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小説 | 島の記憶  第20話 -身の上話-

前回のお話


おばあさんの家で何日すごしただろう。足の激痛は少しずつ収まっていき、棒を使って歩くことにも少しずつ慣れ始めた。毎日自分の部屋から台所まで行き、朝食を済ませると、おばあさんの手伝いをなんでもやった。食器の片付けから洗い、部屋の掃除、洗濯など、やることはいくらでもあった。


石の家で過ごすのは生まれて初めてだった。この島は湿気がすくないせいだろうか、窓があれば通気が良くなり、快適に過ごせる。石の寝床にもだんだん慣れてきた。


数日後、浜辺であった老人が尋ねてきた。身振り手振りで傷口を見てくれる、と言っているようだった。巻いていた布と綿を取り、布でつけた緑の薬のようなものを外す。痛みは思ったよりもひどくなく、老人は再度緑色のなにかをべったりと布につけ、それを傷口にあてた。

「アロエ、というんですよ」おばあさんが言った。

「草なの。怪我したときは、これを使うの。」

私の島でも薬になる薬草は育てていたが、このように粘り気のある薬草を見るのは初めてだった。

手当てが終わると、老人がおばあさんに何か話したあと、こちらを向いてニコニコしながら「また来る」といって行ってしまった。

「あの人は島の・・・なんですよ」

私は「・・・は何をする人ですか?」と聞いてみた。


おばあさんの説明によると、老人は怪我や病気の人がでると、直しに来てくれる人だという。今日見たアロエや他にもたくさんの薬草の知識があるそうで、具合が悪い人がでれば、あの老人に来てもらうことになっているようだ。薬草の効き目には驚いた。私の島では、鮫に脚を食べられた人は、手当の手段がなく、高熱が出て、それを生き抜いた人だけが生き残れるようなもので、大半は亡くなってしまう。私は早い段階で治療をしてもらえたから助かったのだろう。


自分が助かったことに罪悪感を抱える私は、喜ぶというよりも悲しいという気持ちの方が強かった。ひどい嵐の中に置き去りにしてしまった子供達。破壊された村。火事に立ち向かった村の若い男性たち。皆、生きているんだろうか。誰か生き残った人はいるのだろうか?


ふさぎこむことの多くなった私を、おばあさんは気遣ってくれた。また、島の子供たちも私の所を日に一度は訪れてくれ、一生懸命にその日あったことを伝えてくれた。ココヤシが沢山獲れたから、とおばあさんと私の分を分けてくれたり、魚が沢山獲れたと報告してくれたり。また、意味が分からなかったが、何か石の事を熱心に話してくれた。どうやら大きな石があって、そこには誰かがいて、何か特別なことをやっているらしい。私が言葉をあまり理解できないのを分かってか、子供たちは皆ゆっくり一言一言はっきりしゃべってくれるのがありがたかった。子供達を見るたびに弟のカウリや妹のリアの事が思い出されて、泣きそうになった。

「・・・の外から人が来るのは滅多にないからね。きっと皆あなたに興味があるのでしょう」おばあさんは微笑みながら言った。確かに村の外から人が来ると、子供たちはその人のそばに行きたがる。子供はどこに行っても人懐こいものだな、と思った。


ある日の晩、夕食を済ませた後、おばあさんと私は熾火のそばで少し話をした。私が島に住んでいたこと。白い生き物が村を襲い、神殿に火を放ったため、子供たちを連れて海の沖合にある岩島までカヌーで逃げたこと。そこで波にさらわれて、気が付いたらここの浜に打ち上げられていたこと。どこまで話が通じているか分からなかったが、私はありったけの古語の知識を使って、説明をした。

「そうかい、海で流されてね・・・。・・・日にちは経っていないだろう。鮫・・脚を食べられた・・・だから。・・・なら死んでいてもおかしくない。

村では、あなたはどんな仕事をやっていたの?」


仕事の事を聞かれたので、私は巫女と機織りをやっていたと告げた。機織りという言葉が通じなかったため、身振り手振りで布を織るしぐさをして、おばあさんに伝えた。


「ああ!布を織っていたのね。そして巫女をやっていたと・・・この村にも巫女がいるよ。元気になったら、一度神殿に一緒に行ってみよう。あなたの島がどこにあるのか、何かわかるかもしれない」


島がどこにあるかわかる?巫女がお告げで、そんなことまで教えてくれるのだろうか。そう言えば、誰かがお告げをしているところを、私は今まで一度も見たことがないのに気が付いた。祖先の霊や神様が巫女に懸ってくるのだろうか。私はおばあさんにぜひ連れて行ってくださいとお願いをした。そして、神殿はどんな所なのか尋ねた。


「石造りの大きな建物だよ。この・・・の建物はほとんどが石や土で出来ている。大切な建物は石でできていて、豚や・・・を入れておくのは木の建物だね。・・・や・・・は家の中で飼うけれど。神殿には巫女が3人と審神者が6人。そして裏付けを取るものが10人ほど。そして神にささげる踊を踊る舞手が10人ほどいるね。あなたの所の神殿はどのような場所?」

聞かれて、私は山の神殿の様子を詳しく説明した。木でできている三角屋根の建物で、入り口は階段で登っていくようになっている。天井は高く、お告げをする場所は窓の近くと決まっている。巫女は私と叔母の二人で、審神者のロンゴ叔父さんが一人、裏付けを取る若者たちが5名ほど。その中に私の兄もいると告げた。

「ご家族が神殿で一緒に働いているのね。よほど能力の高い家族なのでしょうね」

お婆さんが言った。私はあわてて、村の全体が家族や親せきで、何らかの血のつながりがある人ばかりだと告げた。

「でもあなたの叔母さんも巫女なのでしょう?それなら、何らかの能力のある血筋なのでしょう。きっと祖先から受け継がれてきた何かがあると思うよ。

もし明日、脚が痛まないようだったら神殿に一緒に行ってみようかね。午前中に巫女たちに伝えを出しておこう。このまま何もしないで家に帰らないでいるよりも、何とかして家に帰る方法を探した方が良いと思ってね。ご家族も心配していると思うよ」

おばあさんはゆっくり、わかりやすく話してくれた。たしかにおばあさんの言うとおりだ。何もせずにここにずっといるわけにはいかない。家に帰る方法を、何が何でも見つけなければ。

沈んでいた心に勇気が戻ってくる気がした。自分はきっと生きて帰る。たとえ家族が死んでいたとしても、もとの村に帰り、昔、私たちの祖先のタネーお爺さんが一人で村の生活を始めたように、私も一からやって見せる。そう思えるようになった。

翌朝、朝食が済んだ頃に、子供たちがやってきた。今日は男の子達と、やっと歩けるくらいの小さな女の子がいた。一瞬、わたしは小さなマナイアがそこにいるような気分になった。

「今日は魚を採ってくる。沢山取れたら、あげるね。」「この女の子は、僕の妹。お母さんとお父さんがあっちで待ってる。また来るね!」

そこへおばあさんがやってきた。

「誰か神殿へお使いをしてくれないかい?今日、巫女の力を借りたいと言っていると伝えて」

子供たちは、一瞬驚いたようだったが、すぐに笑顔になって、「うん、行ってくる!」と返事を返してくれた。


小さな子供たちは駆け出していった。毎日、ほんの少しのおしゃべりをするだけでも救われる様な気分になれる。

伝言が戻ってきて、私たちはその日の午後遅くに神殿の巫女に合えることになった。何か村の事が分かるだろうか。今日何も分からなかったとしても、それは仕方のない事。心を決めて、私はおばあさんと寄り添いながら、神殿までの道を歩いて行った。


(続く)

(このお話はフィクションです)

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