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道具箱:バックパック

「いいものを買えば長く使える」。買い物するときに、どこからともなく聞こえてくる、財布の紐を緩める魔法の言葉だ。ただ、「いいもの」が必ずしも高価であるひつようはない。

そんなに高価なものじゃなくても、けっこう長い間使える、それどころか、いつ使えなくなるのか判断の難しい道具の一つがバックパックではないか?特に大型のやつ。

先日、大型パックを新調した。これまで使用していたのは2000年に購入した70Lのオレンジ色のやつ。小さなバックルが割れたり、ドローコードが摺切れたりと、部分的な痛みは隠せないが、バックパックとしての基本的な機能に関しては全く問題ない。20年というのは結構な年月だ。おそらく、これまでの人生で一番長く継続的に使ってきた道具なんじゃないかと思う。思い出も沢山詰まっているはずだが、記録しておかないと忘れてしまうような年齢になってきたので、ここにその歴史を記しておきたいと思う。

出会いは2000年の夏。修士課程1年目。マヤ語を学ぶために、メキシコのユカタン半島に1ヶ月滞在した。その時、知り合い山屋のオジ様から選別として買っていただいたのが出会いだ。当時は登山などには全く興味がなかったので、オジ様と一緒に地元の登山用品店へ行き、安くて、しっかりしているという理由で選んでもらった。Mountain Dax Latok 70+。 値段は12000円くらいだったと思う。あとになって知ったが、Mountain Daxというのはバックパックだけでなく、クライミングギアも作っている貴重な国内ブランドだ。

その後も旅へ出かけるときにはいつも一緒だった。2002年の春、修士課程を終え、学術会議に行くついでに、北米を1ヶ月間旅した。テキサス、コロラド、アリゾナを旅し、そのあと少しメキシコにも行った。途中購入した書籍や資料が嵩んで、ザックの重さは40キロくらいまで膨れ上がった。

2003年、留学のため、ルイジアナのニューオリンズへ引っ越した時も一緒だった。2004年の夏、メキシコのユカタン半島へ野外調査を行った時も。そして何より思い出深いのが2005年のハリケーン・カトリーナの時の避難。ルームメートとテキサスを2週間彷徨い、日本へ帰国した時の荷物はこのバックパック1つだった。もともと2−3日の避難のつもりだったので、中に入っていたのはラップトップ1台とTシャツ数枚だけだった。

日本に帰国して、とりあえず始めたバイトがたまたま地元の登山用品店だった。上司や同僚に恵まれ、アウトドアにも少し興味が出てきたが、70Lのバックパックが必要な山登りをする機会はしばらくなかった。最初にこのバックパックで本格的な山登りをしたのは、2008年にテント泊で行った槍ヶ岳だったと思う。

話は少しそれるが、この登山用品店で働いていた時にロッククライミングと出会った。すぐに夢中になった。で、その後の10年間の生き方を大きく決定する要因の一つになった。2006年、どうしても海外でクライミングをしながら暮らしたい、という突拍子もない思いにかられ、いろいろ考えた結果、クライミングがたくさんできる地域にある大学院に戻ればいい、というふざけた考えに行き着いた。奨学金がもらえれば、当時稼いでいたバイト代くらいの収入にはなるので、贅沢しなければ十分暮らしていける。そんなわけで、「北米にある山に近い大学の大学院」に的を絞り、いくつか応募したら、カナダのバンクーバーにある大学に受かった。

2008年、夏、カナダのバンクーバーへ。バックパックにはテント用品とクライミングギア。到着して、そのままバンクーバーの北にある、クライミングで有名なスコーミッシュという街へ向かい、一夏過ごした。その後、バンクーバーに居を構えるも、数え切れないくらい、このバックパックと一緒にバンクーバーとスコーミッシュを往復した。2016年にバンクーバーを離れるまで、スコーミッシュだけではなく、アメリカ各地へのクライミング旅行にもこのバックパックを持って行った。オリンピック国立公園、カスケード山脈、レッドロックス、ジョシュアツリー、ヨセミテ国立公園、アパラチア山脈、ニューイングランドと、数えるとキリがない。

その後、イギリスへ引っ越した時も、荷物はこのバックパック。最近は車での旅が多くなったので、あまり活躍の場はないが、去年はピコスデエウロパ、今年はピレネー山脈を歩いた。

こんなに長く連れ添った道具だが、なんてことはない気まぐれで新しいバックパックと入れ替えた。出会った時のように、別れもサッパリしたものだった。愛着がなかったわけではないが、それが道具ってもんかなぁと思う。オレンジ色のバックパックは知人が行ってるチャリティ活動に寄付した。これからどこでどう使われるのかはしらないが、道具としての良い余生を送って欲しいと思う。

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