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「植物状態になった家族と生きる」


主人が交通事故に遭い生活が一変したのが5年前。救命病棟看護師として、子ども3人(2歳・8歳・11歳)を育てながら働いていた頃でした。警察からの電話で「ダメかもしれない」と思って子どもたちを連れて病院へ向かった日のことは、今でも鮮明に覚えています。
起こってしまったことは仕方なく、どう向き合い生きるかが私に与えられた課題でした。
遷延性意識障害(植物状態)の家族として、現役の看護師として、歳月を経て思うことをお伝えします。

「あいまいな喪失」を知る
「残念ですが脳損傷が激しく、元の状態には戻れないでしょう。よくて遷延(せんえん)性意識障害です」と医師からの告知。
「命は救われた」と思ったところから、闘いが始まりました。心配する子どもたちは、ICUの面会を許可されず、父親の様子が分からない状態での不安な日々を送りました。次々と治療の決断だけは求められ、同意書にサインする日々。気が休まることはありませんでした。
看護師からは「食べていますか?眠れていますか?」と聞かれるものの、心に届く言葉はなく空返事。そのなかでも心の支えとなったのは、主人を心配する友人たちでした。毎日現状報告しながら、やりきれない思いを吐露し続けました。それでも必ずきちんと向き合う姿勢で、丁寧に返事をいただいたことが唯一の救いでした。
当時は、自宅にいると主人との思い出を振り返っては涙が溢れ、病院へ行くと今の主人の姿を見るとホッとする。そんな2つの時間軸を生きていたように思います。色々調べてたどり着いた結論は「あいまいな喪失」という、はっきり喪失していない不確実な状態をあらわす言葉でした。二度と思いを通わせることができない主人と生きるとは、喪失のはざまの中にいるのだと知ったのです。

「在宅介護」という選択
「お父さんは家がいい」。父親の状態をすべて伝えたときに言われました。
あたりまえの答えかもしれませんが、子どもたちからの心強い一言が私の迷いを払拭し、覚悟を決めさせてくれました。もちろん、看取ることも覚悟の上で準備に取りかかりました。
子どもたちには、被害者支援のカウンセリングに通ってもらいました。また、いざという時に後悔しないように、医療ケアも子どもへ教えました。制度の申請では、随分と苦労しました。「家族会わかば」に出会ってからは、先ゆく人たちに助けられました。
多くのサポートのおかげで、1年8ヶ月かけて在宅介護を開始できました。やっと2つの時間軸が1つになり、家族団らんを手に入れました。すごく贅沢なことでした。いつもケアができることは、気持ちを楽にしてくれました。在宅介護は家族だけでは回りません。連携ノートをつくり、多職種が連携しやすい環境づくりと、ディスカッションの繰り返し。取り組み進めた結果、遷延性意識障害から最小意識状態までの回復に移行したのでした。

「レジリエンス」を手に入れる
「あなたはものすごく生きている感じがする」と。お世話になったベビーシッタさんに、最近言われました。
在宅介護3年目になりました。いままで順調だったわけではありません。突然呼吸が止まって「ダメかもしれない」と思う瞬間は3度経験しました。
未だに何もない日は1日たりとありませんが、家族団らんを楽しみ、笑い飛ばせる余裕も出てきました。安心できない日々は続きますが、「できることをできるときにできるだけ」がモットーです。こうした経験から気に留まったことを調べる習慣は、磨きがかかりました。困ったときは、すぐに相談して一人で抱え込むことはありません。同じような境遇の方の相談に、応じられる力も備わりました。仕事では、経験が役立ち無駄がなくなりました。
残念なことは時々ありますが、残念と思える心の余裕がうれしいです。主人のおかげで、多くの人と出会い、多くのことを学び続けています。心の持ち方ひとつで、こんなにも豊かになれる境地にいることは、体験したものだけが知り得る世界だと思います。(想像を絶する世界なので、誰にも同じ思いは味わってはもらいたくありませんけれど)毎日の積み重ねがグリーフケアであり、生きる原動力になっています。

先日も看護師ライター講座で、すてきな出会いをしました。
「ひとりじゃない」家族介護者の手と手を繋ぎ合わせていく看護師、というキャッチコピーをつけて頂きました。
理解され、認められることはうれしいこと。背中を押してくれる人がいる限り、看護師として寄り添える人でありたいと思います。



重度障害者の在宅介護をしており、「家族会わかば」の相談窓口担当。
好きな詩は「病者の祈り」
特技は人を前向きにすること。特徴はソーシャルサポートに恵まれていること。
今気になっていることは発達障害とエフェクチュエーション。
困っている人を助けることが天職の看護師。

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