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利賀で読みたい小説

ぺいからバトンを受け取りました、はるなです。

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とはいえ、Twitterのタイムラインのようなnoteではとっても読みづらいと思うので、整理して書いていきますね。ただ、心のうちダダ洩れ度は少しあってもいいかなと思うのでそこはいつも通りの塩加減で臨んでみます。

さて、このnoteリレーは、「利賀プロに入った理由」と「入ってみてこの1年で感じたこと」をテーマにお送りしています。前回は、ぺいが担当でしたね。ハンデともいえる状況を特徴としてとらえる、という考え方について綴っていました。私は、三田論班でもぺいと活動していたのですが、彼は”複雑な状況をざっくりとらえなおす”みたいなことに秀でていて、てこを使うみたいに力を働かせて状況を好転させるのがうまいです

利賀プロに入った理由

理由1:同期がタフで活動の引き出しが多そうだったから

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こんな同期がいるから、というのが利賀プロに入った理由のひとつです。ゼミ自体もまだ始まったばかりで、お互いのことをしっかりと理解しているわけではないけれど、トガプロに入ると噂の顔ぶれは、頼もしさが光っていました。

そもそも、利賀プロの活動の性質を考えると、ある意味、当たり前かもしれません。

・地理的に東京から離れた

・人口減少の激しい山間部で

・村の人と深く関わりながら

・村のいまとこれからを見つめる

利賀プロの活動の根幹を単純に分解しただけで、タフです。そこで2年間活動することを決めた人というのは、それを理解してそれを受け止めることも決めた人です。そりゃあ頼もしい顔ぶれになるわなあ、と。そんな人たちとなら、深く広くいろんな活動ができると考え、利賀プロに決めました。

これはあんまり主体的じゃない理由ですね。(笑)

理由2:”地方”の課題先進地で数十年先を体感したかったから

実はこっちのほうがメインの理由です。

私の地元は山口県の瀬戸内海側の田舎町です。炭鉱の町として栄えた時代や”商店街は肩をぶつけずに歩けなかった”高度経済成長の時代など、「あのころは賑やかだった」な時代は今は昔。日本の一地方として人口減少に伴う町の衰退に直面しています。

そんな町で、仕事の傍らまちづくり団体に所属して活動している両親の影響もあり、私は”地方の在り方”、特に”地方における市民の在り方”に関心を持つようになりました。将来は、地元のまちの市民サイドで地に足をつけて課題に向き合いたいと考えています。

私は、利賀村を、私の地元の数十年先を進む「課題先進地」だととらえています。もっと言うと、日本のほとんどの地方が100年後にたどり着く姿だと思います。そんな村に”今”入って、いわばシミュレーションとして体感しておくことは、私が今後衰退する地方と向き合うにあたって必要なことだと考えました。

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私が利賀プロに入った理由はざっとこんな感じです。では、こんな思いで入って実際どうだったかについて話していきますね。

この1年で感じたこと

同期に関しては、予想通り、タフでした。

夜の山道を器用に運転するとか、東京にいても村の人と連絡をこまめにとるとか、年の離れた村の人とお酒を交わしながら話を聞きだすとか、活動するにあたって基本のきだけどそこそこハードルが高く設定された”体力”みたいなものはみんながっつり持っていました。

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加えて、村のいまとこれからという”シリアス”に対峙するタフさみたいなものもやっぱりしっかり感じました。次の1年の活動方針を決めるために行ったこの1年の総まとめでは、

・村の終わり方とは

・関係人口創出を目標にしているけど今達成できているのは、関係人口創出のための3段階のうち1段目だね

・ここ数年関係人口創出を掲げて外へのアプローチをしてきたけどそもそも村内ってそれを持続的に受け入れられるんだっけ

のような点が話題にあがりました。こんなタフさは、次の1年で活動の幅と深さに反映されていくと思います。

「課題先進地」としての利賀村での活動という意味では、応用したい面も反面教師にしたい面も学びました。これについて詳述するとTwitterのタイムラインになってしますので、割愛します(笑)。

一点だけ、学びというか確信が持てた点について連続ツイートだと思ってお付き合いいただきたいのですが(笑)、

・村に住み続ける理由は言葉にできない愛着だし

・村を何度も訪れるのも言葉にできない愛着だな

ということです。

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私はよく「なんでそんなに地元が好きなの?」と聞かれるのですが、これというモノや人を特定して好きな理由に挙げたり、目的とか手段の話をするのはなんだかしっくりきません。ただ、感情とか価値観という意味で「好き」なんです。村の人に村に住み続ける理由や村への想いを尋ねても、たいてい、私と同じようにぼんやりとした答えになっていない答えが返ってきます。

これは、村に通う人でもどうやら同じようで、こちらの大先輩の記事でとってもわかりやすく綴ってあります。

ただ、これからの1年の目標として、関係人口創出のために”訪れた人に愛着を持ってもらう”ことを掲げる私たちにとって、その言葉にできない動機が生まれるメカニズムは明らかにしていきたいところです。

これを読んでもメカニズムははっきりしないですが、ぺいが指定した裏テーマを回収するために、三浦しをんさんの「神去なあなあ日常」という小説を紹介したいと思います。都会育ちの無気力な青年がひょんなことから林業研修プログラムで山奥のド田舎に行くことになり、その村で成長し、村になじんでいくストーリーです。鬱蒼とした山の感じやユーモアと肝っ玉も持ち合わせた登場人物の描写が利賀村と重なります。

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それから、山の神さまの存在もちらちらと出てくるのですが、私は利賀にいるとき、ここにもいるんだろうなと結構まじめに考えていたりします。結局、主人公は村に残ることを選択するのですが(ネタバレごめんなさい)、この決断に至るのってどういうメカニズムなんでしょうね。

振り返りが今後の抱負になり、裏テーマの回収が強引になってしまったところで、締めたいと思います(笑)。

次は、ずっと気になってたカフェに一緒に行く予定がどんどん実現不可能になっているけいこ、裏テーマは「利賀の音」でお願いします。










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