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なぜホケミはホットケーキミックスではないのか?[2021/2/24]


・日記の更新頻度を上げようかなと思う。いや、これは論文や学会発表からの逃避なのかもしれないけれど。

・まあでも、先延ばし癖とはうまく付き合わなくてはいけないのだ。嫌なタスクからの逃げ足の速さによって、他のタスクをガツガツこなすというライフハックである。

・と、イグノーベル文学賞を受賞したジョン・ペリー『先延ばし思考』に書いてあった。あくまでイグノーベル賞だし、心理学賞じゃなくて文学賞(ペリーは哲学者)であるのがミソ。おすすめです。


・普段、Evernoteに数千字も日誌を書いているのだから、そこから切り貼りすればすぐ書けるな、と思っていた。

・が、悪口や、公開しちゃいけない他人のプライバシーにかかわることばかり書いてあって、意外と使える文章は少なかった。逆に言うと、そういう何でも叫べる「穴」を用意しておくと気が楽です。


・QuizKnockが好きでそこそこ読んでいるのだけれども、今朝の更新にこんなものがあった。


・ホケミ。初めて聞いた言葉なのだが、「ホットケーキミックス」の略らしい。

・この記事では、「誰もが気軽に情報を発信できるようになったことが理由のひとつ」であり、「自分の知らない人とレシピを共有するとき、『ホットケーキミックス』では文字数が多く、何度も書くのは少し面倒」(特にTwitterでは10文字は長い)から生まれた言葉ではないか、と分析されていた。


・が、実は、久保明教『「家庭料理」という戦場』第3章に、ホットケーキミックスが「HM」と略されることについて論じている箇所がある。

・第3章の章題は、「なぜガーリックはにんにくではないのか?」。な~に言ってんだか訳の分からないタイトルだ。

・この章題は、『マート』編集長の大給近憲が、新商品展示会でガーリックフレーバーのオイル(要するに食べるラー油みたいなやつ)が人気を集めたときに、読者をリサーチしたところ、「ガーリックだから使えるんです」「にんにくではダメなんです」「だって、ちょっと臭い感じだから」と答えた、というエピソードからつけられている。

・もちろん、「『ガーリック』と『にんにく』が同じ事物に対する異なる名称であると考える限り、この読者の発言は不可解である」(p. 144)。しかし、言葉それ自体もモノのネットワークの内部に存すると考えれば(久保はブルーノ・ラトゥールのアクター・ネットワーク・セオリーを念頭に置いて言っている)、この発言も理解可能になる。

・つまり、「にんにく」はレバニラやラーメン二郎に使われるものであって、フランスパンに塗ってガーリックトーストにするためのものではない。ましてや、「ガーリック○○」を供するカフェやホームパーティというモノのネットワークにそぐわない。にんにくとガーリックは、本来的には同じ物であっても、全く別のネットワークを構築している。


・ホットケーキミックスも同じである。クックパッドではホットケーキミックスの略称として当時「HM」がしばしば用いられていたらしい。じゃあ「HM」のレシピランキングにはホットケーキが並ぶかというとそうではない。タルト、チーズケーキ、スコーン、マドレーヌ、ウインナーパンなどが並び、単純なホットケーキのレシピはひとつもないそうだ(p. 171)。

小麦粉、砂糖、食塩、ベーキングパウダーなどを主原料とするホットケーキミックスが、ホットケーキ用という既存の関係性を離れ、様々な洋菓子やパン料理と結びつけられていったことを「HM」というネーミングは表している。(p. 172)


・おそらく、「ホケミ」も「HM」もかなり近いプロセスで誕生しているのだと思う。つまり、一見して「ホットケーキミックス」の略だと分からないからこそ、「ホットケーキ」に収まらない想像力をレシピに与えているし、ホットケーキとは異なるモノのネットワークを構成している。

・もちろん、QuizKnockライターが書いているように「誰もが気軽に情報を発信できるようになったことが理由のひとつ」だということは間違いない(久保もクックパッド時代の「家庭料理」を考察するうえでHMの例を出しているので)。だが、「ホケミ」は単なる字数の節約に留まらない由来を持つ言葉だろうと思う。

・たしかに「ホケミ」は「ホットケーキミックス」の略である。しかし、久保に言わせれば、問われるべきは「なぜホケミはホットケーキミックスではないのか?」なのだ。


・途中にチラッと名前を出したけれども、ブルーノ・ラトゥールという超難解な人類学者の理論がベースになっている。久保先生は『ブルーノ・ラトゥールの取説』という本の著者でもあって、この実践編が『「家庭料理」という戦場』らしい。


・まあ、確かに難しい部分もあるのだけれども、小林カツ代と栗原はるみの代表的なレシピを闘わせてみるとか、結構キャッチーな企画もあって読んでて面白い。味の講評も、な~んか持って回ったような言い方で、要するに学者然としている。そこが逆にアホらしいし、だから好き。

・第一章 わがままなワンタンとハッシュドブラウンポテト
 第二章 カレーライスでもいい。ただしそれはインスタントではない
 第三章 なぜガーリックはにんにくではないのか?
というお洒落な章題も、うるせ~!と思いながらも目はハートになってしまうんだよな。特に、「村の味」ではない「おふくろの味」の誕生をモノのネットワークに目を向けながら論じる2章は、社会学的にかなり面白かった覚えがある。東大社会学でいうと、佐藤健二先生はこういう話、絶対好きだよなと思いながら読んだ。




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