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ティク・ナット・ハン師伊勢原リトリートの記録。

 以下は1995年5月、神奈川県伊勢原市でおこなわれたティク・ナット・ハン師による4泊5日のリトリートの記録です(仏教雑誌「大法輪」に書いたものを改稿)。この最初で最後となった日本でのリトリートで、ティク・ナット・ハン師はつねに<家族>というテーマで話をしていたように思います。トップ画像は「みんなのフォトギャラリー」より、大山から見た富士山の風景です。

まずは神戸の被災地へ。

 3月中旬にフランスのプラムヴィレッジを出発したティク・ナット・ハン師の一行は台湾、韓国でのプログラムを終え、4月28日関西国際空港に降り立った。招聘委員会事務局長の中野民夫さんによれば「ほんとうにゆっくりと微笑みながら」ゲートを出てきたタイ(ベトナム語で先生の意味)は、その足で神戸の震災被災地を訪ねた。翌29日は千人以上の聴衆を集めて大阪吹田メイシアターにて講演、30日には比叡山居士林で一日リトリートを行った。

 5月3日午後1時過ぎ、ぼくは小田急線伊勢原駅に降りた。間近にそびえる大山に向かってバスに乗ること20分。桜のアーケードをくぐりぬけると、リトリート会場の思親会本部がある。いいところだ。南に向くと相模平野が広がり、背中には大山。まわりは緑に囲まれている。目に見える範囲に人家は一軒もない。この場所だけでも、来てよかった、と思ってしまう。

 思親会は法華経系の新宗教団体。日本では宗教団体はなにか事件を起こさなければ有名にならないだけに、あまり世間では知られていない。『新宗教辞典』によれば会員数約10万人。昭和13年に霊友会から分派独立したという。

 今回のリトリートが開催できたのは、思親会の飯島法道さんの尽力のおかげだ。考えてみれば宗教団体が自分の教えとは関係のない団体のために、ゴールデンウイークの五日間を完全に開放してくれるというのはすごいことである。

からだの中心から聞こえる声。

 午後2時、参加者が講堂に集まった。その数は120人。スタッフが約30人。タイの一行=ゲストは11人。ぜんぶで160人の大所帯が4泊5日をともに過ごすのだ。驚いたのはゲストのなかにサンフランシスコ禅センターを大きく育てたリチャード・ベイカー老師がいたこと。アメリカ仏教界の超大物がなんのインフォメーションもなくあらわれたので、びっくりしてしまった。

 オリエンテーションのあと6時半に夕食。タイはまだぼくらの前に姿を現さない(昼寝している、との噂あり)。

 そして夜8時、タイの講話=ダルマ・トークがはじまる。

 初めて直にティク・ナット・ハンに接することができる瞬間だ。通訳の棚橋一晃さん(『ビーイング・ピース』の翻訳者)とともに講堂のうしろから、ゆっくりゆっくり足を進める姿が目に入った。一瞬にして、その場の空気が変わる。タイの存在の静けさが、みんなに伝わったのだろうか。

 用意された席に、ゆっくりと足を組んで座る。

「こんばんは」

 日本語だったことにびっくりする。ささやくような、静かな、やさしい声だ。それでいてからだの中心から発せられるような深みがあった。

 法話は英語でおこなわれた。ゆっくりと言葉を区切って話すので、ぼくなんかにもとてもわかりやすい英語である。話は親子関係のことだった。日本の現状を聞いていたのだろうか、両親が仕事に忙しすぎて、子どもと一緒にいてやれない、子どもと一緒にいても心がそこにない、という内容だった。

 就寝は夜の10時。男性の参加者は広い講堂に布団を敷いて寝る。

お父さんはここにいるよ。

 起床は朝6時。6時半からは坐禅sitting meditationである。禅寺でおこなわれる坐禅会のようになんの説明もないまま座るのではなく、お弟子さんのひとりがちゃんとガイドしてくれる。

「息を吸う。私は息を吸っていることに気づいている」

「息を吐く。私は息を吐いていることに気づいている」

 呼吸は次第に、深くゆっくり、静かに安らかになる。微笑みが生まれ、解放される……。タイは呼吸の大切さを何回も繰り返す。呼吸はからだとこころをつなぐもの。呼吸を意識すれば、自分が今、この瞬間にいることが分かる。気をつけなければいけないのは、これはいわゆる「呼吸法」ではないこと。呼吸をコントロールするのではなく、あくまでもそれを深く観察するということが大事なのだ。

 20分間座ったら立ち上がって、こんどは呼吸にあわせて、注意深くゆっくりと歩く。そしてもう一度20分の坐禅。この方法だと合計40分の坐禅もまったく苦にならない。

 朝食のあと、午前9時から再びタイのダルマ・トーク。前日の話の続きで、ふだん子どもと過ごす時間がない親が、子どもに向かい合うためにはどのようにしたらいいのか、具体的に教えてくれる。

 中野民夫さんがタイの言うとおりに、娘さんを前にして座り、呼吸を意識したあとに話かける。

「ケイちゃん、お父さんはここにいるよ」

 その瞬間、中野さんの顔がくしゃくしゃになった。涙で言葉が出ない。大手広告代理店に勤める中野さんは、ふだんは忙しくて、子どもと過ごす時間がないのだろう。それは参加者の多くも同じだったようだ。あちこちですすり泣く声が聞こえる。

 ダルマ・トークのあとは屋外でウオーキング・メディテーションを行う。禅でいう経行(きんひん)なのだが、ただ前を見てゆっくり歩くのではなく、まわりの景色もじゅうぶんに楽しんでいく。歩く速度に呼吸をあわせ、大地にキスするようにやさしく注意深く歩く。タイは先頭で、子どもたちと手をつないで歩いている。微笑みながら、ときおり、きれいな花があったら立ち止まって見つめている。

 ふつうぼくらは何かの目的を持って、どこかに行き着くために歩く。でもここではただ、歩く。歩くことそのものが目的なのだ。道元禅師のいう只管とはこのことなのだろうか。

 ただ歩くということを続けていると、自然の美しさにどんどん敏感になってくる。新聞社につとめるSさんは、ウオーキング・メディテーションのあいだに四葉のクローバーを見つけたそうだ。

 夜は長年ティク・ナット・ハン師と行動をともにしてきたヴェトナム人の尼僧シスター・チャン・コンによるスライド上映。ヴェトナム戦争とそれに続くボートピープルの大量発生のなかで彼らがどのような活動をしていたのか。何人もの仲間が投獄され、死んだ。どうしようもない状況に陥ったとき、彼らはよく歩く瞑想をしたそうだ。ソフトな語り口の背後には、このような過酷な体験があったのだとあらためて驚いてしまう。

ご飯は甘かった。

 三日目も早朝の坐禅、ダルマ・トーク、ウオーキング・メディテーションというメニュー。そのあとは昼食だ。ここでは食事も大切な実践のひとつだ。最初の20分間は会話をせず、食事に向かいあうのだ。

「これはご飯だ」

「これは茄子」

 そう気づきながら口に入れ、ゆっくりと何回も噛む。頭であれこれ考えるのではなく、深く呼吸しながら、ごはんだけに集中し、徹底的に料理を楽しむのだ。

 このように食べると、ぼくが食べている茄子は単なる茄子ではないと分かってくる。太陽、大地、雨、お百姓さん、調理人。そうしたすべてがあって初めて、このほうれん草はここにある。そこには地球上のすべてが反映されている。茄子を食べるとき、ぼくらは地球を食べているのだ。

 食事は町田にある自然食レストラン「たべものや」のご主人が作ってくれた。いわゆるマクロビオテック(玄米菜食)で、食材は素性のわかっているものしか使わないというから徹底している。素材の味を引き出すために、砂糖は一切用いず、調味料も最低限度しか使わない。口に入れた瞬間はものたりないように感じたが、よくよく噛んでいると、だんだん味が出てくる。ご飯って甘いんだなあ、というのをあらためて思った。

 しかし下を向いてもそもそ食べていると、どうしても暗くなりがちだ。そおっとティク・ナット・ハン師のほうを見ると、けっこう力強くもぐもぐと噛んでいたので、うれしくなってしまった。

 午後は5月14日の鎌倉一日リトリートのための、母の日のバラを作る。いわばワーキング・メディテーション。ただ作業をするのではなく、自分のひとつひとつの動作に深く気づきつつ行う。この五日間の特徴は、ぼくらは単なる参加者ではなく、リトリートをともに作っていく共同体だということ。食事の後片付けや掃除は、参加者が自主的に行うのだ。皿洗いなどけっこうきつい仕事もあったのだけど、ボランティア・ワークの日程表があっという間に埋まってしまったので、おどろいた。

 3時からはティー・メディテーション。お茶会なのだけど、一杯のお茶を深く見つめながら、徹底的に味わってみる。

 夜はタイに同道してきた棚橋一晃さんらとともに禅センターのリチャード・ベーカー老師が話をされた。老師はタイとはまたちょっと違う、アメリカ人らしいユーモアの固まりみたいなひと。

 せっかくの機会なので、ベーカー老師に個人的に話を聞いてみたいと思った。

現在にもどる。

 四日目のダルマ・トークは<怒り>について。マインドフルネスの四つの特徴の話が印象深く残っている。

「マインドフルネスの働きは、ここにいること。他者を認識すること。静めること。深く見ること、の4つです」

 仕事やつきあい、家事や趣味。ふつうに日常を過ごしていると、この場所に自分が生き生きと存在しているという実感が希薄になってしまう。ティク・ナット・ハン師はそのような問題も、ただマインドフルに呼吸するだけで解決できるという。

 実際に呼吸を意識して座ると、確かに自分のからだを感じることができる。自分の存在が肯定されるような気がして、うれしくなる。

 午後、ベイカー老師にお願いしてインタビューをさせてもらう。通訳は本誌でも連載されていたアメリカ・ヴァレー禅堂の藤田一照さんにお願いした。

 老師の話はとても興味深いもので、興味のある方はぜひ別掲の記事をお読みいただきたい。ここで書きたいのは内容よりも、インタビューのときのぼくの意識の状態のほうだ。というのも、老師のお人柄のせいなのだろうが、老師の存在がダイレクトにぼくのなかに入ってくるような感覚があったのだ。それはいままでに経験したことがない感覚。ろくに理解できないはずの英語がどんどん入ってくる。 

 午後は、五日目の朝に行われる受戒式についての説明がなされた。タイは実践の基本として、仏教の五戒を現代風にした「五つのすばらしい戒律」を受けるようにすすめる。現代風といっても決していい加減なものではなく、むしろ厳しいくらいだ。

 その第一戒はこうだ。

「いのちの破壊によって生じる苦しみに気づき、思いやりを養い、人、動物、植物、鉱物のいのちを守る方法を学ぶことを誓います。自ら殺さず、他にも殺させず、私のこころの中や生活においても、世界のいかなる殺生をも許さないことを決意します」

 果して守れるのだろうか。完全に守るのはもちろん無理かもしれない。でも、これをいつもこころのなかに保って生活することはできるだろう。

 そして、もっとも参加者の気をひいたのは「不飲酒戒」だった。毎日の晩酌、食事の際のビールも許されないのだろうか? これに対する答えは、

「レストランなどで食事と一緒に、ワインを一杯飲む。それくらいはかまわないでしょう。ただし…」

 タイはちょっと間をおいてこう言った。

「Drink mindfully(マインドフルに飲んでください)」

 これには参加者から笑い声がおこった。就寝時間のあと、受戒者のリストを作るのを手伝ったのだが予想以上に希望者が多くて、夜中の二時までかかってしまった。

受戒。

 五日目の朝。受戒式である。全員が見守るなか、名前を呼ばれて中央に集まったのは約五十人。男性のほうが多い。

 タイによるヴェトナム語と英語のお経に続いて、五体投地して戒律を守ることを誓う。あとで聞うと、受戒のあいだずっと、シスター・チャン・コンが泣いていたらしい。

 こうして五日間が終わった。長いようで短い、充実した時間だった。

 ティク・ナット・ハン師の来日は結局この1995年が最後になってしまった。2011年にも来日の計画はあったのだが、東日本大震災と福島の原発事故で実現できなかったのだ。それだけ貴重な体験をさせていただいたことに感謝している。


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