ナンカヨウカイ「折る」⑪
明け方近く。
俺たち3人は、病院にいた。
こんな時間にもかかわらず、シュウは起きていた。
痩せた体を起こして、白いベッドの上にぽつんと座っていた。
……眠っている間に済ませようと思ってたんだけどな。
「お兄ちゃんたち、だれ?」
そう言ったシュウの目は、どこか投げやりに見えた。
なかなか良くならない病状か、坂本の呪いのせいか。
目の下には痛々しいほどに青黒いクマができている。
「お前、加賀谷みゆって知ってるだろ?」
「みゆちゃん、知ってるよ」
「俺、みゆの友達なんだ。みゆに言われて、お前の見舞いに来たんだよ」
「そっか、みゆちゃんが心配してくれてるんだ。へへ、ちょっと嬉しいな」
シュウは照れたように笑った。青白かった頬に、心なしか紅色もさしている。
「……おい、何だ。気に入らねえな」
「シッ! いいから、早くシュウ君の気を引いて!」
姫子にギュウっと腕をつねられ、俺は思わず声を上げそうになる。
痛ってえな、この暴力女!
俺と姫子がにらみ合っている間に、ワタルはシュウのとなりに腰掛けて、にこにこと笑いかけている。
「ねえねえ、もしかして、シュウ君はみゆちゃんが好きなのぉー?」
おいワタル、殴られたいのか。
「えっ、えっと、みゆちゃんは可愛いから……クラスみんなの人気者だし」
シュウは耳まで赤くして、もごもごと言葉を濁している。
「そんなの知ってるっつーの。何なら俺の方がよく知ってるっつーの」
「ちょっとまひるっち、大人げないよー」
騒いでいる俺たちを後目に、姫子は枕元に吊るされている折り鶴の集合体に手をかざす。
右手で印を結び、声ならぬ声で呪を唱える。すっと手を流し、ふうっと息を吹く。
踊るように流麗な所作だった。
つい目で追っていると、顔を上げた姫子とバッチリ目があった。
「何見てんの。終わったわよ」
やれやれ、口を開くとコレだもんな。
「ちょっとまひる、そのため息は何なのよ」
「何でもねえ」
俺たちを見て、シュウがくすっと笑った。
「なーに、シュウ君。どうしたのよ」
「お姉さんとお兄さん、仲がいいんだね」
は?!
「まさか! 全然仲良くないわよ」
「おい、シュウ。悪い冗談はやめろ」
真顔で否定する俺たちを見て、シュウはまた笑った。
「お兄さんたちが来てくれて、僕、なんだかちょっと元気が出たよ」
俺はシュウのほっぺをムギュッと掴んだ。
「こんなもんで元気が出たとか言ってんじゃねーよ」
「えっ?」
「お前、サッカーと水泳が得意なんだろ? さっさと元気になれ。みんな待ってるぞ」
「……元気になれるかなぁ」
シュウはふっと瞳に影を落とすと、小さくうつむいた。
「なれるわ。すぐに」
「そうだよー。もうすぐだよ!」
姫子と渡が頷く。
「3対1で、俺たちの勝ち。だからお前は絶対元気になる」
そう言って俺がにっと笑うと、シュウもつられて笑った。
「うん。そうだね……ありがとう」
病院を出ると、空はもうすっかり明るくなっていた。
小鳥たちがやかましく鳴きながら、朝の挨拶に飛び回っている。
「で、千羽鶴の解呪はちゃんとできたのかよ」
「当たり前でしょ。誰に向かって言ってんのよ」
「おめーだよ、ポンコツ巫女」
飛んできたローキックを、俺はひらりとかわす。
「じゃあ、もう怪異を起こす心配はないんだよねー?」
「もちろん。あれはもう、願いを叶える力も何もない、ただの折り紙――友達が思いを込めて折った、ごく普通の折り鶴よ」
(思い、か)
消えそうな希望をつなぎたくて、あるいは、無駄だと分かっていながら、それでも人は祈るのだ。
それがどんなにかすかな希望でも、思いを込めて折り鶴を折る。
その人の笑顔をもう一度見たいから、その人の笑顔を思い描きながら、人は折り鶴を折るのだろう。
「友達のパワーいっぱいの折り鶴かぁー! じゃあ、シュウ君はすぐ元気になるねー」
「そうね。もう坂本の呪術に生命力を奪われることもないし」
「ああ、そうだな」
バタバタと、子供たちがアスファルトの上を駆けていく。
もうすぐラジオ体操がはじまるんだろう。
「いずれにせよ、これで一件落着だな」
今日の空も真っ青に澄んで、白い雲がくっきり浮かんでる。
いい夏空だ。
俺は、この空の下でグラウンドを駆けまわるシュウの姿を、頭の中で思い描いていた。
ショッピングモールの屋上。立ち入り禁止なので、当然誰も入ってこない。
俺は柵に背中を預けて、床に座り込んでいた。
「クソッ、どうなってんだよ」
俺は手に持った折り紙をにらんだ。端と端を合わせて折ったはずなのに、どういうわけかもう一方の端がずれてしまうのだ。
「旦那は意外と不器用でござんすねぇ」
クワックワッとクロノスケが笑っている。
言い返したいところなのだが、奴の足元には綺麗に折られた鶴が二羽も転がっている。
「お前、それどうやって折ったんだよ」
「くちばしと脚で、こう」
「マジか。器用だな」
「カラスは器用な鳥でござんすから」
俺はため息を吐いて、その場にごろんと転がった。
「あー! うまくできねえー!」
「旦那、大切なのは気持ちでござんすよ。気持ち」
「分かってるけどよ、うまくできねえのは悔しいんだよ」
そんなこんなで。
なんとか出来上がった折り鶴は、今まで見た中で一番不細工だった。
「難しいモンだな、折るってのも」
俺はそいつを見つめながら、誰に言うでもなくつぶやいたのだった。
(完)
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