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recharge : 2022/11/19


学生時代の友人や知り合いに「自分の学生時代に青春ってあったと思う?」と聞いたら、ほぼ100%返ってくる答えは「そんなものはなかった」だと思う。

ではわたしはどうかというと、わたしには青春があったと思うのだ。






同世代の中でもインターネットに触れ始めるのが早かったと思う。


3歳の頃にはパソコンでWebブラウザを立ち上げ、大人に「あんぱんまんって打って!」とねだり、暇さえあればアンパンマンのアニメの公式サイトを見ていた記憶がある。たくさんPV数に貢献したはずだ。

小学生の頃は親と一緒にネット掲示板を見て面白がっていたし(最悪な家族だね)、中学生になってたまたま同じクラスだった友達がニコニコ生放送で生主をやっていて、それにつられて動画編集やアニメーションを勉強して動画投稿をし始めた。


そんな背景もあって、中学生の頃には既に「きっと将来はパソコンで仕事をして生きていくだろうな」と思っていたわたしは、エンジニアリングを専門に学ぶ学校に進学した。
高専というやつなんだけど、馴染みのない人の方が多いと思う。とにかく「5年制のものづくりの専門学校」だと思ってもらえたらいい。


そういう学校なので、“そういう部活”があった。

わたしのいた部活はざっくり言うと「部員同士でスキルを持ち寄ってマルチメディア作品を作って年に数回学内外で展示する」部活で、大抵の部員は秋の学祭と春の学外の展示会に向けてゲームを作っていた。


学祭では部内代表の学生が対戦ゲームを作ってゲーム大会を企画したり、いわゆる技術系同人誌を作って頒布したり、オリジナルゲームのポストカードやグッズを作って頒布したり。

学外の展示会では各自が展示用のブースを持ち、これもまた自分の作品を目立たせるために大きなモニターを用意したりPVを作ったり、ノベルティを頒布したり。
そしてそこで出会ったクリエイター仲間と仲良くなって作品制作をするようになったり。
小さな東京ゲームショウみたいで毎年の楽しみだった。


自分がその類のイベントを主催したこともあった。

レンタルスペースを借りて、スポンサーを立てて、プレゼンブースと展示ブースを設営して、Webサイトやツイッターアカウントを作って宣伝をして、みたいな。
100人規模のイベントだったから、当時まだ未成年だったことを考えると中々の胆力だったと我ながら思う。



振り返ってみるとすごく精力的に創作活動と向き合ってきた人生だった。

プログラミング、ゲームの企画、チームマネジメント、デザイン、イベント運営、動画制作、イラスト制作やアニメーション、音楽制作、とにかくいろんなことをやってきた。


そんな有り余るエネルギーと創作意欲が底をついたのはちょうど卒業前最後の春、全国規模の展示会の予選落ちが決まったときで、当時のわたしの中にあったのは「これで全部終わったんだ!なんかもう全部どうでもいいや!」という諦めにも達成感にも似た気持ちだけだった。
しばらくはオンラインゲームとソシャゲに全ての時間を注いだ。


部活をやめたときのことは今でもかなり鮮明に覚えている。
「長い間部活に尽くしてきて、それなのに終わりってこんなにくだらないのかよ」ぐらいには思った。
話すと長いのだけども、とにかく良い思い出ではない。


そもそも部活でやっていくにあたってわたしは結構無理をしていて、学祭のゲーム大会の制作担当になったときは授業中にパソコンを開いて作業をしていたし(怒られろ)、本を頒布したときは入稿〆切前は毎日明け方まで作業しては力尽きてそのまま床で寝落ちする日々を送っていた。

そのうえ退部に至った理由がすごく悲しい理由だったこともあって、部活を辞めて以来創作活動らしい創作活動はほとんどしてこなかった。


何度か手を出したいと思った……手を出したことはあった。
あったのだけど、何度手を出しても作品として完成させるに至れなかった。

完全にエネルギーが底をついていたし、自分の手で満足に表現できるものなんてないと思った。
何をするにも自分には力不足……というか、やりたいことに届くだけのスキルもなければそれを身に付ける努力をするための活力もなかった。

穏やかに生きていられればそれでいいや、と思っていた。






そんなこんなでしばらくはコンテンツの消費者側に徹していたのだけど、音楽ファンをやっているうちにすこしそれまでと違った感覚が自分の中に生まれるようになってきた。

他人の表現を受けたときに自分の感情が色や景色、味覚、触覚、として溢れてくる感じがするようになった……と言って伝わるかわからないけど、音楽を聴いて具体的な景色が浮かぶようになったり、人の文章を読んで冷たい空気が頬を掠めていく気がしたり、逆にふとした日常風景を見たときに「わたしはこの風景みたいな感情を知ってるな」と思ったり、そういうことが増えていった。


そういうのをひとつひとつこぼれ落ちないように掬い上げようとして、抱えきれなくなった。
抱えきれないのが嫌だった。


それから度々、カメラを持って写真を撮りに出るようになった。
今の自分にできる、(文章表現と並ぶ)ささやかな自己表現として、である。

元々散歩は好きだったし、思えばずっと昔から、上手く行かなくて悩んでもう全部終わってしまえばいいなと思ったようなときに流れる日常風景に自分の感情が昇華されていくような気がして救われたこともあった。

多分今自分が写真を趣味として気に入ってるのはそのときの感覚と同じようなものなのだと思う。



とにかく昔から作るのが好きで「ものづくり」ばかりをしてきた人生、しばらく離れていたのだけど、ここ最近はまたそういう瑞々しい感覚が自分の近くに戻ってきている気がする。


その感覚があったこともあって、先日デザインフェスタというイベントに足を運んできた。

知らない人に向けて説明しておくと、デザインフェスタとは「ハンドメイドや一次創作オンリーのコミケ」みたいなものだと思ってもらえば良い。
デザフェスと呼ばれており、イラストをあしらった雑貨やポストカード、原画、ハンドメイドのアクセサリー、オリジナルのフィギュアなど、とにかくいろいろな作品が展示・販売されるイベントである。


なんとなく「何かしら創作意欲に刺激が受けられたら良いな」ぐらいの気持ちで足を運んだのだけど、会場を歩き回りながら自分でも意識しない間に

「これだけたくさんの展示がある中で自分のブースの前で足を止めてもらうためにわたしなら何ができるだろう」
「ここにブースを出している全ての人が表現者だとして、ここの誰もが持たない自分にしかできない表現ってなんだろう」

みたいなことを考えていることに気付いた。


部活時代のことをすごく鮮明に思い出した。
この感覚を知っていると思った。

今もう一度その土俵に立てたとき、自分に一体何ができるのか、自分がどこまで通用するのか、自分はここで戦えるのか、知りたいと思った。


つい一緒に歩いている友人の隣で「あたしも出す側やってみたいなあ」とか言ってしまったとき、自分の中に中高生の頃と同じ気持ちが湧いていることに気付いた。

うまくいえないけどすごく懐かしくて、キラキラしていて、それが今の自分から出てきたことが嬉しかった。


冒頭に「わたしには青春があったのだと思う」と書いたけれど、
多分、創作活動をしてきた時間はインドアで引っ込み思案なわたしにとってすごく輝かしい青春だったのだと思う。






熱し易く冷め易いという言葉があり、長らく自分はこのタイプだと思ってきた。

新しいことを始めるのは楽しいので大好きなのだけど、最後までやりきれた試しはそう多くない。
作り始めは未知の景色だらけでわくわくするのだけど、終わりが見えてくるにつれてやる気が出なくなってくる。


ここ最近自分について気付いたことの中に「自分の理解できないものにしかかっこいいと思えない」「自分の手が届かないものにしか本気で執着できない」みたいなものがあって、今考えると創作活動においてもその傾向が出ていたのだと思う。

完成が見えた瞬間、「あ、なんだ、案外そんなもんか」「自分にも作れるようなものだったんだ」と思ってしまって、次のもっと手の届かない技術に興味を移していたのだろう。


でも、作品とは完成して初めて作品として成り立つ。イベント運営も同じだ。
そこでわたしは「人」を枷として自分に課してきた。

とりあえず人を巻き込んで、「最後までやりきらなきゃ仲間に迷惑がかかる」という枷で自分の足を縛り付けておく、というやり方である。



これを読んでいる人のうちどれぐらいがピンと来るかわからないのだけど、チームやサークルでひとつの作品を作り上げるというのはすごく難しい。
これは多分バンドなんかにも当てはまる気がする。


全員に生活があり、全員にプライベートがあり、全員にそれぞれの理想がある。

生活を多少捨ててでも作品制作に熱中していたい人もいれば、生活があり、仕事があり、友達や恋人、家族と遊んだその余暇として創作活動を嗜みたい人もいる。

例えばこれはわたしの例だけれど、わたしがゲームを作るために数学や物理の勉強をするのが苦じゃなかったりプログラミングの教本(4000円とか普通にする)を自腹で買ったりしていたのと同じ熱量で一緒に走れる人ってまあそんなにいないわけだ。当たり前だよね。



そういう中で自分の枷になってくれる誰かを見つけることはすごく難しいことだとずっと思っているし、今もそう思っている。

創作活動に限らない話なのだけど、自分と同じ熱量で同じ理想を追いかけていられる仲間はそれだけですごく価値のある財産(というと人を物だと思っているようであまりきれいな言い方ではないだろうか)だと思う。


文章表現だとか写真とか、イラストとかエンジニアリングとか、いろんな分野でそれらの話をできる知り合いや友人がいる、同僚もいる。

そういう人をちゃんと大切にしながら、走れるタイミングが来たらちゃんと走れるような自分でいたい。
走れない理由を探してタイミングから逃げる自分になりたくない。

……とかを思わせてもらったイベントでした。
デザフェスありがとう、またどこかのタイミングでお会いしましょう。

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