見出し画像

凡人フリーライターが出版社を作った理由

5歳からの夢は「物書きになって、本を出すこと」。
副業やリモートワークが当たり前になり、簡単にライターになれる時代だけど、10年前はそうでもなく、しかも私はどうしようもなく凡人で、何度転職してもライターになれなかった。書き手として認めてもらえない、ただの雑用係。

でも、1年前に星天出版を立ち上げ、今年3冊の本を出した。約170万人の登録者数を持つ人気YouTuber・てんちむさんとの共著すら出せた。

てんちむ・秋カヲリ著『推される力 推された人間の幸福度』(星天出版)

そして、今は「物書きになりたい」「本を出したい」という夢のもっと先に、もっと大きな夢を描いている。

凡人の私が、なぜ本が売れない時代に出版社を立ち上げるなんて大胆なことをしたのか。それはひとえに、夢を諦められなかったからだ。

■「好きなだけ」じゃ夢は逃げる


26歳でライターになって独立した時、「物書きになりたい」という夢は叶った。
でも、本当は、本を書きたかった。それはもう、単純な好意と憧れと向上心で。

好きだから、うまくなりたい。うまくなったら、プロになりたい。プロになったら、プロらしい成果を出したい。プロらしい成果と言えば、本だ。ベストセラー作家だ!
私の夢は、単純な連想ゲームで広がっていった。

でも「自分の名前で1冊の本にできるテーマ」は思いつかなかった。思いつかないというか、ないのだ。
30年近く人並みに生き、本にするほどの強みを持っていない凡人の私だけがある。

ただ、何事も口に出さないと始まらないと言う。
編集者が集まる飲み会で「チャンスを掴まなければ」と焦り、ドキドキしながら口に出してみた。

「私、本を出すのが夢なんです」
「本で、何を伝えたいの?」

聞き飽きた言葉なのだろう。息継ぎする間もなく聞き返された。

「まだこれだっていうのはないんですけど」

馬鹿正直に答えると、目の前に座る編集者の目が落胆と困惑の色に染まった。そりゃそうだ。
残念ながら口に出しても何も始まらなかったが、「今の私が何か言ったところで何も始まらない」ということはわかった。

好きなだけじゃ、やりたいだけじゃ、ダメなんだ。
じゃあどうすればいいんだろう。

凡人の私は立ち止まり、グラスを握る手元を見た。大きなジョッキグラスは空っぽで、水滴だけがつるりと流れ落ちた。

■なぜ書きたいのか、本を出したいのか

勉強は好きじゃない。
幼少期に通った公文式では「最初と最後のプリントだけやり、途中のプリントは全部捨てる」という大胆不敵すぎる犯行をして不真面目戦犯となったが、国語の物語文を読む時間だけは好きだった。

親が迎えに来るまでの間、教室の横にあった細長い木造廊下に並ぶ本棚から物語小説を取って、壁に沿って置かれた風呂椅子に座り、紙面を覗き込むようにして読んだ。幼稚園生の私は、必然とばかりに「将来は作家さんになる」と決めた。

中高生時代はBLにハマってBL小説を読み耽り、初めて小説なるものを書いた。「読む」と「書く」じゃ大違いだと未熟ながらに感じた。

とある同人サイトで、震えるほど心を惹かれる作家さんに出会った。こんなに美しく人の心を描く人がいるのかと驚いた。文章で形作られた登場人物の感情がみずみずしく水晶体から視神経へと滴り落ち、私の脳をこぼれんばかりに満たした。共振した感情が極まると、手のひらが痺れるのだと知った。

本に印字された物語が自意識を別世界へと引き込み、溺れる。溺れている間は、自意識を手放して魅力的な人物になれる。

―さよなら、何者でもなく、これといった輝きを持たない私。

溺れた海から返ってくると、また何者でもない鈍色の私に帰る。黄金と鈍色の往復で、よるべない自意識がホワイトアウトし、
「やっぱり物書きになって、本を書きたい」
と、捨てかけた夢を命綱のように握り直す。

感動は否応なく憧れを生む。
その強烈な憧れによる執着が、私と夢を引き寄せ続けた。

■母親業に苦しみ、「性に縛られない社会」を夢見る

夢は、26歳と29歳で叶った。
26歳で、フリーランスのライターになった。会社員時代にどれだけあがいてもライターになれず、副業で無理やり始めたライター仕事が軌道に乗り、その勢いで独立した。

29歳で、初めて本を出した。強み欲しさに学んだ心理カウンセリング関連の記事が編集者さんの目に留まり、「カウンセリングの本を書いてほしい」と声がかかって『一問一答カウンセリング』(遊泳舎)という本を出した。

『57人のおひめさま 一問一答カウンセリング 迷えるアナタのお悩み相談室』(遊泳舎)

ただ、本を出しても劇的に何かが変わることはなかった。実績がひとつ追加されただけで、その後に続くものはなかった。

「本で何を伝えたいの?」

まだその答えがなかった。いわゆる、ビジョンというもの。
ライターとしての仕事は変わらず続けながら、書き手として何を伝えたいのか、手探りで考え続けた。

困っている人に寄り添いたい。生きる助けとなる一文を、届けたい。
でもそれじゃ抽象的すぎるし、私である必要がない。

答えが訪れたのは、妊娠してから。

まだまだ仕事でも野心が満たされない私にとって、望んでいた妊娠・出産・育児は、喜びでありながら足かせでもあった。
つわり期は情緒不安定になり仕事が捗らず、やる気も出ず、自分の存在価値が分からなくなり、横になりながらベランダを眺めて
「死なないけど、死にたい」
と思った。

出産してからの寝不足は心身を蝕み、ただ泣くだけの赤子と対峙するままならない育児は楽しくなく、SNSは子を愛おしむ友人が溢れ、母親業が疎ましい自分が嫌いで、子の泣き声は私を否定しているように聞こえた。かわいい我が子を思うようにかわいがれず、仕事も中途半端な自分を、受け入れられなかった。

この自己否定の根っこをたどっていくと、古き良き女性像があった。「女なんだから」「母親なのに」という呪いを、自分にかけていた。

一方で「男だったら、こんな状態にはならない」とも思った。私の心理的にも、社会の仕組み的にも。
女であるがゆえに、母親であるがゆえに、ままならないことがある。大小さまざまなので割愛するが、女性が活躍しやすい社会になってほしいと芯から願った。憤りに近い熱量で。

男性も女性もそれ以外の人も、あらゆる性の人が自由に自分の意志で選択しやすいジェンダーフリーな社会になってほしい。同じようにチャンスと可能性があってほしい。性の偏りをなくしたい。

「書くテーマは、自分にとって切実なものがいい」
と聞いたことがある。
初めて、ようやく、これだと思った。

私が人よりも強く苦しみ、望み、執念を持って行動できること。
女性が生きやすい、ジェンダーフリーな社会を作りたい。
そのために、性に縛られない価値観を、文章にして伝えたい。

それから我が道を突き進む強い女性に取材し、文章にすることが増えた。
「本を出したいなら自分で出版社を作ればいい」
「私が凡人なら、力ある人に代弁してもらえばいい」

そう思って星天出版を立ち上げ、魅力的な著者の本を出した。
既存の価値観にとらわれない新しい女性像を、どの本でも描いている。

文章で星のように照らしたいという願いを込めて。「天」はてんちむさんの「てん」

■執念があれば、夢は死なない

星天出版から1冊目が出た時、新宿紀伊国屋本店に行った。本棚に置かれている本を取り、「星天出版」のロゴを見つめる。
夢と現実のはざまにいる感覚のまま踵を返し、前を向いて、息を吞んだ。

中高生時代に好きでたまらなかったあの作家さんの本が、週間ランキング3位という札付きで置かれていた。

ゆっくり歩み寄り、手に取る。
光沢がかったタイトルを、指の腹でそっとなでる。
光っている。どうしようもなく光っている。
細く長い息を吐いて、レジに持って行く。
恐る恐る、かばんにしまう。

―すごい、もう、大人気作家だ。
 いつも目が眩むほどまぶしく、遠い。

でも、私も自分が立ち上げた星天出版から出した本を、同じ本屋の、同じ階に並べてもらっている。
1冊目を置いてもらったタイミングで、まさか対面に、あの作家さんの本が置かれているとは。
偶然だけど、エールをもらったようで、高揚した。

先月、てんちむさんとの共著を出した。共著なので、著者名には「秋カヲリ」と私の名前も入っている。
また紀伊国屋本店に行き、レジ前に平置きされている自著を見つめた。雲を掴んでいるような心地だった。

自作のPOP。冊数が減っていてうれしかった。
1章は以下にて無料公開中です

そのまま帰ろうとすると、エレベーター手前の壁一面に、あの作家さんの新作が並べられていた。書店員さんがファンなのだろう、熱意しかない手書きのポスターがでかでかと貼られている。
息が止まり、手のひらが痺れた。

また、同じタイミングで、新刊が。ただの偶然と言ってしまえばそれまでだけど、身を貫かれるような羨望と焦燥、そして高揚。
偶然であっても、偶然だとは思うまい。

夢の上に立って浮足立つたび「そんなところで止まるな」と言ってくれている気がする。
そうでなくても、そう信じる。

ベストセラー作家になる野望も、手に入れたい社会も、目が眩むほど遠い。
凡人の私は、まだ輝いていない。
でも、それでも、執念がある限り、鈍く光る。

執念さえあれば、夢は死なない。
来年も、強く自由な女性像を執念深く書き続ける。
まだ足元は薄氷のようだが、歩き続けてさえいれば、やがて強い大地を踏みしめる日が来ると信じている。

夢をかなえる一歩目は、信じることだと思うから。

この記事が参加している募集

ライターの仕事

仕事について話そう

最後まで読んでいただいてありがとうございます!Xでも文章や本づくりのコツや考えをポストしてますので、フォローしていただけるとうれしいです。出版・編集の仲間も募集中です! https://twitter.com/hagiwriter