ショートショート怪談2 遺影
これはつい先日、友人から聞いた話です。彼は昔インターネット関連の営業をしていて、よく個人宅へ訪問していたんですね。
世の中には本当にいろんな人がいて「警察呼ぶぞ!」なんていきなり怒鳴られたり、営業するつもりが逆に宗教へ勧誘されたり、好きな本の話をしたらお客さんも同じ趣味で携帯番号をしつこく聞かれたり、老人の一人暮らしで2時間以上世間話に付き合わされたりとか…。
まあ、彼はそんな感じで相手のペースに巻き込まれやすい性質だったので、今は営業を辞めて学生時代から夢だったデザイナーをやっています。
そんな彼とこの間、久しぶりに食事へ行ったんですね。そのとき、彼が営業時代に経験した苦労話になったんです。先述した話もそのときに聞いたんですが、中でも奇妙だったのが…。
***
入社3年目のときだったかな。低空飛行ではあったけど数字も安定していた時期で、後輩に教えることも増えて、少し調子に乗っていたというかそういう時期に経験したことだったからよく覚えてるんだよ。
そのとき担当していたエリアは、ちょっと下町でね。お年寄りも多かった。お年寄りっていうのは、小難しい話は抜きで信用さえしてもらえれば契約が取れたから気持ち的にも楽だったんだ。その日は、お昼明けに一件契約が取れて余裕しゃくしゃくだった。正直、直帰してもよかったんだけど、気分がよかったんだろうな。何軒か飛び込みやってみるか、と思ったんだ。平日だったから留守宅は多かったけど、土日の見込み客もできてね。時間もいい感じになってきたんで、ちょっと奥まった場所に古い2階建ての家が一軒あったからそこだけ訪問して帰ろうって思ってインターホンを鳴らしたんだ。
出てきたのはおじいさんだった。当時の感覚だから、意外と若いかもしれないけど、まあいいところ60代くらいだったかな。
でも部屋着にしてはきれいな身なりをしていたし、家の外観の割には中は片付いてみえた。型通りのトークをしたら「家にあがってくれ」っていうんだよ。どうせネットなんかしそうに見えなかったから、これはこれでめんどくさいなと、ほら年寄って話すと長いじゃん。でも断るわけにもいかないから部屋にあがったの。
2階の狭いダイニングに案内されたんだよ。テーブルに向かい合って座ってさ。おじいさんの背中側に和室があって、布団が一組敷いてあるのだけが半開きの襖から見えたんだけど、なんかそこから嫌な感じがしたんだよ。
だから手早く、これまた型通りの話をしたんだけど、食いついているのか何なのかいまいちよくわからないんだ。「パソコン興味ありますか?」って聞いたら「うん。まあ」みたいな返事をするからキャンペーンの話とか色々したんだけどさ。
で、相手の温度感が変わらないまま話のネタが尽きたんだよ。
「どうしますか?」って聞いてもおじいさんが斜め上を見ながら黙ってるんだよ。どこ見てるのかな、と思ったら長押のところに遺影が飾ってあったの。白髪のおばあさんが写ってるから「奥さんですか?」って聞いたらにっこり笑って「そう」って言うんだ。「美人だろ?」って。
そしたら上機嫌に話し出すわけ。夜の公園でプロポーズしたんだとか、病気で亡くなる前に旅行に行ったんだとか、それはもう楽しそうに。
でも変なんだよ。遺影はあるのに仏壇がないんだ。ほかの部屋にある可能性も考えたけどダイニングと奥の和室以外に部屋なんてないしさ。遺影だけあって仏壇がないことなんてないだろ、普通。今どきの家は知らないけど、おじいさんが住んでるんだぜ。
俺がよほど変な目で見ていたんだろうな。ずっ~と喋り続けてたおじいさんが俺の顔を見てピタリと話をやめたんだ。
どうしたんだろ、と思ったら「嘘だよ」って言うんだよ。
「私はずっと独り身だよ。10年くらい前にここを買ったんだけど、ずっとあるみたいなんだこの遺影。誰かは知らない。最初は気味が悪くて処分しようかと思ってたんだけど遺影だろ。でもあるとき、訪ねてきた人から『奥さんですか?』って聞かれてつい『うん』って答えちゃったんだよ。そしたら『美人ですね』ってさ、言うんだよ。その人。なんだか無性にうれしくてね。ありもしない思い出話なんか語っているうちに本当にそんなような気がしてきてね。今となっちゃ遺影に話かけたりしてるんだよ…。そんな顔しないでくれよ。最近なんかはどうも家の中に本当に誰かいる気配がするんだ。最初は足音くらいだったが、今では帰ってくると廊下を横切る後ろ姿が見えたりする。まだ顔は見ていないが、着物を着ているから、この遺影の妻に間違いないんだ。かわいいやつだろ、仏壇でも買ってやろうかななんて思っててさ…」
気持ち悪いだろ。そしたら和室から物音がしたんだ。怖かったけど、なぜか目をそらせなかった。衣擦れの音がして、敷いてあった布団からさ…。
***
そこまで話したとき彼の携帯に着信があって、店を出てしまいました。お店に戻ってきたら彼は納品ミスがあったとかで、一旦家に帰らなきゃいけないというんです。
「すぐ済むから待っててくれるか?」と言うんですけど、割といい時間だったんで帰ることにしたんです。電話を出る直前彼の携帯電話を見たら、待ち受けが黒い額縁に入った人の写真っぽくて…。多分あれ、遺影だと思うんですよ…。
(了)
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