『Before Sunset』にみる平安時代の恋愛

皆さんはいわゆるリチャード・リンクレイター監督の“ビフォア三部作”って観たことありますか?私はこの3部作の1,2作目である『Before Sunrise』、そして『Before Sunset』が人類が生んだ会話劇一番の名作だと思っています。今日はこの2作目『Before Sunset』に見られる日本的恋愛について書いてみたいと思います。

(以下、ネタバレ含みます。みるかどうかはあなた次第ですが、映画を観てから以下の分析を読むことをオススメします。ちなみに3時間あれば両作品観られます。)

さて、1作目『Before Sunrise』では電車内で運命の出会いを果たし、次の日の日が昇るまでという短い時間、会話だけでお互いの理解をしようとするマドモアゼル・セリーヌとヤングマン・ジェシー2人の様子が描かれます。大した物語などなく、ウィーンの風景、雰囲気、会話、2人のrelationshipが殆どこの映画を支配するものなのです。
2人とも、きっと「この人は運命の人だ。」とわかっているのに、それなのに別れの時が来て、別れてしまいます。ウィーンの鉄道駅で「ちょうど半年後にここでまた再開しよう。」と約束を残し。そして映画もこれにて終わりを迎えます。

9年後に公開された2作目『Before Sunset』は、1作目から9年後のパリが舞台。公開までの実際の時間と、作中の時間が同じだけ経過しているのが、この作品の特徴です。
ジェシーはウィーンでの一夜について小説を書き人気作家となります。ジェシーはパリの有名英米文貸本屋シェイクスピア書店–こちらはヘミングウェイ『移動祝祭日』やウディ・アレン『Midnight in Paris』にも登場する有名な書店で、パリで英米文学といえばここです–でサイン会を行なっている場面から始まりますが、そこになんとセリーヌが現れます。
サイン会のあと、9年の時など感じさせないように話し合うジェシーとセリーヌ。その会話からは、半年後に会おうという約束は果たされなかったこと、ジェシーは約束の日にウィーンに行っていたこと、また、ジェシーは結婚して息子がいることが明かされます。
ただ、ジェシーは奥さんとの間に愛が感じられないし、セリーヌはあれ以降恋愛ができない事が語られます。そして、2人共に恋愛という面ではとても幸せとは言えない生活をしていて、お互いが不幸なことを知ります。
2人の会話が進むとともにパリには日没が迫り、またジェシーがアメリカに戻る飛行機の離陸が迫ります。別れ際、ジェシーはセリーヌを彼女の家まで送り、「1曲聴かせてよ」とワルツをリクエストします。

さて、ここまであらすじを説明しました。本題はこの先のラストシーンについてです。

まず、セリーヌは『A Waltz for a Night』をギターで弾き語りします。

https://youtu.be/VhRkUhY8MlQ

歌詞をみると、セリーヌは『Before Sunrise』で描かれるウィーンでの一夜がいかに特別であったものか、どれほどジェシーを忘れられずにいるのかがわかります。「One single night with you little Jesse, Is worth a thousand with anybody」という直接的な歌詞まで使って、9年前のことが忘れられないことが伝えられます。これまでこんなに直接的に2人が気持ちを伝えるシーンなどほとんどないのに。

ジェシー「歌詞って、歌う相手によって変えてるの?」
セリーヌ「当たり前よ、あなたのための歌だと思った?バカね。」
この2人はこれまで冗談を言っていた時と全く同じ顔をしてこんなことを言い合います。お互い直接的に気持ちを伝えると気恥ずかしさが出るのでしょうか。

さて、ここから先のシーンに、日本的の平安的な恋愛感を感じられるのです。

セリーヌのワルツを聴いたジェシーは、セリーヌの部屋に置かれたCDの中から、ニーナ・シモン『Just in Time』をかけます。
もし、ジェシーがセリーヌのワルツを聴いて、感動するなりキスをするなりして終わってしまったら、ただのロマンスなのです。しかし、ここでなんと彼は「返歌」をするのです。ここに、日本の平安貴族の「歌のやりとり」という恋愛文化を感じさせます。
「ああ、飛行機に乗ってしまおうと思ったのだけど、君があの時シェイクスピア書店にちょうど現れてくれたから、間に合った。ギリギリだよ、時間ちょうど–Just in time–間に合ったよ。飛行機には間に合わないけど、その代わりに君との時間には間に合った。」というジェシーの気持ちをぴったり表す、この選曲の妙ですよ。
例えばこれが光源氏ならば一首詠みますが、ジェシーはその代わりに素晴らしい選曲をして返歌をするのです。このようにして、日本の平安貴族よろしく、ただのロマンスより断然個性的で、断然深い愛が描かれるのです。9年間思い続けた気持ちの凄まじさを感じさせます。

さて、この『Before Sunset』、実は脚本執筆にリンクレイター監督の他に、ジェシー役のイーサン・ホークとセリーヌ役のジュリー・デルピーも参加しているそうなのです。

そこで最後にこのラストシーンの脚本を執筆した時を想像してみましょう。

ジュリー「さて、ラストシーンなんだけど、私は9年前の出来事を歌ったワルツでも歌うわ。私、ギターは少し弾けるのよ!「ワルツを歌わせて あの夜のワルツを〜」こんな歌詞なんてどうかしら?『Je t’aime』って囁くよりも直接的で、でも深くて、そんな歌にしましょう。」
イーサン「いいね、じゃあ僕はそれに対して言葉は返さない。代わりに、歌を返すよ。ニーナ・シモンの『Just in Time』なんてどうかな?間に合った、って伝えるんだよ。飛行機には間に合わないんだけどね(笑)じゃあ、リンクレイター、セリーヌの部屋にはCDをたくさん置いておいてよ。ニーナ・シモンを忘れずにね」

こんな会話があったかもしれないな、なんて想像を膨らませながらラストシーンを観ると、2人とも、演じるということを超えてジェシーとセリーヌに本当に恋していたんじゃないかなという想像に駆られ、さらにこの2人のキャラクターが大好きにならずにはいられない、そんな映画なのではないでしょうか。

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