笑、ノラを始めとする、生きることが下手な登場人物らへの作者の優しい目線を感じられて、温かい気持ちになります。お勧め。

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