人類は騙されて戦争をしていた。

⚫歴史上、世界中で展開された戦争はすべて、人と人、国と国の戦いで、それを実行するのは支配者であり、その支配者自身は武器を取らない。犠牲となって死んでいくのはすべてが志願兵か徴兵された兵士または民間人の、これらも人である。あるものは敵の銃弾で倒れ、あるものは爆発物の破片で倒れるが、中には自殺を強制された上で拒否したために味方の銃弾に倒れる者もいる。

独ソ戦争では物量だけに頼り、人命無視のスターリン。彼は終戦当初はもてはやされたが、時間が経つにつれソ連国内で民間人を含め3000万人という死者を出したことが問題になり、地球儀を見ながら作戦を考えたのではないかと言われるようになり、人々からは称賛の声は聞かれなくなった。確かに個々の戦争で勝っても負けた方より犠牲が大きい戦いの方が多い。

日本とソ連が戦った満州ノモンハン事件では戦死者や航空機の犠牲はそれほどの差はないが戦車の犠牲は日本29台、ソ連397台と桁が違う。それでもソ連の勝利と言われているが、何を称して勝利というのであろうか?そもそも戦争における勝利というのは目的を達成した方が勝利のはずだが、そういう意味で判断すれば日露戦争は日本に何のメリットも与えておらず、逆に欧米が日本に対して警戒感を強めてしまったという意味でも敗北と言っても良いのではないか?

ソ連とフィンランドの戦いでもフィンランド空軍の犠牲53機に対しソ連空軍の犠牲は521機と格段に多い。それだけ人的な犠牲もあったはずだ。おまけに542人のソ連軍狙撃手をフィンランドの狙撃手シモヘイヘに撃たれている。

第二次世界大戦では凄惨な戦いや苦しみ抜いて故郷の土を踏めなかった兵隊もいたが、日本がこの戦争で最初から【大東亜共栄圏】構想があったなら、目的を達成したことで日本の勝利と言えるし、日本人に小麦や脱脂粉乳を押し付けたことではアメリカの勝利と言えるが、その後のベトナム戦争ではアメリカが打撃を受け、日本は戦争特需で好景気に沸いた。竹下登は【どっちが勝利者か解らない】と言ったそうだが彼もアメリカで拷問を受けたらしい。

・国民を煽動して人気を得たヒトラーの場合は、日本とは根本的な違いとしてドイツの戦争は結果に関係なく、歩いて故郷に帰ることが出来るが、日本の戦争は負ければ帰れない。こういった違いは救助されないことが兵士に分かった時点で心理的に大きな違いになるだろう。

日本軍の作戦、インパールのように、局地的な戦争が終わり、別に敵が支配しているわけでもなく、ただ足手まといというだけで、川の対岸に放り出されて路頭に迷った集団がいたり、戦力にならなくなったものを捕虜にならないように銃殺する、上官のストレス解消のために殴る蹴るの暴行を働くなど日本陸軍は明らかに精神を病んでいた。

補給も地形も考えず、勝利の根拠の無い作戦命令 司令官牟田口廉也、この牟田口中将のみならず日本陸軍及び日本軍すべてにおいて、現在の大企業のように、兵隊を捨て駒としか見ておらず、足りなければ次を補充すればいいという基本理念であった。政治における国民不在の政策や庶民の金を惜しげもなく朝鮮人勢力に注ぎ込む手法、これもディープステートであるがゆえの考え方であろう。

尤も、日本は大東亜戦争で【アメリカには勝てない】と当時から思ってた人はいるようです。その理由は【日本の竹槍】。今も【大衆に迎合するな】と言われていますが当時から分かる人もいたようです。

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