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仕事の心構え

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会社の方針や、見聞きしていいなと思った考え方を思い立つままに綴っています。 このマガジンの内容はKindle本でも好評発売中です。
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#介護

営業活動にかえて

コロナ禍の中、いつものような訪問営業もなかなか行きづらくなりまして、これまでのやり方、考え方、価値観を変えて対応していかないといけなくなってまいりました。 今回のコラムも、そんな営業の一環として始めさせていただきました。 事業経営とは、お客様の要求に合わせて混乱し、その混乱の中から新たなサービス体制が生まれるものなのだと学んできました。 今回の混乱においても、ここから新たな取り組みが生まれて、今後のスタンダードになっていくのだろうなと感じています。 また、在宅介護とい

分かりやすい文章を心がける

ここ最近、SNS上にて友達申請で繋がった人と会う機会が少しずつ増えています。 と言っても、決して怪しいSNSではなくてビジネスに特化したものなので、お酒はよく入るもののとても健全な集まりなので誤解のないようにお願いいたしますm(_ _)m そもそも、ここで書いている文章はもともと会社の宣伝のために始めたものであって、それを配信するメルマガだけでなくて、どこか別のプラットフォームでも配信できないかと辿り着いたのがブログであったりビジネスSNSであったりするわけです。 なの

話に臨む姿勢

これまでこうしたコラムを400回近く綴ってまいりました。 テーマ選びや言い回しなど、なるべく炎上したり突っ込まれたりしないように気をつけているつもりで書いてきたこともあってか、同じ内容をブログなどに掲載してきましたが、幸いにも嫌な思いをするようなコメントを残されたという経験はそれほど多くはありません。 ただ、ごくたまぁ〜に、「どうしてそんな言い方とか訊き方をしてくるんだろう」というコメントに出くわすことがあります。 そうしたコメントにも、細心の注意を払って回答をしようと

共生社会の到来

なんでこんなに新たな横文字を受け入れるのが好きなのか分かりませんが、ダイバーシティという聞き慣れなかった言葉が、ようやく「多様性」という分かりやすい表現に落ち着いてきたなと思っていた矢先、今度はインクルージョンなんて言葉が出てまいりました。 直訳すると「すべてを包括する、包みこむ」などという意味で、企業においては、すべての従業員がきちんと尊重され、個々が能力を発揮して活躍できている状態のことを示します。 これも最近は「共生(社会)」なんて表現にもなってきていて、なんだちゃ

前向きな諦め

「あきらめる」 この言葉だけからだと、どちらかというとマイナスのイメージがあるのではないでしょうか。 たとえそれが本意であってもなくても、物事を途中で放り出したり投げ出したりする行為についてこの言葉を使用しますよね。 漢字で書くと「諦める」。 実はこの言葉の語源は仏教用語の「諦観(ていかん)」にあるようです。 真理や道理のことでもあり、物事の道理を明らかにすることで至る心境のことでもあります。 「諦める」ことで、現状を受け入れることが可能となり、だからこそ解決の方

安定と安全の先にあるもの

今の会社に入社して上長としての役職に就いて以来、ずっと言われ続けてきたことは、社員の望んでいることは「生活の安定と向上」であり、その願いを叶えるために組織は成長し続けねばならないということ。 例えば、私の所属する今の会社は、今日現在で約870ヶ所の拠点展開をしています。 29年前に入社した当時の拠点数はというと、わずかに14ヶ所でしたから、今日までの間に800人以上の新たな拠点長と、そうした拠点を束ねていくエリア長やそのまた上長など、多くの役職者を輩出してきています。

配信の仕組化と投稿頻度

最近は更新頻度がめっきり少なくなってしまいましたが、コロナ禍から始めたこのコラムも早いもので4年目に突入しています。 問題は、現場から離れた今、日々の刺激が少なくなってというと語弊がありますが、まあひと言でいうとネタ切れが起こっています。 ただ、ありがたいことに配信のプラットフォームを限定しなければ、新たなSNSなどではまた最初から投稿を始めればいいので一年間分くらいはネタに困らないというのは強みになっています。 また、これも最近知ったのですが、サイトによっては自動化が

「日本のドラッカー」一倉定先生【加筆修正】

本日のテーマは、私が所属する会社の創業者が学んだ師匠である「一倉定先生」について。 これまでの投稿においても何度かお名前を出しております「日本のドラッカー」と称される一倉先生。 もうお亡くなりになられていますし、残念ながら直接お会いしたことはありませんが、私の師匠の師匠ですし、遺された動画や音源などで熱を帯びたお声を聴くたびに、また、書かれた書物に目を通すたびに背筋が伸びる思いがします。 当社の骨子にもなっていますが、一倉先生のお墓には「顧客第一」(当社では「お客様第一

自分に求められている話し方を知る

会議などにおいて、言いたいことは良く分かるのですけれども、「ちょっとその表現は不適切なのでは」というような言い回しをしてしまい、結局言いたかったことよりも不適切な表現の方の印象をその場にいる人たちに強く残してしまい、場合によってはそのこと自体を叱責されてしまうというような場面にたまに出くわすことがあります。 よくニュースなどで世間を騒がせてしまう政治家の不用意発言などもこれに該当しますよね。 でも、本当に「不用意」で済ませてしまっていいのでしょうか。 多くの場合、こうし

なぜだか相手を責めているように感じさせてしまう人

一緒にいて直接話している時には、あまりそういうことを感じることは少ないのですが、いざメールやメッセンジャーアプリなど文面でのやり取りを始めると、途端になんだかモヤモヤするようなマイナスの感情やイメージを相手に湧き起こさせてしまうような人がいます。 勝手な決めつけかもしれませんが、そもそもこういう人はモラハラ体質の人に多い傾向があるような気がしています。 以前もキャッチボールとドッジボールの違いについて触れましたが、文章の交換上においても、無意識なのかもしれませんがドッジボ

言動に悪意をこめる人

前回のコラムでも触れましたが、今回は社内や拠点内においてドッジボールのごとく攻撃を仕掛けてくる人の心理について勝手に想像してみたいと思います。 おそらくは、ほとんどの人はそもそもは相手の行動について気になることがあって、それを是正していただくために指摘しようという想いが前提にあるのだとは思います。 行動を叱るということは、守るべき基準を守っていないから、基準つまり「ものさし」をもって叱るということです。 そして、「叱る」という行為にはレベル感があります。 それは指導な

社内でドッジボールをしたがる人

皆さん、キャッチボールとドッジボールの違いは分かりますよね。 まずは競技の違いというか、その目的が違います。 キャッチボールは、お互いが取りやすい球を投げ合って、その球筋の感触を確かめ合うもの。 投げ合いながら、お互いの調子も確かめ合いますし、何なら会話を重ねることで、関係性も積み上げていくことでしょう。 対してドッジボールは、敵味方に分かれて敵の陣地から相手メンバーを一掃することが目的です。 投げる方は仕留めるという明確な意図をもって球を投げますし、投げられた方は

引き継ぐものの大変さ

以前このコラムで、中国の古くからの帝王学の書「貞観政要(じょうがんせいよう)」を取り上げました。 リーダーには持つべき大切な三つの鏡(関係性)があって、その中でも一番得難く大切な存在であるのが「諫言してくれる部下」であり、「上司を諫める部下がいなければ、その組織は滅びる」と記されていることについて触れました。 今回は、その同じ書物にある言葉、「創業は易く守成(しゅせい)は難(かた)し」について。 新しく事業を興すことよりも、その事業を衰えないように維持することはい

読書

父親からの影響か、昔からとても多くの本を読みます。 小学生の時に岩波少年文庫のドリトル先生や水滸伝を与えられ、中学の時には池波正太郎や司馬遼太郎を読み漁っていました。 社会人になってからもジャンル問わずに読み続け、ついには読破するスピードが購入する頻度に追いつかずに、家の中が未読の「積読本」ばかりになりました。 多い時には年に250冊ほど読んでおり、上司から読書禁止令を出された経験もあります。 その時に言われたのが、「あなたの読書はテレビと同じになってしまっている」と