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帰り道のクレープ屋さん
昨日は疲れたからさあ、夕飯前にクレープ食べちゃったよ〜!
怒り狂ったお客さんが大暴れした翌朝、出社するなり先輩が言った。疲れた心身を癒すためにクレープを食べ、ビールを3缶飲んだらしい。
大変だったね!無事に帰れた?
私はさ、仕方ないからクレープ食べて帰った!
生クリーム山盛りの、でかいやつ!
終業後に駅へ向かったら、運転見合わせで電車が止まっていた。うそー。呆然としているところに上司とばったり鉢あわせして、困ったねとぼやき合った。その翌日の会話。
疲れたときはみんな、クレープを食べているのかもしれない(極論)。
かくいう私も、そのひとり。
もうどうにも無理だ!という日は、クレープをほおばって帰る。「今日は食べて帰ろう」とあらかじめ決めている訳じゃない。へとへとの頭でお店を目にするとあら不思議、吸い込まれてしまうのだ。
帰り道にクレープ屋さんがある。
たぶん個人経営の、小さなお店。年季の入った平屋の一角に店舗があって、優しい賑やかさで溢れてる。暖色のイルミネーションライトに、そこかしこに貼られた手書きのメニュー表に、日焼けして色褪せたイラスト。BGMはひと昔前のポップス。CHE.R.RY(YUI)とか、Happiness(嵐)とか。なんだか懐かしいなあ、とノスタルジーを感じていたら、文化祭の雰囲気に似ているのだった。
狭いキッチンでは、店員さんがくるくる動き回っている。忙しそうである。お昼から深夜まで、いつ通りかかっても人が並んでいるのだ。
昼間は、お子さんを連れたお母さんたち。タオルキャップを被った子もいたりして、水泳の帰りかな。小さな手に挟まれたクレープは一際大きく見える。ほっぺたに生クリームをつけて、一生懸命にほおばって。こぼさないよう見守るお母さんも忙しそう。
夕方は、制服を着た女の子たち。クレープをつつきながらお喋りに花を咲かせてる。聞こえてくるのは、志望校の話や、好きな人の話。青春だなあと懐かしくて、ちょっぴり羨ましい。
夜に見かけるのは、そりゃそうだけれど、大人ばかり。かっちりとスーツを着たおじさんや、ヒールを履いたお姉さんが、背中を丸めて食べている。お仕事お疲れ様です。飲み会帰りの若い人もよく見かける。飲んだ後のクレープうまいなー!と騒いだりしている。わかるよ。特にアイスの入ったやつ。飲んだ後って、いっそうおいしく感じるよね。
地元の人に愛されているなあ、とつくづく思う。
そして私も、間違いなくこのお店を愛している。その佇まいも、味も。
いちばん好きなクレープは、シュガーバターに、カスタード・生クリーム・バニラアイスのトッピング。
欲張りすぎる。欲張りすぎだが、これがほんとうにおいしいのだ。シュガーバター以上の強烈な甘さに溺れたくなり、『トッピング、いろいろできます!お気軽にお尋ねください♪』のポップに甘えきった結果が、これ。「あのー、カスタードと生クリームと、バニラアイストッピングって、できますか……?」と店員さんにこわごわ尋ねたら、「できますよ〜!」と快諾してくださったのだった。
柔らかい生クリームと、あつあつのカスタードはもはや飲みもの。生地の熱でバニラアイスがいい具合にとろけていて。噛むたびに、パリパリの生地に染み込んだバターがじゅわっと香って、お砂糖がしゃりしゃりと音を立てる。ダイレクトに甘い。甘いって幸せだ。自然と頬が緩んでしまうような、あったかい幸福感に包まれる。
食べている間は、世界に優しくなれる気がする。
とばっちりで怒られて、何くそ!と思ったこと、要領よく立ち回るマンに仕事を押し付けられて腹が立ったこと、理不尽が過ぎるクレーム。心に積もって感受性を曇らせていたもやもやが、この瞬間だけはすっと溶けていく。クレープを食べて帰ったという先輩や上司も、同じだったかもしれないな。
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さて、今、帰りの電車でこれを書いている。やっぱりクレープを頬張りたくなってきたよ。お店の灯りが見えてきたら、「おかえり」って言われたようで安心するだろうな。今日を無事に終えたなあ、ああやっと帰ってきたと、張り詰めていた気持ちが緩むだろうなあ。
愛するクレープ屋さん、いつまでもそこに在りますように。
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