横領してたお客さんの話
かれこれ20年前くらいの話。
当時ぼくは、とある県の場末のバーでバーテン見習いをしていた。
夜の9時から朝の5時まで。
僕の勤めていたバーは、場末だけれど、ある程度の品ぞろえがあったので、落ち着いた年齢の人もよくやってきた。
変なおとっつぁんや、おばちゃん、兄さん姉さんも多かった。
その中でも、香取さんはなかなかに紳士だった。
大手の旅行会社の総務部長さんで、おそらく50代後半。たいそう羽振りがよかった。
奥さんはラジオのディスクジョッキーをしている県内では有名なタレントさんなんだとか。
いつも一杯か二杯飲み、スタッフ全員分のお酒もごちそうしてくれて一万円札を置いて帰るというスタイルだった。もちろんおつりは受け取らない。
バーのオーナーのバカは、香取さんが来たら必死にへいこらして少しでも気に入ってもらおうと頑張っていた。それはそうだ。一時間もいないのに一万円は絶対に置いて行ってくれるのだ。
香取さんは、時には飲み屋街の上等なお鮨をお土産に持ってきてくれたりした。
女の子のスタッフが誕生日のときには、ブランドものの財布をプレゼントして高い店で食事をご馳走して、繁華街で一番のニューハーフバーでショーを見せてあげたりしていた。
やぼったい男のぼくにはそんなことはしてもらえなかったが。
全国規模の会社の部長さんはたくさんお金がもらえるんだなと、世間知らずなぼくはびっくりしていた。
あるとき、オーナーのバカからバイトをしないかと持ち掛けられた。
簡単なパソコンの作業で、一回3万円。
依頼主は香取さんだという。
フルでバーに入り、月給6万円だった貧乏なぼくはそのバイトに飛びついた。
香取さんが来た時に教えてくれたバイトの内容は、会社の通帳の数字のところがボールペンで二重線で消して別の金額が書いてあるので、新しい何も記入されていない通帳に、なるべく通帳の印字と似たフォントで訂正してある金額をプリントしてほしいということだった。
「この依頼はやばいやつじゃないの?」
とオーナーにこっそり聞いたけど、大丈夫らしいよとのことだった。
これまた無知でアホな僕は、節税対策なんだろうなとかアホな納得の仕方をしてそのバイトを受けた。
通帳をコピーして、エクセルで通帳にピッタリと数字が入るように調整した枠をつくり、数字を打ち込む。
微調整して、プリントアウトしたときに通帳の枠からずれないようにして通帳のホチキスをばらしてそれに出力。
それで3万円。
一度やったら何回も依頼が来た。
こっちはもう枠はつくってあるので、数字を入力するだけの簡単なお仕事になった。
これは美味しいなと思っていたら、あるときバカのオーナーが仕事中に新聞をもって慌ててやってきた。
「おーい!いおり!これ、香取さん横領で捕まった!!」
そう言って新聞を見せてくれた。
そこには、1億5千万円を横領したとなかなかビッグなことをやって逮捕された香取さんが載っていた。
お金はほぼ遊びに使ったと書いてあった。
ぼくも知らなかったとは言え、捕まるんじゃないかと気が気じゃなかった。
やっぱり犯罪やったんかと。
無邪気に節税とか思ってたけど、通帳偽造ってことだもんなと今更気づいたりして青くなっていた。
夜の街をかっこよくスマートに遊びまくっていた香取さんの、余裕かました内面は、どんな嵐が吹き荒れていたんだろうと思う。
いずれバレることはわかっていたはず。
それならば、その時までは楽しもうって考えたんだろうか。
昨日、自分のこどもの通っている小学校のPTA会費のことで怪しい話を聞いた。
きゅねんまでPTAですべてを取り仕切っていた事務のおばちゃんの会費の運用が確信犯的にずさんだと、新しい事務の人から来たのだ。
なかなかすごい話だったけれど、その話を聞いて香取さんを思い出した。