ナンカヨウカイ「折る」⑨
時刻は夜中の1時。
花咲プールアイランドの入口前で、その男は何かを探している様子だった。
「こんばんはー。花咲小学校1年3組担任の坂本先生、だよねー」
突如響いた声に、男はびくっと全身を震わせて、反射的に振り返る。
「ごめんごめん、驚かせちゃったー」
へらへらと笑っているのはワタル。
「こんな夜中に探し物ですか?」
にこりともせず、そう言ったのは姫子。
「あなたがたは……?」
坂本は怪訝な顔でこっちを見据えている。
「こんばんはー。便利屋『ナンカヨウカイ』でーす」
俺は仏頂面のまま、無駄に抑揚だけつけた声でそう告げた。
「はあ。それで、私に何か用ですか」
坂本は気の弱そうな微笑みを浮かべて、俺たちを見回した。
そんな風にしてると、ただの優しそうな新米教師にしか見えない。
「木下シュウくんの折り鶴に仕掛けをしたのは、あなたですね」
冷たい表情のまま姫子がそう切り出すと、坂本は困った顔をしてみせた。
「仕掛け? なんのことです?」
「元気になってみんなと遊びたい――そんなシュウくんの願いを贄(にえ)にして、あなたは怪異を引き起こした。絶対に許せないわ」
凍り付くような姫子の声は、なかなかの迫力だった。こりゃ本気で怒ってるな。
「何を言っているのか分からないんですけど、用はそれだけですか? でしたら失礼します」
不愉快そうに眉をしかめると、坂本は背を向けた。
「姫ちゃん、先生に失礼だよー? いきなり犯人扱いなんてさ。ねえ先生?」
咎めるようなワタルの声に、坂本はちょっとだけ振り返ると、会釈を返して立ち去ろうとした。
ワタルはそんな奴の前にするりと回り込むと、目の前に『それ』を突きつけた。
「コレ、なーんだ?」
坂本の目が、大きく見開かれた。思わず伸ばしたその手から、ワタルは『それ』をひらりと遠ざける。
「さっすが先生。分かったみたいだねー」
奴は動揺のあまり声が出てこないらしい。
「これは姫ちゃん特製の『呪(まじな)いよけ』の札。今日ここで怪異が起こらなかったのは、この札が折り鶴の侵入を防いでいたからだよー」
その愕然とした表情は、恐らく姫子と自分の力の差を理解したせいだろう。怪異を起こすために呪いを使ったのであれば、坂本にも少しは呪いの知識があるはずだからな。
「俺のツレが教えてくれたんだけど、アンタさっきまでシュウの病室にいたらしいな」
動揺しているスキにつけこんで、俺は口を開いた。
「シュウは眠っていた。なのに、お前はしばらく病室で千羽鶴を調べていたそうじゃないか」
「なっ……!!」
なぜそれを、とでも言いかけたのか、奴はぐうっと喉を鳴らして黙り込んだ。
病院にいる間、奴は誰にも見られないようにと、よく周囲を確認したはずだ。
けれどそれは『人の目』の話だろ?
まさか電線にとまっているカラスが自分を見張っていたなんて、思いもしなかっただろうな。
「怪異が起こらなかった原因として、考えられる原因は2つ。1つは折り鶴そのものが捨てられたり、効力を失ったりした場合。アンタはこの可能性を疑って、シュウの病室へ行ったんだ」
「い、言いがかりだ!」
「そこで折り鶴に異常がなかったとしたら、残る可能性は1つ。現場で折り鶴が妨害にあった可能性だ。それを確かめるために、アンタここに来たんじゃないのか?」
「言いがかりだと言っているだろう!」
フゥー、フゥー、と、坂本は荒い息を繰り返している。
少しの沈黙の後、俺は「あっそ」とだけ言うと、回れ右をした。
「ワタル、姫子。行くぞ」
「行くって、どこにー?」
「シュウの病室。原因が分かればあとは簡単だ。姫子、千羽鶴の解呪はできるんだろ」
「もちろんよ。まかせて」
「じゃあ、さっさと行って終わらせようぜ。それで今回の騒ぎはオシマイだ」
俺はさっさと歩き出した。
坂本がまだ騒動を起こしたいなら。
そして、姫子と自分の力の差を悟っていたなら。
奴は必ず俺たちを引き留める。
そうしなければ、千羽鶴の呪いは解かれちまうんだからな。
さあ、来い――。
「――待てよ、雑魚どもが」
はい、ゲームセット。
俺は心の中で舌を出しながら、ゆっくり振り返った。
坂本は先ほどまでの人畜無害の仮面を脱ぎ捨てたらしい。目をぎらつかせながら、俺をきつく睨んでいる。ふん、悪党はそうでなくっちゃ困るぜ。
「なぜだ、なぜ俺が犯人だと分かった?」
「折り鶴が怪異を起こしてるんなら、それを作ろうって言いだした奴が犯人に決まってるだろ。十中八九、担任が怪しい。それぐらいすぐ分かるさ」
そうそう、ハルさんに聞き込みをしたとき、ついでに聞いてみたんだ。「シュウたちの担任はどんなヤツなのか」って。
ハルさんは『青白いモヤシの腐ったみたいな男』と言った。見た目じゃなくて、性根がな。あのバアさん、人を見る目は確かなもんでさ。
「クッ……便利屋かなんだか知らないが、調子に乗るなよ。お前らの口さえ封じれば、俺はまだ安泰なんだからな」
坂本は舌打ちをして、俺をにらみ付ける。
「おいおい、3対1だぞ。調子に乗らない方がいいのはアンタだろ」
「ちょっとまひる、あたしを数に入れないでよね。ま、それでも2対1だし、ソッチが不利なことには変わりないけど」
「えー、ずるいよ姫ちゃん。ねえ、まひるっち、俺も数から外しといてー」
「黙れ。そして働け。所長にチクるぞ」
いつもの軽口を叩きあう俺たちの前で、坂本の肩がわなわなと震え出した。
「……るな」
「お? なんだ坂本。どうした?」
「無! 視! す! る! なァ!」
口の端から泡を飛ばして、ついに坂本がキレた。
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