【ショートショート】「夜店の銀河売り」
※この話は、こちらの小牧幸助さんの企画「#シロクマ文芸部」参加作品です。
「銀河売りから買うた銀河」
「は?」
嫁はんは、鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔をした。
「せやから、ギ・ン・ガ」
「聞こえてるて」
「ああ、正確に言うたら、もろたんやけどな」
「いやそこちゃうて。ほんまに? 確かにこの小瓶、キラキラしとるけど」
新婚旅行も終わって、新居の片付けをしてた時やった。嫁はんがオレの荷物から、コルク栓をしたガラスの小瓶を見つけて聞いてきた。
「さあ。そやけど、きれいやろ」
「それはそやね」
嫁はんは目を細めて、あらためて小瓶を眺めた。分厚めのガラスはちょびっと緑がかってる。ほんで、中には星みたいにキラキラ光る砂粒みたいなのが、ほんまもんの銀河みたいに渦を巻いて浮かんでる。
「何で出来てるん?」
「知らん」
「なんやのそれ。その銀河売りさんとやらに聞いときぃや」
「なんせ、ちっちゃいときやったから、そんな細かいこと考えもせんかったわ」
「ほんで、どこでもろたん?」
「ほら、うちの実家の近くに神社さんあるやろ。そこの夏祭りの夜店で」
「へぇ〜」
「のぼりがな、金魚すくい、あめ売り、銀河売り、って並んでて」
「そこ、ナチュラルに並べんな。明らかに変なんが一コ混ざっとるやろ」
「夜店のいちばん端っこに、ミカン箱ひっくり返して布敷いただけの台の上に、この小瓶が一コだけポツンと載せてあってん。きれいやなぁ思て、じぃっと見てたら、そこにおったお爺ちゃんが『どや、きれいやろ。持って見てみ』て言うてくれた」
「ふうん」
「ほんで『なんぼですか』て聞いたら、『お代はええわ。そんかわり大事にしてくれるか?』て言われた。嬉しゅうてなぁ。子供の小遣いなんか限られてるやろ」
「いやそれ完全に怪しいヤツやん! 疑いぃや!」
「純真な子供やったオレは」
「よう言うわ、恥ずかしないん?」
「そこにツッコむんかい」
「知らん人からモノもろたらあかんねんで」
「それはそやねんけど」
嫁はんのツッコミも受けつつ話を続ける。俺も彼女がツッコみたくなるのはわかるんや。ただ、
「ただな、なんかそのお爺ちゃんが嘘言うてるようには見えへんかってん」
いつになく俺は真剣な目ェしてたんやと思う。そこは、嫁はんも茶化さんと聞いてくれた。
「……まぁ、お金巻き上げられたわけちゃうしな」
「せやろ?」
オレは、そん時お爺ちゃんから聞いた話をした。
なんでも、その小瓶にはこの地球がある銀河を詰めてあって、それを誰かが大事に見守っておくもんらしい。お爺ちゃんも子供の頃に銀河売りからもらって、それまで大事にしてたんやって。ほんで、ええ歳になってしもたさかい、代替わりせんなんから、こうして夜店に並んだんやとさ。
「ちょい待ち。この瓶の銀河がうちらのおる銀河て?」
「うん」
「なんぼなんでも、そら無理があるやろ。ほな、なんでうちらは瓶の外におるん?」
「さあ」
「矛盾しとるがな」
「オレもそう思う。でもな、ほんまかどうかはわからんけど、オレらが生きてるこの宇宙を、誰かが大事に見守ってる、っていうのは、なんかありそうな気がするねん」
嫁はんは笑った。
「あんたらしいわ。そういう考え方、ええと思うよ」
うわー、この笑顔、たまらん可愛いやんけ。
オレも嫁はんも、それきりしばらく黙って小瓶の銀河を眺めた。ほんまにきれいやねん。キラキラしてて、ゆーっくり動いてて。ときどきキラッと光ったりもする。それはたぶん流れ星的なもんとちゃうんかな。
「ほな」
だいぶたってから、嫁はんが小瓶を眺めたまま口を開いた。
「このコルク栓を開けたらどうなるんやろ」
「……」
「割ってもうたりしたら?」
「……さあ」
またオレたちは静かになった。
「とにかく」
口を開いたんは、やっぱり嫁はんだった。
「大事にしよ」
「おう。オレもそう思てる」
おんなじことを思ってくれてた。やっぱり、この子に嫁になってもろて正解やった。
オレも嫁はんも歳とってしもたら、オレもあのお爺ちゃんみたいに「銀河売り」いうて、ちっちゃい屋台を出さんとあかんな。
それまで、この銀河と嫁はんを大事にしていこ。
小牧幸助さん、今回も素敵なお題をありがとうございます。
今回は、パッと見たとき、なんとなく流れが浮かんだのですが、標準語的表現だと、どうしてもテンポよくツッコミが入らず、話が進めづらかったので、開き直って関西弁で書いてみたら書けました。
関西弁表記については、なるべくネイティブでない方にも読んでいただけるよう、コテコテになりすぎない、標準的な関西弁にしたつもりですが、読みにくかったら申し訳ありません。
文芸部参加のみなさま、どうぞよろしくお願いいたします。
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