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『鄭玄から学ぶ中国古典』はじめに

 みなさんが「中国漢代の人物」と聞いて思い出すのは、誰の名前でしょうか。前漢初代皇帝の劉邦、また『史記』の著者の司馬遷が代表選手でしょうか。世界史を習った記憶が残っていれば、『塩鉄論』の桑公羊や、儒学者の董仲舒、『漢書』の班固といった名前も浮かぶかもしれません。

 このシリーズ記事で取り上げるのは、後漢末期の学者の「鄭玄」という人です。鄭玄は「じょうげん」とも「ていげん」とも読みます。鄭玄は漢代を代表する学者の一人で、たいへん偉大な人物ですが、現代の日本で、鄭玄の名を知っている人はあまり多くないようです。実は、『三国志演義』にて、劉備が師事し、彼が袁紹のもとに走った際に仲介した人物として鄭玄が登場していますから、マニアの方ならご存じかもしれません。

 さて、中国で最も主要な地位を占めた思想・文化(そして学問・宗教)である「儒教」の経典を、「経書」と総称します。経書には理想的人格者である「聖人」の教えが込められており、これを体得すれば理想的な政治を行い、また人として理想的な一生を送ることができると考えられていました。そこで、中国古代の知識人は経書の研究に努めることになります。この研究活動を「経学」と呼びます。経学は二千年近くの間、中国の学問の主要な地位を担っていました。

 「経学」は、特に後漢から魏晋の時期に大きく研究が深められました。この「経学」の発展の中で中心的な役割を果たしたのが、本書で扱う「鄭玄」という人です。彼は様々なジャンルの書籍に通じ、また同じ書籍に対しても多数のバージョンのテキストを確認して校勘作業を行い、それらを相互に読み解きながら独自の学説を作り上げました。経学の長い歴史の中で、鄭玄の学説は常に重視され、尊ばれてきました。中国の歴史上「鄭」という名字のつく人物はたいへん多いですが、いまでも中国学の世界で「鄭説」「鄭学」といえば直ちに鄭玄の学説、鄭玄の学問のことを指すほどです。

 これだけ重要な鄭玄という人は、とても魅力的な人でもあり、またその学問内容も非常に興味深いものです。筆者は、鄭玄の魅力が一般の人々に(下手すると中国人にさえ)あまりに伝わっていないのを、日々悲しく思いながら研究を進めてきました。鄭玄の魅力が知られてこなかった理由は、鄭玄について平易に解説した本が皆無に等しいという一点に尽きます。それどころか、研究者の間でも、「鄭玄=難しい」というイメージが先行し、鄭玄の研究をしようとすると止められる、なんて話もあると聞きます。

 確かに鄭玄は難しい研究対象ですが、難しいからといってただ晦渋で面白くないというわけでは決してありません。分かりやすく鄭玄の魅力を伝えるべく、筆者はいま筆を執りました。この本の目的は、この「鄭玄」そして「鄭学」の面白さを伝えることにほかなりません。更に、あわよくば、鄭玄だけにとどまらない、広く「中国学」の面白さ、そしてもっと広く「歴史研究の面白さ」「古典研究の面白さ」を伝えたいと考えています。鄭玄のことを説明するに当たって、時々脱線して関連する事柄を説明していますが、これはひとえに研究の醍醐味を伝えるためですので、どうかご容赦いただき、ほどほどに飛ばしながら読み進めてみてください。

 本書は、前篇・後篇合わせて十一章からなり、noteでは、一章につき一つの記事として公開します。明後日から、毎週月・水・金に更新していきますので、楽しみにお待ちください。

 それぞれ、一章が8000字~20000字で、いずれも一部無料公開、全文は100~200円で販売しております。ぜひ、気軽に読んでみてください。

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