ナンカヨウカイ「折る」⑩
「どいつもこいつも、俺を無視して騒ぎやがって! ガキ共もそうだ。授業中でもおかまいなしに騒ぎやがる。ちょっと怒ったら、バカな親から厳しすぎるだの行き過ぎた指導だのと言われる。お前らに俺の気持ちが分かるか? ええ?! 親も教師、ジイさんも教師、俺も教師になったものの、毎日毎日ガキの世話! やつらは夏休みでも、俺は仕事、仕事仕事仕事! ふざけやがって!」
こんな長台詞を、坂本は一度も噛まずにまくしたてた。大したもんだぜ。ま、内容はタダの責任転嫁でしかねーんだけど。
「確かにな、仕事が大変だってことは理解できるぜ。俺も理不尽な上司に安月給でこき使われる日々よ」
「ふん! 貴様ごときに理解されたところで……」
「けどよ、望んだかどうかは別として、自分で選んだ道だろーが。自分で選んだモンの責任を他人に押し付けて、文句ばっか言ってんじゃねーよ」
「黙れ! 便利屋なんかに何が分かる! 俺は……俺はエリートだぞ! お前らとは違うんだ!」
「そんなことはどうでもいいんだけどよ。まさかアンタ、その鬱憤を晴らすために今回の騒動を起こしたのか?」
「ああそうだ、悪いか!」
「……なぜシュウを選んだ? あの子がお前に何かしたのか?」
「別に何も。タイミングよく入院したから利用してやったまでだ。呪術のせいで生命力を削られて、入院が長引いてるみたいだな。はは、はははははは! いい気味だ!」
「なるほどね。ま、事情聴取はこんなもんかな」
そう言って振り返った俺に並んで、姫子が一歩前へ出た。
「待って、まひる。聞きたいことがあるわ」
姫子がキッと坂本を睨んだ。
「あなたの呪術、修行して身につけたものじゃないわね。上辺だけの真似事。誰から教わったの?」
坂本の口が三日月のように、ニタァと歪んだ。
「無礼な女だが……いいだろう、冥土の土産ってやつだな。そのお方のことを、俺たちはヌシ様と呼んでいる」
「そのヌシ様と、一体どこで知り合ったわけ?」
「俺はな、ヌシ様に選ばれたんだよ!」
「選ばれた?」
ああ、そうだ、と坂本は頷いた。興奮のあまり目がぎらついている。
「ある日突然、ポストに投函されていた書物。そして、その夜かかってきた電話! そう、俺はヌシ様に選ばれた特別な人間なんだ!」
まー、自分の言葉に酔ってる奴ほど、べらべらとよくしゃべるよな。
おかげで、坂本がヌシ様とかいう奴から逆指名を受けたってことは分かった。理由は簡単。操る側からすりゃ、坂本みたいなタイプはさぞつけ入りやすいことだろう。
「ま、ヌシ様のご加護もここまでだな。アンタ、詰みだよ。おとなしくしろ」
俺の言葉を、坂本はバカにした様子で笑い飛ばした。
「ハッ、詰みだと? 詰んだのはお前らだ、これを見ろ!」
そう叫んで、奴はポケットに手を突っ込む。
意気揚々と掲げた右手には、一羽の折り鶴が握られていた。
「こいつはな、ヌシ様が俺に贈ってくださった特別な折り鶴だ。覚えているか? 折り鶴の呪いはな、受け取った側の願いを聞き入れるんだよ! つまり、この特別な折り鶴は俺の願いを聞くってことだ!」
坂本はハアハアと息を高ぶらせて、興奮に身を震わせている。
おとなしそうな男の面影はすっかり失われ、外法に身を落としたクズ野郎の顔になっている。うん、よくお似合いだぜ。
「さあ折り鶴よ、俺の願いを聞け! こいつらを血祭りにしろ!」
――クァォッ!
折り鶴が、禍々しい色の邪気を放ちはじめた。
グニャリ、グジュ、と不快な音を立てながら。
邪気はやがて、巨大な鳥へと姿を変えていく。
「わあ、奥の手ってやつだね。ま、こっちにもまだ奥の手があるんだけど。さあ行け、まひるっち!」
「ハァ? また俺かよ」
「だって、まひるっちは戦闘担当じゃん」
「勝手に決めんなっての。俺さ、昼間の聞き込みで疲れたんだよ。暑い中がんばったんだよ。ってことで、ワタル。たまにはお前が戦え」
「えっ、無理だよ! 俺、ケンカは弱いもん」
「んじゃ姫子」
「あたしも無理。今日何にも持ってきてないもん」
「いっつも俺に電撃飛ばしてくるじゃねーか。あの札どうしたんだよ」
「あるわよ、一枚だけ。あたしの護身用が」
「それ使えよ」
「イヤよ、もったいない」
ズン!
そうこうしている間に、巨大な鳥が目の前に降り立った。見上げるほどの大きさと、鋭い爪。目は赤くらんらんと光っている。
極めつけはクチバシだ。なんとズラッと鋭い歯が並んでいる。
おいおい、もうコレ鳥じゃねーじゃん。キバ生えちゃってるよ。
「ま、まひるっち! やばいって!」
「ちょっとまひる、冗談はここまでよ!」
はいはい。
「ったく、面倒なこった」
俺は仕方なく、一歩前へ出た。
食うなら鳥より魚のほうが好きなんだけどなー。
そんなことをぼやきつつ、俺は体を影にずぶりと沈ませた。
影の中で、俺は力を解き放つ。人だった俺が、ずるりと闇に溶けていく。
「クソッ、便利屋! どこへ行った?!」
今日は新月。あたり一面、深い闇だ。
俺は闇の中を泳ぐと、鳥の真後ろから勢いよく飛び出した。
――ギャア!
俺の牙が、化け鳥の首にめり込む。
思い切り噛みしめると、ゴキリと音がした。
勝負あり。
ソレをそのまま投げ飛ばすと、ボロボロに傷ついた折り鶴が一羽、アスファルトの上にぱさりと落ちた。
「あ、あ、あ、あ、あ」
坂本は『俺』から目を離せないまま、口を開けてその場にへたり込んでいる。
まあ、それも仕方ねえか。
『その赤毛は夜の帳を燃やすかのごとく揺らめき、黄色い3つの目玉がびかりびかりと睨んでいる。丸太のような尾が3本、まるで大蛇のように蠢いている』
……なんて、昔誰かが言ってたっけな。ま、今の俺はそんな感じの姿だと思ってくれ。
化け猫姿の俺が目の前まで顔を近づけると、奴の喉がヒイッと鳴った。
口をがばりと開けてみせる。のどの奥でちろちろと踊る鬼火が、奴の前髪をジュッと焦がした。
「うああああああああー!」
派手に叫び声を上げて、坂本はその場に倒れた。ごん、と硬い音が響く。後頭部を道路にぶつけたらしい。ざまあみろってんだ。
奴が白目を剥いて泡を吐いたのを見届けてから、俺は再び影に体を沈めた。
その後、俺は何事もなかったかのように人の姿に化け、すぐに駆け付けてきた小鬼たちに坂本を託したのだった。
「ずいぶん手際よく、小鬼くんたちが来たものね」
「所長から連絡がいってたんだとさ」
あの小鬼どもは……そうだな、警察みたいなモン。
今回みたいに怪異を起こした連中を取り締まるのが仕事だ。
妖怪には司法は存在しないけど、人との関わりに関するルールはある。
妖怪が人間を食らうのは現代では御法度だし、坂本みたいに外法に手を染めるのもダメ。
ルールを守れねえようなゲス共は、妖怪だろうが人間だろうが小鬼どもに捕まっちまうってわけ。
え、捕まった後どうなるかって?
さあ、知らね。どうせロクなことにはならないだろうな。
「いやー! やっとこれで一件落着だね。プールアイランドの管理人さんも喜ぶよ」
ワタルが言うと、姫子がげしっとその足を蹴った。
「痛い! 何すんのさ姫ちゃん」
「バカね。まだ終わってないわよ」
「へっ?」
ワタルのアホ面に、姫子は盛大にため息を吐いた。
「まひる、あんたは分かってる?」
「まあな」
「ホントかしら」
「おい、ワタルと一緒にすんな。俺に失礼だろうが」
ぬるい夜風が、姫子の長い髪を揺らす。
真夜中の町。眠そうな街灯の下で、ゆっくり歩き出した俺たちの足音だけが響いている。
「ワタル、ラーメン食いたい。おごって」
「えっ、なんで?」
「働いたら腹減ったんだよ。俺、塩ラーメンな」
「あっ、あたしもー」
「ナニ便乗してんだよ。お前戦ってねーだろ」
「あんただって大して戦ってないじゃない」
「ねえ。それより、何で俺のおごり前提なの?」
俺たちはいつものようにグダグダ言いながら、屋台のラーメン屋へと向かって歩く。
後には、ボロボロに破れた折り鶴が一羽、道路の真ん中に転がっているばかりだった。
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