見出し画像

Page2.鞠とマフィンと夕焼けと。

🐾よひらの花


雨、、、雨、、、雨、、、
偏頭痛がズキズキするいやな季節。
気分が落ちるいやな季節。

東京もいよいよ梅雨入り宣言が出て、
日に日に雨の日が増えてきた。
私は雨の日になると、低気圧の影響からか、
頭痛や立ち眩みがひどく、
考えることがより一層ネガティブになる。
そんなときは下を向いて歩く。

自分の靴に水滴が跳ね返るのしか見えなかった、
灰色の景色に、ふと色がついた。
コンクリートの道路の脇に紫陽花が力強く咲いていた。
こんなにも人の手が入っているのに枯れることなく咲くその姿に惹かれ、立ち止まって見入ってしまった。



同じ株の中で育っても上の方に咲いている花に
押しつぶされ、茶色く変色しているもの、
下の花を土台にして華麗に咲くもの。
まるで、日本の社会みたいだと思った。
成功する人の下にはたくさんの挫折者がいて、
それを乗り越えてこそ勝ち組になるのだと。

紫陽花に元気をもらう一方で、
それなら、私は下の方で色づくことなく
散っていくのだろうか。
と、ひねくれた頭で考えながら歩きだす。

「紫陽花の色って何を基準に変わるか知ってる?」

遠い記憶、
誰が言っていたかもわからない言葉を思い出す。
はて、どうやって変わるんだったか。

こんな私でも、いつか色づくことができますか...?

🐾隠れ家

誰だよ、雨降らないって言ったやつ。ふざけんな。
傘に大きな雨粒が触れる度、バリバリと音が鳴る。
その音は絶え間なく、次第に強くなっていく。

天気予報では晴れのち曇りだったのだが。
もう、この異常気象には誰もついてこれないだろう。

いつもの曲がり角を進むと、見覚えのある黒い塊とそうではないのがいた。
黒猫(以後ノワールと呼ぶことにする)の隣にはまるで靴下をはいているような白い猫(以後スノーと呼ぶ)がいて、二匹寄り添う形でこちらを見ていた。
「えっ」
素で声が出てしまった。
(誰も周りにいなかったのが幸い?)
まさかまたノワールと会えるなど夢にも思っていなかったのだ。
(野良猫だから住処を変えていると思っていた)

スノーはブルーオパールのような目、絹のような毛並みでノワールとは真逆。人間にいたら間違いなく高嶺の花的な存在に違いないと確信できるほどの美形っぷりだった。
今日は特に話しかける気分でもないのでそのまま素通りしようとすると、ノワールが商店街の方へ動き出した。商店街にはたくさん人がいるのでついていくかどうか逡巡していると、
ノワールがこちらを向いて座った。

「こねえのかよ。面白いもん見せてやるのに。」
と言われた気がして、結局ついていくことにした。

はたから見れば、黒猫の後を追いかける
可笑しな女子大生。
とにかく目立たぬよう距離を開けてついていくが、学校帰りやお稽古帰りの時間帯で人通りが多かったので、見失ってしまった。

あーあ。
せっかくなにかが起こりそうだったのになあ

と肩を落として、きた道を戻ろうとすると
木の小さな看板があらわれた。

”         クルミ堂
          マフィンにスコーン。
           レトロプリンもあります。
            テイクアウトの方もどうぞ。    ”

”    営業時間11:00~18:00    ”

まあるいフォントで手書きされているその看板は
毎日書かれることが変わるのだろう。
何度も消された跡がある。

普段は音楽で周囲の音を消して
ぼやっと歩いているので、
この看板の存在に気づきもしなかった。
しかも、入り口は人がすれ違えないくらいの広さの階段で、店内の様子が全く分からないため、
お店であること自体気づきずらい。

ノワールはこの間(Page1参照)の私の言葉を理解して連れてきてくれたのだろうか。
ここにお前が求めている何かがある。と。

なにかに引き寄せられるように階段を上り、
ドアを開ける。憂鬱が具現化された外から隔絶された空間にふっと肩の力が抜けた。
木の家具、壁に掛けられたドライフラワー、一昔前の扇風機。
そのすべてにお日様の温かみを感じる。

なににしようかとメニュー表を見ていると
「もうここに出ているしかないのですが…」
申し訳なさそうにお店の方が言う。
閉店ギリギリにお邪魔したので品数は少なかったが私の好きそうなものがあった。

パインとお塩のマフィン
バナナとチョコのマフィン
チョコシフォンケーキ

の三点を購入。
かなり大きめなのにこれで1000円以下。
晩年金欠の私でも心置きなくお茶会ができる。
本当にありがたい。

家に帰り、紅茶をいれた。
一週間頑張った私へのささやかなご褒美。
あたためたマフィンを口に入れるとふんわりと小麦の味がする。
バナナとチョコがそれぞれの色を保ちながらゆっくりと混ざっていく。
紅茶も一口。アールグレイの良い香りが鼻から抜けてすうっと抜けて身体もこころもぽかぽかする。
幸せってこういう些細なことなんだろうな。
いつも考えて混んでしまうのに、
今日はこんなにも簡単に答えが出てしまった。

生きていればいろいろある。
いいことも、悪いことも。
心が沈んだときはこうして自分を甘やかすお茶会をしよう。
そうすれば少しは私自身を愛せるようになるだろうか。

あっという間に完食。お夕飯前なのに。
それでよいのだ。今だけは。
「明日もちょっくら生きてやりますか!」
カーテンを開けると、あのお店と同じオレンジ色が私の部屋にも広がった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?