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クリード 過去の逆襲【特別短編付き】を詠む


キャデラックに乗れないならば身につけろ拳を金と替えるドライブ

くすめないダイヤはそっと傷口になって親しく自白を待って

音のない少女はジャブを打ち明日へ踏み込み更に先へフックを

負けたままロッカールームで息をするもう戻れない日々の結末

新時代 火星に飛んだ市役所の印鑑証明手続きの列

クリード 過去の逆襲【特別短編付き】5首/八木辰

 死角から鼓膜へ鋭く叩き込まれた「SHINJIDAI」の響きによって半日分の記憶が吹き飛んだ。特別版アニメ「クリード SHINJIDAI」の幕開けである。

 タイトルコールですでに豪速球デッドボールという感じなのにSHINJIDAIは止まらない。「200年後くらい(記憶は定かではない)の人々が宇宙に進出した世界(記憶は定かではない)ではサイバネティクスを利用したボクシングのようなスポーツ(だったとおもう)が盛り上がっていた。その競技者の中にはクリードの血を引く者か何人かいて強い(んだとおもう)」という設定が映像描写のみならず読みきれないほどの文字も伴ってもりもり積み上げられてゆく。ティザー映像のような体裁の作品なので、おおまかにあらすじが語られるのみで結末はない。再びタイトルロゴと共に強烈な「SHINJIDAI」を観客に浴びせて映像は締まる。

 観客。映像。ここは映画館。そうか、僕はクリードの最新作を観に来たのだった。思い出した。日本版のサブタイトルは「過去の逆襲」。名声を手にして引退したボクサー・クリードが、少年時代のトラウマとタイマンするためにカムバックする物語だった。ロッキーのスピンオフ作品なのでストーリーパターンは踏襲されている。あの有名すぎるロッキーのテーマもうっすらではあるがちゃんと流れる。そういった意味ではスタローンの築き上げたロッキーサーガを継承してはいるものの、どうも泥臭さというか不器用さが足りない。そもそも主人公アドニス・クリードの父でありロッキーのライバル・親友であったアポロ・クリードが割とスマートなヤツだったのだから作風として間違っちゃいないのかもしれない。しかしアドニス自身は一作目でロッキーの薫陶を受けた身なのだし、ブランクを挟んだ復帰試合でもあるのだから、師匠を見習ってひとまずは泣きそうなくらいボコボコにされて欲しかった。そうでなくとももう少し緩急が必要な気が。こだわりポイントのアニメ的戦闘表現もおもったより控えめで、正直、ボクシングシーンの消化不良感は否めない。

 それでも試合後の数シーンには敗北者への眼差しがあったり、アドニスの娘・アマーラ(彼女は耳が聞こえない)の未来に明るい展望があったりと、全く見応えのない作品というわけでもない。エンドロール後の余韻はそこそこあった。   

 ああ、そうだった。余韻があったのだ。そこからの特別版アニメ「クリード SHINJIDAI」だったのだ。普通こんなことはない。新時代とは避けられず混沌の只中にあるのか。エンドロール後のおまけといえば本編の周縁を描いて世界観を補完したり次回作の期待を煽ったりするものだが、そこはSHINJIDAI。ぶつ切りで始まりぶつ切りで終わる。それでいてアニメとしてのクオリティが高すぎる。この突飛さはなんだ。これは併映せざるをえなかったのだろうか……などという疑問は野暮である。必然だけがいつも産み出されるのだから。

 あるいはこれこそがマイケル・B・ジョーダンが受け継いだスタローンの魂なのかもしれない。ロッキー4で家庭用ロボットが出てきたりファイナルでコンピュータがボクシングの勝敗を分析しだした時の突飛さとどこか香りが似ている。いいぞマイケル・B・ジョーダン。次は本編でこれくらいかましちゃってくれ。


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