ナンカヨウカイ「折る」⑧
小学校近くのたばこ屋。
俺は猫の姿のままで、窓口の下からニャーと鳴いた。
「なにがニャーだよ、可愛い子ぶっちまって」
そう言いつつ窓口から顔を出したのは、真ん丸メガネをかけた小柄なバアさんだ。
「おっ、出たな化け猫ババア」
「ふん、お前も化け猫だろう。用があるならさっさと入りな」
お言葉に甘えて、俺は窓口から中へと飛び込んだ。
ハルさんっていうのは、このバアさんのこと。
この町に暮らす連中のことで知らないことはないという、凄腕の情報屋だ。
ちなみにハルさん、人間ではない。
昼は人間の姿でたばこ屋店主をしているが、夜は三毛猫に姿を変えて暮らしている。
まあ、俺と同類ってこと。年は向こうの方がはるかに上だけどな。
「まひる、あんた今度は何を調べ回っているんだい」
「花咲小学校の生徒で、入院中もしくは自宅療養中の子供はいないか?」
ハルさんはちょっと考えると、小さく頷いた。
「2年生の木下シュウって子が、7月から入院してるね」
どっかで聞いた名前だな。
「ほれ、アンタがとりついてる家族の女の子。あの子と同じクラスの子だよ」
「とりついているってなんだよ、人聞きの悪い」
俺はフーとうなってみせたが、ハルさんはフンと鼻で笑った。
とにかく、入院しているのは、みゆがあの晩言っていた『シュウくん』のことらしい。
「たしか肺炎って言ってたような」
「そうさね。けど、ごく軽い症状だったはずだよ。こんなに長く入院するはずはないけどねえ」
ハルさんも不思議そうな顔で、俺の後頭部をわしゃわしゃ撫でている。
「どんな性格なんだよ、そのシュウってやつは」
「スポーツが得意なわりに、おっとりして気の優しい子だね。かわいい顔をしているから、女の子からも人気だよ」
まったく、女ってやつは本当に――。
「みゆちゃんとも、よく手をつないで登下校してたねえ」
「は?!」
俺は思わず背中の毛を逆立てて叫んだ。
「うるさいよ、まったく……いいかい、まひる。アンタは妖怪で、あの子たちは人間! 保護者気取りもほどほどにしないと、傷つくのはアンタだよ」
「それとこれとは話が別だっつーの! どこの馬の骨か分からんヤツに、みゆは渡さんぞ」
「アンタもバカな妖怪だね……で、ほかに聞きたいことはあるのかい?」
ハルさんは片方の眉をきゅっと上げて俺を見下ろした。
店の外に出ると、もう日が暮れていた。まだ空気は蒸し暑い。
熱の残ったアスファルトの上を、俺はゆっくりと歩く。
「保護者気取り、か」
俺はさっきのハルさんの言葉をつぶやいてみた。
……分かっちゃいるんだけど、なかなか難しいもんだぜ。
と、携帯電話が鳴った。
猫に化けてると、コレが面倒なんだよな。
物陰に入って人型に化けると、俺はポケットから携帯を引っ張り出す。
「はいよー、こちらまひる」
『ワタルだよー。おつかれー』
「おう、今日は何か起こったか?」
『いーや、こっちは何事もなく過ぎたよ』
「怪しい奴は来たか?」
『それっぽい人は見てないよー。でも俺、あんまり鼻がきかないからなー』
「この役立たず」
『ああっ、ひどーい』
「まあいい。引き続き、そっちの監視よろしく」
ワタルの『おっけー』という声もそこそこに、俺はプツッと電話を切った。
小学校の周辺で起こる怪異。
それが、木下シュウの願いを聞いた結果だったなら――。
「クロノスケ、いるか?」
暮れた空に向かって声を上げると、向かいの家の屋根からカアと声がした。
「お呼びですか、旦那」
「ああ、ちょっと手ぇ貸してくれねえか?」
「へい、喜んで」
そう言ってニッと笑うクロノスケの目は、今は妖艶な紫に光っている。
ま、こいつも普通のカラスじゃないってことだよ。
数分後。
俺の指示を聞いたクロノスケが、闇夜に飛び立った。
さて、そろそろ大詰めだな。
俺は人の姿のまま、夜の町へと歩き出した。
ご覧いただき、ありがとうございます!是非、また遊びに来てください!