【note創作大賞2024】スカートとズボンの話 〈3〉メンチカツと脱法行為
第3話 メンチカツと脱法行為
2006年
「吉祥寺には詳しいんでしょうね。勤めてもう長いんですか」
「近くの女子大に通ってたんです、勤める前から。もう10年近くになるから、ほぼ庭ですね」
「へえあそこの女子大だったんですか」
男は、意外そうにわたしを見た。
行列の先頭から、食欲を刺激する匂いがただよってくる。
わたしは20分前に出会ったばかりの男と、アーケード街にある肉屋の順番待ちをしていた。男が会うなりここのメンチカツが食べたいと言い出し、共に行列に並んでいるのだ。
「10年前入学なら、歳が近そうだな。女性に歳を聞くのは失礼だけど」
「2001年卒です」
わたしは答えた。
ああそうなんだ、俺は99年卒、同世代ですね、と男は言った。
「就職大変でしたよねえ。俺はなんとか今の所に滑り込んだけど、同期も後輩も少なくて、いつまでも下っ端だし。あなたの周りも大変だったでしょ」
就職難でサラ金に入社した彼氏がいたけど仕事を苦に失踪しました、なんてパンチのきいたネタを披露しても仕方がないので、わたしは、そうですね、皆苦労していましたね、と無難に答えた。
あれから4年、彼の消息はいまだにわからない。生きてはいるらしい、一応元気らしい、というレベルの情報が、風の噂で聞こえてくる程度だ。第一今でも、ネタにできるほど自分の中で割り切れてはいないのだ。
「だよなあ。本当にアホですよね。こんなに採用絞って、将来人手不足になるのは目に見えてるのに」
男はどこまでも穏やかに、世間話を続けている。わたしはなんだか怖くなってきた。
ようやく順番が来た。男はなぜだか威圧感のあるスーツ姿の長身をかがめ、メンチカツ2つ、コロッケ3つ、と注文する。
「おごりますよ」
意外なほど人懐こい笑顔で、わたしを振り向いて言った。やっぱり怖い。これで気を許したが最後、ひと思いに仕留められるのではないか。
でもこうなったのも、すべてわたしの責任だ。覚悟して受け入れなければいけない。怒涛のように過ぎたこの数週間を、わたしは思い出していた。
「いいねえ。全部これに仕立てようよ」
試作品を着た耀子さんを見て、わたしは言った。
フランスから仕入れたヴィンテージの布を耀子さんは、キャミソールワンピースに仕立てた。昔は「スリップドレス」といわれていた、この形のワンピース。わたしは、高校時代のサヤカを思い出した。
小柄でファンキーな耀子さんにも、よく似合っている。もう30代半ばになる耀子さんだが、いつまでも可愛らしいmerbleueの象徴だ。
うんそうしよう、と頷いて耀子さんは、さて、と周りをキョロキョロ眺めた。
「とっとと脱がないと。違法行為だもの」
ワンピースも、れっきとした単筒衣料なのだ。複筒の耀子さんやわたしがこれを着て外出をすると、違法行為になる。
耀子さんは、ワンピースを脱ぐ前にジーンズを穿いた。
そして何気なく鏡を見て、あら、と目を見開いた。
「何これ。意外とおしゃれじゃない……?」
スキニージーンズと、トップスの代わりに着たワンピース。
不思議な取り合わせだが、いいバランスだった。
わたしたちは、顔を見合わせた。
単筒と複筒が兼用できるアイテムは、これまでなかった。ましてや、今までにない斬新なコーディネイトが完成している。
ただ、法律的にこれは大丈夫なのだろうか。ワンピースが、下にズボンを穿くだけで複筒のトップスに変身するなんて、そんなことが通用するのだろうか。
「耀子さんこれ、単筒・複筒兼用で売り出してみたい。法律的にOKかどうか、確認しないといけないけど。どうかな」
どこか、焦るような気持ちがあったかもしれない。
mer bleueの人気や売り上げは変わらなかったが、服飾業界の雰囲気が変化するのを、わたしは感じていた。廉価な大量生産のカジュアルブランドが質を高め、ファッション性の高いものを出すようになっていたのだ。
フランス製のヴィンテージという付加価値だけでは、そのうち勝負できなくなるにちがいない。何か斬新なオリジナル商品を生み出さなくては。そんなことを考えていた矢先だった。
「いいよ。華にまかせるよ」
耀子さんも、きっとわたしの思いを理解していた。無責任に人まかせにする人ではないが、そう言ってくれたのだ。
わたしは次の日図書館に向かい、法律書を手に取った。
単筒の長さ、もしくは複筒を着用する際の上衣の長さ。それらの規定がもしあって、それに触れていれば、この計画は白紙だ。
法律文では、単筒を
「鼠径部、臀部、及び両足を、1本の筒状の布等で覆う形状の衣料」、
複筒を
「鼠径部、臀部を覆い隠し、両足を各々振り分け覆う形状の衣料」、
などと、単筒・複筒の違いを細かく定義している。
しかし、単筒の長さや複筒を着用する際の上衣の長さについての記述はない。つまり、今回のワンピースのようなケースはまったく想定されていないのだった。
そして、最後まで目を通しても「罰則」が書かれていない。
盲点をついたもの、と言われたらたしかにそうかもしれない。
しかし違反ではない。そして、仮に違反とみなされても罰則はない。それが、わたしの出した結論だった。
わたしは店に戻った。
「耀子さん、あのワンピース、単筒・複筒兼用で行ってみよう。法律的にはいけるはず」
耀子さんは、黙って頷いた。そして早速ワンピースを、何枚も仕立ててくれた。こういうの、あっちではチュニックっていうらしいよ、と耀子さんは作りながら教えてくれた。フランスに連絡して、娘のアリスさんと話したのかもしれない。
新商品「チュニックワンピース」を、初めて店頭に出す日が来た。
早速訪れたのは、常連客のスタイリストだった。ファッション誌「CuCu」のスタイリストを務める売れっ子だ。
彼女は真っ先に、トルソーに着せられたチュニックワンピースに気づいた。タグの表示を確認し、驚いた顔でわたしに声をかけた。
「これ、単筒でも複筒でも着られるの?」
「はい。単筒の人はこのままワンピースとして。それで複筒の人はこうやって……ちょっといいですか」
わたしは売り場からジーンズを一着取り出し、トルソーの下半身に穿かせた。
「こうやって、長めのトップスとして着るんです。フランスとかではこういうの、チュニックっていわれてて」
斬新、とスタイリストはトルソーを眺め、驚いた顔でつぶやいた。そして、あっでも、とわたしの方を見る。
「えっと……下衣選択法は、大丈夫なの?」
「はい、作る前にしっかり確認してます。もし、複筒のトップスの丈は何センチ以下、とか決まってるとアウトじゃないですか。でもそういう決まりってないんですよ。だから、ワンピースでも下にジーンズとかパンツ類を穿けば、トップスとみなされるんです。複筒でもOKです」
わたしは説明しながら、少しだけ手が震えた。スタイリストは、へえ……と頷いて、わたしとトルソーを交互に見比べた。
「単筒の方にももちろん、超おすすめですよ。下にレギンスとか穿くと絶対可愛いです。素材が70年代ヴィンテージで、特別に仕入れたものなので……」
スタイリストは、そうね、レギンス合わせると可愛いよね、と2,3度頷いて、このチュニックワンピースを数枚買い上げた。彼女は、単筒のモデルが着られればいいと思って買ったのかもしれない、とわたしは思った。
それから1週間ほど経ったある日、バックヤードでパソコンを見ていた耀子さんが、わたしを呼んだ。
「ちょっと。カニちゃんブログに、あのワンピースが出てる」
「カニちゃんブログ」とは、CuCu専属モデル 蟹江リリのブログだ。「カニちゃん」の愛称で親しまれる彼女は、社会現象といえるほどの人気を博していた。
蟹江リリは単筒のモデルだったが、もう1人、複筒の引田ホノカというモデルとコンビで、誌面を飾ることが多かった。
「大好きな吉祥寺mer bleueさんの、新商品!
単筒のわたしも複筒のホノカも着られるって、なんて奇跡的なアイテムなんだぁ~!!」
画像の中で蟹江リリは、あのワンピースの下に黒いレギンスを穿き微笑んでいる。
隣には、柄違いのワンピースを着た引田ホノカがいた。スキニージーンズを穿いた長い足が、ワンピースの裾から堂々と伸びている。
「これ、来たね……」
耀子さんがつぶやいた。
蟹江リリが雑誌やブログで取り上げたものは爆発的に売れる「カニ売れ」という現象があることは知っていた。
しかしそれが我が事となると、こんなに売れるのかと驚くばかりだった。2万円近い値段のチュニックワンピースは飛ぶように売れ、在庫はあっという間になくなった。
あまりに売れるので、フランスから素材を追加仕入れするだけでなく、国産の素材で廉価版を作ろうかと計画し始めたほどだった。
しかし、その計画は実現しなかった。
ある日わたしは、パソコンの検索エンジンに「mer bleue」と打ち込んだ。すると驚くような関連ワードが表示され、その場に凍りついた。
mer bleue ワンピース 違法
mer bleue 脱法コーデ
わたしは慌てて、蟹江リリのブログを見た。すると、あのワンピースの記事は削除されている。
どうしたらいいだろう。わたしは買い出しを口実に店を出て、駅前の大型手芸店をうろうろしたが、何も頭に浮かばないまま、店に戻った。
「たった今ね、こんな人が来たの」
店に戻ると耀子さんが、1枚の名刺をわたしに見せた。
そこには
「装美監理庁 査察官 今井 誠順」
と書かれている。
傍らに書かれたメールアドレスを見る限り、名前は「イマイ・セイジュン」と読むようだった。
バブル的ネーミングセンスの装美監理庁は、女性下衣選択法が制定されると同時に作られた官庁だ。下衣選択法の監理運用を行っている。他にも何かしているのかもしれないが、わたしにはよくわからない。
「脱法コーデの件でお話を、って言ってた。脱法ハーブみたいに言わないでほしいよねえ」
耀子さんは暢気な口調で言った。
「どんな人だった?」
「けっこう若かった。寺尾聰の若い頃みたいだった」
「寺尾聰?『ルビーの指環』の?」
「いや、どっちかというと『西部警察』のときの」
耀子さんは、食い込み気味に答えた。どうでもいい話だ。大体、どちらにしろわたしにはよくわからないのだ。
店長と相談してまた連絡します、と耀子さんは彼に言ったそうだ。mer bleueでは対外的には、耀子さんが「オーナー」でわたしが「店長」だ。
「わかった、これから電話して会ってくる。耀子さん、ここはわたしが責任持って対応しますから」
華だけの責任じゃないんだからね、あまりしょい込みなさんなよ、と耀子さんは言った。でもこれは、どう考えてもわたしの責任だった。この今井誠順とかいう査察官と話して、なんとか穏便に取り計らってもらわなくてはならない。
名刺にある携帯電話にかけると、彼はまだ近くにいるようだった。場所を聞いて、わたしは急いでそこへ向かった。
誰が今井誠順なのか、わたしはすぐにわかった。
くたっとしたスーツ姿の、背が高い男だ。もしかしたら、わたしとあまり歳は変わらないのかもしれない。耀子さんが西部警察なんて言うものだから、まるで刑事のような威圧感が漂っている。カラフルで穏やかな空気が流れるこの街で、彼は完全に浮いていた。
わたしが声をかけると彼は、先ほどと同じ名刺をくれた。わたしは、できるだけ店から離れた場所で話したかった。少し歩いて適当な喫茶店に案内しようか、と思案していると、今井誠順は急に言い出したのだ。
「吉祥寺って、旨いメンチカツの店あるんですよね? 俺1度あれ食べてみたいんですよ。今からちょっと連れてってもらえませんか」
わたしは訳もわからず今井誠順を、メンチカツが名物の肉屋へ案内した。そして訳もわからず世間話をしながら行列に並び、メンチカツとコロッケを彼におごってもらったのだった。
メンチカツとコロッケを手にした今井誠順は、今度はこんなことを言い出した。
「井の頭公園行きたいな。そこで食べましょうよ」
「井の頭公園? けっこう歩きますよ。10分か15分か……」
余裕ですよ、と今井誠順は公園の方向へ歩き出した。
ドラマで刑事が犯人を取り調べるとき、最初は雑談で場を和ませる。犯人が気を許してきたところで、カツ丼が出てきて犯人はがつがつとほおばる。
お腹がみたされた犯人に、刑事は言う。さあ、そろそろお前の話を聞かせてくれないか。田舎のおふくろさん、泣いてると思うぜ……
わたしは今まさに、この犯人と同じではないか。いつ、カツ丼が出されるのだ。もしかしたら、メンチカツがそのカツ丼なのではないか。わたしはいっそう訳がわからなくなってきた。とにかくこれ以上雑談するのは危険だ。いらないことまで喋ってしまいそうだ。
「音楽とか、何聴くんですか。やっぱりミスチルとかですか」
「ミ、ミスチルも好きですけど。えっと」
わたしは、なんとか話を打ち切りたかった。
「Eric Benétとかですかね。最近よく聴くのは」
「あ、ロックよりR&B好きね。いいね、俺もだ」
マニアックなことを言って引かせて話を打ち切ろうとしたのに、話がつながってしまった。
「それだったら邦楽なら断然、平井堅じゃないですか」
「あ、大好きです。『歌バカ』ずっと聴いてます。でもその後のアルバムは持ってなくて」
「あー最近Jポップ寄りだもんね。それはそれで素晴らしいんだけど、R&B好きとしてはね」
なんで、話が弾んでいるのだ。
そんなことを話しているうちに、公園に着いた。今井誠順は早速ベンチを見つけ、あそこで食べましょう、とわたしを促した。
わたしとならんでベンチに腰かけた今井誠順は、あー、と大きく伸びをした。
「鳥の声が聞こえて、緑に囲まれてて。なんかもう、これだけで何もいらないなって思うね」
わたしは耐えられなくなり、あのっ、と声をあげた。
「わたしを、うちの店を取り調べに来たんですよね?」
今井誠順は伸びをした手を下ろし、こちらをまっすぐに見据えて、はい、と静かに答えた。わたしは心臓がどくどくと鳴った。
結論から言うと、と今井誠順は、静かな声で言った。
「あなた方を取り締まるつもりは、ありません」
「ほんとですか?」
わたしは、ほっとして全身の力が抜けた。
わたしの言葉に頷いて、今井誠順は、ただし、と言葉を続けた。
先ほどとは明らかに違う鋭いまなざしに、わたしは息をのむ。
「確認したいことはあります。今回のことは、どこかの団体の指示を受けて行ったことではありませんか。反社会的勢力とか」
いえ、違います、とわたしはぶんぶん首を振った。
「じゃあ、政治団体は。例えば、民民党とかね」
違います。わたしは再び、首を振った。
「そうだったのか。てっきり、民民党のサトウアサミあたりが絡んでるのかと思った。だってあなた、サトウアサミと同じ大学だって言うじゃないか」
サトウアサミとは、大学の同級生サトウさんのことだ。彼女は昨年の衆議院選挙で、野党第一党の民民党から出馬し、見事初当選を果たしたのだ。公約はもちろん、女性下衣選択法の撤廃だ。
「いえ、いっさいないです。たしかに彼女とは同じ大学でした。でも話したこともありません」
そうだったのか、と今井誠順は、ベンチの背もたれに背中をあずけた。
「じゃあ、あなたとオーナーさんだけで考えてやったってこと?」
「オーナーには、許可はもらいましたけど。基本はわたしが1人で考えてやったことです」
へえええ、と今井誠順は、急に間の抜けた声でうなった。
「いや、こういうことをね、そのうちどこかがやってくるだろうとは思ってたんですよ。グローバル系の大手とかね。でもまさか吉祥寺のおしゃれな洋服屋さんが、法の盲点をついてくるとは思わなかった」
「法律文を読んでみて、違反と明記されてないからいけるなって思ったんです。あと、最悪違反だとしても罰則もないんだな、って」
すると今井誠順は、呆れた顔で眉をひそめた。
「罰則がないから、って。法治国家でその考えはマズいよ」
わたしはちぢみ上がって、両手と両足を揃えた。
「そうですよね。今後は、慎みます」
今井誠順は、まあいいけど、と笑って、ひとり言のようにつぶやいた。
「普通の洋服屋の姉ちゃんの、考えることじゃねえよな」
わたしは、いえ、普通の洋服屋の姉ちゃんです、とぼそぼそ言った。ほめられているのだろうか、いやきっと逆だろう。すると今井誠順は、意味ありげにこちらを見て笑った。
「そんなあなたを見込んで、お願いしたいことがあるんだ。まあその前に、メンチカツ食おうか。冷めちゃった」
メンチカツは、冷めても美味しい。今井誠順は、旨いなこれ、とあっという間にたいらげた。わたしは隣で、さくさくした衣とメンチの甘みをゆっくり噛みしめた。
「ガイドラインを作るんだ、下衣選択法の。その手助けをしてもらいたいんですよ」
今井誠順は言った。つまり、こういうことだった。
女性下衣選択法は制定の1992年以来なんの改正もしておらず、流行の変遷にまったく対応できていない。それで、今回のmer bleueの一件も起こった。ついては、法律を補完するための詳細なガイドラインを策定したい。今後の流行やデザインの変化に対応し、法の目をかいくぐられることがないように。
「なんでそんなしち面倒くさいことをするんだ、って思うでしょ」
今井誠順はこちらを見て、微かに笑った。
「俺だってそう思う。そんなことをするくらいなら、こんな訳の分からない法律、さっさと撤廃してしまえばいいのにって。俺だけじゃない、我々装美庁の人間も、皆そう思っているんだ」
じゃあ、どうして。驚くわたしに、彼は即座に答えた。
「民民党だよ。今この法律を撤廃すると、彼らを利することになってしまう。自自党としては、それだけは許せないんだ」
政権与党の自自党は、閣僚の失言により、近年人気が急落している。それをすかさず糾弾するのは、野党第一党の民民党だ。
女性下衣選択法は、民民党の与党批判の格好のネタだ。サトウアサミは今やその急先鋒で、お茶の間の人気も獲得している。
だから今これを撤廃してしまうと、明らかに民民党に押し切られた形に見える。それを与党はよしとしないのだ。
「だからまずガイドラインで、下衣選択法を骨抜きにする。もう、単筒も複筒も大して変わらないじゃないか、ってくらいにね。で、もう国民がどうでもよくなってきて、民民党も争点にしなくなったところで、しれっと撤廃する」
そうやって下衣選択法をひっそりと終わらせることが、我々に課された使命なんだ、と今井誠順は言った。
わたしは、ショックだった。もはやこの法律には、なんの意味もないのだ。なのに、こんなくだらない権力争いのせいで終わらせることができないなんて。
「遠回りになるけど、なんとかそこまでやり遂げられたらなと思ってるんですよ。でも我々、服のデザインなんか疎い連中ばかりだからね。どうガイドラインを策定したものか、見当もつかない」
そこであなたの力を借りたいんだよ、と今井誠順は言う。
わたしは、引き受けようと思った。mer bleueという職場しか知らないわたしの、好奇心がかきたてられたのだ。
でもそれだけじゃない。今井誠順の使命感が、わたしに伝播したのかもしれない。こんな風に静かに力強く語りかける人に、わたしははじめて出会った。
〈第3話 了〉
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?