トロピカルな計算練習(3)

もうみんなは計算に慣れたかな?

ん? 前回のこと? なんのことかしら。
嫌な夢だったね。

さあ、計算に慣れたみんなに例題だよ。

$$
\begin{array}{}(1\oplus 2)\otimes (1\oplus 2)\end{array}
$$

はい。つまり$${(1\oplus 2)^2}$$ということです。

$$
\begin{array}{}(1\oplus 2)\otimes (1\oplus 2)&=& \max(1,2)+ \max(1,2)\\\ &=&2+2\\\ &=&4\end{array}
$$

ですね。もっと細かくちゃんと分配法則を使っても同じ結果になります。

$$
\begin{array}{}(1\oplus2)\otimes(1\oplus2)&=&((1\oplus2)\otimes1)\oplus((1\oplus 2)\otimes2)\\\ &=&(1\otimes1)\oplus(2\otimes1)\oplus(1\otimes2)\oplus(2\otimes2)\\\ &=&\max(1+1,2+1,1+2,2+2)\\\ &=& \max(2,3,3,4)\\\ &=&4\end{array}
$$

これ、実はよーく見ると、

$${(a\oplus b)^2=a^2\oplus b^2}$$

ということになってます。普通の計算だともちろん

$${(a+b)^2=a^2+2ab+b^2}$$

であり、上の計算は公式を覚えてないか、まじめに分配法則を計算してない生徒の誤答例として挙げられるものになってます。

ちなみにこれのことを英語圏ではfreshman's dreamというらしいんです。日本語版のwikiでは「一年生の夢」と訳されてます。
余談ですけどこの訳語はどうなんでしょうね? この式って習うの早くても中2、遅くとも中3ですから、日本ではあんまり一年生って感じじゃないなぁと。「初心者の夢」とか「初学者の夢」とかぐらいがいいんじゃないでしょうか。

そういうわけでテストで間違えたら、これはトロピカルでの計算規則に則りましたと言えば先生も許してくれるかもしれません。もちろんその場合はほかの問題もトロピカルな規則で計算してないとバツですし、学校の先生がこの演算規則を知っている可能性は極めて低いと思いますが。
ま、むしろ怒られるだろうね。

こんな感じで知っている計算も、なんだか違和感のある結果になります。


しれっと上の例題では冪乗をやってますが、冪乗もトロピカルだと意味が変わるわけですね。
冪乗の指数表記だと、その積がトロピカル的か否か分かりにくいので、ここはトロピカルの意味で和と積を取るよという記号として$${tp(\;\;)}$$の形で書くことにします。
世の中には " " で括って区別するという表記もあるのですが、ここではもっとこう「トロピカルだぞ」って感じにします。

$$
\begin{array}{}tp(3^4)&=&3\otimes 3\otimes 3\otimes3\\\ &=&3+3+3+3\\\ &=&3\times4\\\ &=&12\end{array}
$$

つまりトロピカルな冪乗は普通の計算での積に対応しそうです。

もう少しトロピカルの冪乗についてみていきましょうか。指数法則はどうなってるんでしょう。

$$
\begin{array}{}tp(3^4)\otimes tp(3^5)&=&3\times4+3\times5\\\ &=&3\times(4+5)\\\ &=&tp(3^{4+5})\end{array}
$$

あら、普通に指数法則がいけそうです。

$$
\begin{array}{}tp(3^0)\otimes tp(3^2)&=&tp(3^0)\otimes 3\otimes 3\\\ tp(3^{0+2})&=& tp(3^0)\otimes 3\times 2\\\ tp(3^2)&=& tp(3^0)+ tp(3^2)\\\ \therefore tp(3^0)&=&0 \end{array}
$$

考えてみたら、$${a^b=a\times b}$$ぽいなら、$${a^0=a\times 0=0}$$ですから、妥当かもしれません。

$$
\begin{array}{} tp(3^{-1}) \otimes tp(3^1) &=& tp (3^{-1}) \otimes 3\\\ tp(3^{-1+1}) &=& tp (3^{-1}) + 3\\\ 0 &=& tp (3^{-1}) + 3\\\ \therefore tp (3^{-1}) &=& -3\end{array}
$$

これも割り算が通常の引き算ということにうまく対応してます。

$$
\begin{array}{} tp (3^\frac{1}{2}) \otimes tp (3^{\frac{1}{2}}) &=& tp(3^{\frac{1}{2}+ \frac{1}{2}})\\\ tp (3^{\frac{1}{2}})+tp (3^{\frac{1}{2}}) &=& tp (3^1)\\\ 2tp(3^{\frac{1}{2}})&=&3\\\ tp (3^{\frac{1}{2}}) &=&3\times \dfrac{1}{2} \end{array}
$$

こうすれば冪乗もいけるっぽく思えます。つまり分数の積にすれば良いということなんでしょう。


こうしてみると、トロピカルな計算は普通の計算に比べて、計算の「大変そうだなぁ」という度合いが一段ずつずれて、簡単にしているイメージを持つことができます。

$$
\begin{array}{} \begin{matrix} tropic & 2\oplus 3 & 1\otimes 5& tp(3^4) \\\ nomal & max(2,3) & 1+5 & 3\times 4 \end{matrix}\end{array}
$$

これをみていると、逆に計算の面倒さを反対にずらした代数があっても良いような気がします。
今、そういうのを勝手にPolarとでも呼びましょうか。

本来Polar algebraはmin-plus代数をtropicalと呼んだ場合の対、max-plus代数のことを言うとか言わないとか。ただmin-plusもmax-plusもひっくるめてtropicalと呼んでる人が多そうな気がします。

$$
\begin{array}{} \begin{matrix} tropic & 2\oplus 3 & 1\otimes 5& tp(3^4)&... \\\ nomal & \max(2,3) & 1+5 & 3\times 4&7^3\\\ polar &?&?&3\boxplus 4&7\boxtimes 3 \end{matrix} \end{array}
$$

どうなんでしょうね? そういう代数も何か面白みがあるんだろうか。
ひとまず積は非可換になるわけだが……。

ちなみに世の中にはminと$${\times}$$を$${\oplus, \otimes}$$とするmix-times代数なるものあるらしいです。こっちも単位元とか零元がどうなのか、いつかやってみましょうか。


もう少し指数の話を続けます。
改めてトロピカル化野望、その魂胆を考えると、ちょっと上述の指数表記には不満が残ります。

$$
tp(3^4)\otimes tp(3^5) = tp(3^{4+5})
$$

これ、私は

$$
tp(3^4)\otimes tp(3^5) = tp(3^{4\otimes 5})
$$

こう書くべきじゃないかと思うんです。
さっきはどうせ計算しちゃうしと普通の$${+}$$を使っていましたが、完全にトロピカル化するなら、指数内もトロピカルに従わせるべきでしょう。ただ、念のためトロピカルと分かるよう、全体を$${tp(\;\;)}$$でくくってトロピカルだぞと明示しています。

このようにトロピカルを考えていると、どこまでトロピカルで表記するべきか悩ましくなります。

では普通の世界での冪乗量はトロピカルでどう表すんでしょう。
ひとまず二乗で想像してみましょう。
相変わらず、$${tp(\;\;)}$$の中はトロピカル的な計算をすることとします。

$$
\begin{array}{}2^2&=&2\times 2=2+2\\\ &\overset{tp}{=}& 2\otimes 2\\\ &=:&tp(2^2)\\\ 3^2 &=& 3\times 3=3+3+3 \\\ &\overset{tp}{=}&3\otimes 3\otimes 3\\\ &=:&tp(3^3)\\\ 4^2 &=& 4\times 4=4+4+4+4 \\\ &\overset{tp}{=}& 4\otimes 4\otimes 4\otimes 4\\\ &=:&tp(4^4) \end{array}
$$

なんとなく想像できた? 三乗だとどうかというと、

$$
\begin{array}{} 2^3&=&2\times2\times2\\\ &=&(2+2)+(2+2)\\\ &\overset{tp}{=}&tp(2^2)\otimes tp(2^2)\\\ &=& tp((2^2)^2)\\\ &=& tp(2^4)\\\ &=& tp( 2^{tp(2^2)})\\\ 3^3&=& 3\times 3\times 3\\\ &=&(3+3+3)+ (3+3+3) + (3+3+3)\\\ & \overset{tp}{=}&tp(3^3)\otimes tp(3^3) \otimes tp(3^3)\\\ &=& tp( (3^3)^3)\\\ &=& tp( 3^{9})\\\ &=& tp( 3^{tp(3^3)}) \end{array}
$$

おおん? じゃあ四乗は?

$$
\begin{array}{}2^4&=& 2\times 2\times 2 \times 2\\\ &=&( (2+2)+(2+2) )+ ( (2+2)+(2+2) )\\\ & \overset{tp}{=}& (tp(2^2)\otimes tp(2^2) )\otimes (tp(2^2)\otimes tp(2^2) )\\\ &=& tp( (2^4))\otimes tp( (2^4))\\\ &=& tp( (2^4)^2 )\\\ &=& tp( 2^{8})\\\ &=& tp( 2^{tp( 2^{tp( 2^{2})})})\\\ 3^4&=& 3\times 3\times 3\times 3\\\ &=&( (3+3+3)+(3+3+3)+(3+3+3) )\times 3\\\ & \overset{tp}{=}&tp( 3^{27})\\\ &=&tp( 3^{tp( 3^{tp( 3^{3})})})\end{array}
$$

だんだん規則が掴めてきた気がします。どうも、

$$
a^b=\overbrace{tp( a^{tp( a^{tp( a^{...})})})}^{b}
$$

のようです。実際、

$$
\begin{array}{} a^b &=& \overbrace{a\times a \times ... \times a}^{\text{b}}\\\ &=& a\times (\overbrace{a \times ... \times a}^{\text{b-1} } )\\\ &\overset{tp}{=}& tp(a^{\overbrace{a \times ... \times a}^{\text{b-1}}})\end{array}
$$

を繰り返していくことからも想像できます。

このような冪乗の冪乗、テトレーションというのですが、クヌース(Knuth)の矢印記号で表現することがあります。

$$
\begin{array}{}\;2\uparrow\uparrow2&=&2^{2}\\\ 2\uparrow\uparrow3&=&2^{2^{2}}\\\ 2\uparrow\uparrow4&=&2^{2^{2^2}}\\\ 2\uparrow\uparrow5&=&2^{2^{2^{2^2}}}\end{array}
$$

どんどん指数がミニサイズで表記されてなんだか可愛いですね。

このテトレーションってのは、足し算、掛け算、冪乗を一般化したハイパー演算子っていうものの四段目からきてます。
つまり、一段目が和。二段目が積、三段目が冪乗ということです。
それぞれが前の段階の演算の繰り返しになっているというわけです。
で、クヌースの矢印は冪乗を昔コンピュータ上で$${2^3=2\uparrow 3}$$と表現したことに由来するそうです。
クヌースの表記だと、さらに上の演算、テトレーションの繰り返し、ペンテーションとか、その繰り返しヘキセーションなんかも定義できます。
そういう場合は矢印の数を増やすので、あまり増えると書きにくいことから矢印そのものに指数を書きます。
つまりペンテーションは$${\uparrow\uparrow\uparrow=\uparrow^3}$$、ヘキセーションは$${\uparrow\uparrow\uparrow\uparrow=\uparrow^4}$$ということですね。
テトレーションはまあ二つなので$${\uparrow\uparrow=\uparrow^2}$$と書いても書かなくても良いかと思いますが、統一感を出すために以下は$${\uparrow^2}$$表記にします。

そうすると、トロピカルなテトレーションが普通の世界の冪乗を表すことがわかります。

$$
a^b \overset{tp}{=} tp(a\uparrow^2 b)
$$

さて、こうなると、トロピカルな冪乗をいちいち$${tp(;;)}$$で囲わず、クヌース矢印で表した方が良いような気がしてきます。つまり例えば、矢印の下添字でトロピカルだよとあらわすことにし、

$$
tp(3^2):=3\uparrow_{t}2
$$

てことですね。

さて、以上をまとめると、こんな表が出来上がります。
念のためここにも書きますが、polarは計算の面倒さをトロピカル逆により面倒な方にしたものがあったら面白いよね、と勝手に命名したものです。
たぶんこういう数学があったとしてもこう呼ばれてはないかなと思います。

$$
\begin{array}{}\begin{matrix}tropic & 2\oplus 3 & 1\otimes 5& 3\uparrow_t 4&7\uparrow^2_t 3\\\ nomal & \max(2,3) & 1+5 & 3\times 4&7^3\\\ polar &?&?&3\boxplus 4&7\boxtimes 3 \end{matrix}\end{array}
$$

こうなると、やっぱり一番下のPolar(冗談)も気になってきますけどね……。

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