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わたしの好きな詩 ──心に静かに染み渡ります [第20回]


帆船の子

若者よ 君達の硬い掌のひらは
マニラロープのつよい匂いをたてる
若者よ 君達の着古した服のズボンは
ペンキと瀝青のはげしい匂いをたてる

ふだんに潮風が君達を吹きすぎて
上衣をふくらませ ズボンをはためかせ
君達の匂いを奪って海のひろさの彼方に
ゆくえもなく撒き散らしてしまうのだが

若者よ それでもやっぱり君達の掌のひらは
マニラロープのつよい匂いをたてる
君達の着古した服のズボンは
ペンキと瀝青のはげしい匂いをたてる

まるで君達の硬い掌のひらの中に
無限のマニラロープが束ねこまれてあり
さながら君達の着古した服のズボンが
瀝青とペンキの樽に蔵われてあったように

帆船の児 若者ょ
君達の掌のひらとズボンは
日に日に新しいマニラロープや
瀝青やペンキの匂いをぷんぷんたてる

丸山 薫


*掌のひらは=手のひらは
瀝青=れきせい=チャン=タール状の溶剤で、ロープに、
耐水、防腐用として塗布された。コールタールの強い臭気がある。
ふだんに潮風が=不断に潮風が=絶え間なく潮風が
蔵われて=しまわれて

海と帆船が好きな丸山薫の詩、潮の香と瀝青の匂いが、
ぷんぷん鼻につくようです。
私は瀝青の匂いをかいだことはありませんが、たぶん、
道路工事の時、まだ湯気の出ているアスファルトの上を、
ローラーが動いているときのあのつよい匂いでしょう。
小さなヨットでさえ、ロープ操作は大変ですから、大きな帆船のたくさんの
帆の操作は非常な重労働だったと思います。
このような労働の現場は、現代、あまり見かけなくなってしまいました。



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