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soulfulなカレーのゆくえ


「Which one do you want? all?」
明らかに移民と思われる彼女は、ゴスペルでも歌い出しそうなその迫力と愛想のよい笑顔で、明らかにノンネイティブへの観光客に聞くような言葉を選び、僕にオーダーを聞きていた。
そして、どうしようかと悩んでいる僕をみながら、楽しくてしょうがないと踊り出しそうな勢いで身体を左右に動かし、オーダーを待っていた。
日本のお祭りの露店商のような店構えのカレー屋の一番手前には、チキン、マトン、そして豆が煮込まれたカレーが良い香りを放っていた。
また、5~6種類の生野菜とスパイスと煮込んだ野菜、湯がいただけのポテト、赤く染まったコールスローのようなものがところせましと小さなケースに詰め込まれていた。

そこは、さっきまで晴天だったはずの空が、いつの間にかどんよりとした雲が手が届きそうなほど低く立ち込めているロンドンのzone3にあるマーケットだ。
若い頃、その勢いに任せて数年過ごしたイギリスを十数年振りに訪れた僕は、その変わらない、取り留めもない天気に懐かしさを感じていた。

「Of course all ! All of them, please!」
その勢いにのせられ、カレーは3種類、付け合わせに用意されたもの全てをオーダーした。
そして、器用にそれでいていい加減に、全てがそこまでに大きくない弁当箱に詰め込まれた。
彼女の出身地を尋ねると、聞いたことのない名前を教えてくれた。それが国なのか地域の名前なのか皆目検討がつかないが、イギリスに来る前はアメリカのフィラデルフィアに住んでいたということはわかった。
全く、その世界を舞台に生きている力強さはどこからくるのか。そして何故、ここで誰も名前も知らないような店を開き、カレーを売っているのか。
他人の人生には不思議が多い。
そして少し羨ましく思える。

ごちゃごちゃした屋台村のように多国籍な飲食店が並ぶ一角を抜け出し、雑貨屋が広がる手前の空きスペースにあるベンチに座り、そのカレーや付け合わせが無理やり詰め込まれたランチボックスを開けた。
カレーはアルミホイルで仕切られていていたが、それなりに互いを浸食していた。
僕は、サラサラのインディカ米の上に3つのカレーを順番に乗せて、プラスチックのスプーンで口に運ぶ。そしてトマトとカイエンペッパーあたりで煮込んだナス、湯がいてクミンと合わせた芋、パプリカで色付けされた少し酸っぱいキャベツ、様々な副菜を順番にカレーに混ぜる。
いろいろな食材が混ざることで、カレーの味わいが変わる。使っているスパイスで香りが変わる。
それまで感じたことのない感覚だった。
インドやスリランカのカレーではない。
もちろん欧風でもない。
その香りの変化が凄まじい勢いで展開するソウルフルなカレー。
その場所だから、その人だからつくことができるものだ。作った人のそれまでの人生とか世界観が詰め込まれているように思えた。

このカレーとの出会いが、僕は、いつまでも頭のなかに残っている。
5年以上前、カレーの店を始めることになった僕が最初にイメージしたのはこの店である。

その店に近づいているかどうかは分からないが、自分の食に対する考え方だったり、生き方を反映した食事を提供することを、決して忘れてはいけないことだと、この店が教えてくれたことは確かだ。

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