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film A moment という表現



film A moment という音楽作品がある。

わたしはこれを「音楽作品」とだけ呼称していいものなのかわからないのだけど、内容について目を瞑ればこの作品がCDショップで邦楽DVDの棚に陳列されていたことは事実で、つまりこれは音楽作品(の中でも、映像作品)という分類になる。


わたしがカメラを持つきっかけになった「音楽作品」である。




出会いは4月半ば、UNISON SQUARE GARDENというロックバンドが主催の対バンライブツアー「fun time HOLIDAY 8」の大阪公演。

細かい内容についてここで語るつもりはないのだけど、ただとにかく、わたしはそのライブのゲストに呼ばれたTKという人を、その人の叫びを、表現を、無視できなかった。




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夜行バスで大阪から横浜に帰ってきて、そのあと1週間ぐらいは半ばPTSDのように頭の中をその人の叫びが、何かを伝えようとしているはずなのに何も理解を伴うものとして入ってこない感情が、そのステージが頭に焼き付いて、何度も何度もフラッシュバックした。


例えるなら、「何語を話しているかすら聞き取れない行きずりの外国人が見ず知らずのわたしに一頻り泣き叫びながら怒ってそのまま去って行った」みたいなことになるのかな?

とにかく、それを見てわたしは何を思って良いかもわからなくて、ただその自己主張を無視できるだけの強さがわたしにはなかった。



とにかく「もう一度会わなきゃいけない」と思った。

もう一度会わなきゃいけないし、もう一度会ったって言葉がわからなきゃ意味がないから彼の言葉を勉強したくなった。


そうして過去のアルバムや彼のSNSを追っているところで出会ったのが、film A momentという作品。




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「film A moment」は、凛として時雨というバンドでギターボーカルを務めるTKが「TK from 凛として時雨」名義でリリースした初めての作品になる。

東京喰種の主題歌「unravel」なんかを筆頭に今や世界的にも知名度のあるTKのソロデビュー作品……とだけ語るにはあまりに説明が足りないほど、難儀な作品でもある。


この作品には3曲のオリジナル曲が収録されている。

1. introduction
2. white silence
3. film A moment

3曲しか収録されていないのに、合計で20分弱ある。2曲目と3曲目が異様に長い。


そしてこれらはDVDに収録されていて、それぞれの曲に映像がついている。

TKがアイルランドとスコットランドに旅行に行った際に8mmフィルムカメラで撮影したものを自分で編集したものがメインで、表題曲のみMVらしく演奏する様子が映されているカットも多い。


そして極めつけに、100ページの写真集が付属している……というか「写真集の最後のページにDVDが挟まっている」と言った方が正しいぐらい、写真集が本体。

というか、本体が写真集。


この写真集も映像と同じくTKがアイルランドとスコットランドに旅行に行った際に撮ったもので、数ページごとに本人の旅行記が綴られている。


旅行記の文章からは本人の穏やかな人柄が感じられて、正直本当に凛として時雨のギターボーカルが書いているようには思えない。

それでもところどころに見え隠れする感性の凪いでいるのに妙に激しい感じ、スッとした鋭さ、呼吸の激しい感じがアイデンティティを主張してくる。




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あまりに突然の空白に僕は遠いところへ行くことにしました
どこに何をしに行くのかも決めれずに
迷っている自分を半分置き去りにするような
お気に入りのカメラ、それと昨日借りたばかりの8mmカメラを持って

写真集の冒頭に綴られている4行。

これだけで心が迷い出すような気がして、居心地が悪くて不安になる。
何度読んでも落ち着かない。心の妙な隙間に入り込んでくる文章。


写真集はこのあと、TKという人の「どこに何をしに行くのかも決め」られない旅を追体験するように写真と旅行記が時系列に沿って進む。


そこに並んでいるのは有名な観光地やきれいな風景ではない。

泊まった宿の客室、入ったカフェでお腹をすかせている様子の子供、誰もいない線路。

なんてことない写真だからこそ、その視界をフィルムに収めようとしたことの意味というか、込められた感情が景色越しに暴れ出すような不安とも安心とも付かないものが湧き上がってくる。



そんな「何も写ってないようで何もかもが写ってる」ような、視覚の枠を超えた写真に魅せられて、film A momentという作品を手に取って以来わたしは完全に「フォトグラファー・TK」のファンでいるのだ。


この人の写真に好きなものはたくさんあるけど、とりわけ印象的だったのはこの写真

イギリスで目にできる印象的な風景ってそれはもうたくさん山のようにあると思うけど、そこから「小さな家の外に洗濯物が干してある様」をピックアップしてフィルムに写そうという人ってそうそういないと思う。

日本人がイギリスに旅行に行って撮ってくる写真とは思えないし、わたしだってこういう「誰かの日常」を感じる景色は好きだけど(それが好きだからこの人の写真を好きになったのだ)、だからといって同じ景色を見たってこれを撮って帰れるかわからない。

すごい感性をしてるな、とこの写真を見た瞬間、頭から抜けなくなった。




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ここで「好きな写真集を紹介しました」とまとめても許されそうな流れだけど、今わたしがしているのは音楽作品の話である。


叙情的な写真集としての一面を持つfilm A momentという作品、DVDに収録されている映像もまた同じようにとてつもなく冷たく凪いだ何かに抉られるような激情を孕んでいる。

ちなみに流れる音楽は“激情”という言葉を当てはめるほど激しくない……と言いたいのだけど、表題曲のfilm A momentだけはそれなりに激しくて重い。


凛として時雨のオフィシャルチャンネルでトレーラーが公開されていて、雰囲気はこれで十分伝わると思う。2分もない。興味があれば。



そして特筆すべきはこれが第三者によって撮影されたMVではなく作曲者本人が撮影・編集した映像である(※M3の演奏カットのみ別)ということ。

音楽に映像がついていると言えばMVを連想しがちだけど、MVのそれではない「音楽の補完としての映像」もしくは「映像の補完としての音楽」。


そして、film A momentという作品における「写真集の補完としてのDVD」、「DVDの補完としての写真集」。

写真集(旅行記)と音楽と映像、全部を撚り合わせてひとつの表現になったそれが、作品という以上にTKという人そのものみたいでとにかく激烈に良い。



先に「表題曲だけはそれなりに激しくて重い」と書いたけれど、それさえも「TK」の表現として妙な説得力を持っている。


ちなみにこの作品はディスクメニューが写真のスライドショーになっていて、film A momentが終わると静かなインスト曲と共に写真が流れ出すのだけど、収録されている3曲の映像、そこから始まるスライドショーの一連の流れが本当に凄まじく自己表現として綺麗に見える。



綺麗というのがこのTKという人のあまりにも歪な自己の表現に対して当てるものとして適切なのかはまた別の話。





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発売から10年以上経った作品について今更長々とレコメンドじみた記事を書くのもな、とは思いながらも、あまりにこの作品が、良い……というか、芸術的というか、

とにかく自分にとって「感想を明文化しなければならない」と思うほどの価値ある作品だったもので、こうしてまとめておくことにした。


10年前の作品かつ完全生産限定盤というのもあっておそらくもう店頭で新品を見つけることはほとんど不可能な作品なのだけど、もしこれを読んで興味が湧いた方がいればぜひ中古で探してみてください。

普段あんまり自分でも中古品は買わない主義なのだけど、この作品に関して言えば本当に間違いなく中古だろうと買って間違いなかったと思えている。




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