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苦手なものが増えたので

注射が大嫌いな子どもだった。

注射のいちばん古い記憶は4歳、小児科での予防接種。注射器が目に入ったとたん恐慌状態に陥り、母の手を引いて診察室を出ようとした。お医者さんに向かって「このひと、悪いひとだよ!」と泣き叫び、「そんなこと言わないの!」と母に叱られた。
母はさぞ気まずかっただろう。お医者さんごめんなさい。私たち子どもを病気から守ってくれるお医者さん、感謝されて然るべき存在なのに、酷いことを言ってしまった。悪い子は私だ。


子ども時代のいちばん怖いことといえば、おそらく注射だった。予防接種があると知れば当日までいちばんの悩み事だったし、実物であれイラストであれ、注射器を見るだけで心拍数が上がった。病院に行くとなればしつこいくらい「注射しないよね?」と確認し、母を辟易させた。中学に上がってもそれは変わらず、自己紹介で「苦手なもの」を言いましょう、となった際には堂々と「注射です」と答えた。


しかし年齢が上がるにつれて、注射より怖いことが増えてくる。クラスの人間関係だったり、受験だったり、自分ひとりではどうにもならないことで。
注射は「ちくっ」を一瞬だけ我慢すればよいが、人間関係や受験は、上手くいかなければ心がずーんと痛い。そして長く続く。

それを自覚してからは、注射のハードルが一気に下がった。成長すると皮膚感覚が鈍くなるのか、ちくっとした痛みも「こんなもんか」と流せるようになった。入試前は自らインフルエンザの予防接種を受けた。当日にダウンする方がよっぽど怖かった。



今年は物心ついてから最も注射を打つ年になった。健診の採血、感染症の採血と人生初の点滴、流行り病のワクチン接種、皮膚のおできの注射。このおできは恐らく手術になるので、麻酔でさらに1回増える。総計で10回注射することになる。子どもの私が知ったら卒倒しそう。


注射がいちばんの悩み事だった時代が、いちばん幸せだったのかもしれない。大人になった今、ひとり我慢するだけではどうにもならない問題ばかりだ。……と思うけれど、当時は真剣に悩んでいたんだよなぁ。まさに喉元過ぎれば熱さを忘れる、4歳の私に話したら泣いて反撃されるに違いない。「今、嫌なの!嫌なものは嫌!」と。


子どもの頃は苦手だったものが平気になる。もっと苦手なものが増えたから。
成長したなと思いつつ、ちょっと切なくなる今日この頃だった。


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