ルオー爺さん

 あなたの小説っていつも男が主人公で、女に恋してる。どうして? 女が男に恋したって、同性愛だって、なんだってよかったじゃない。どうして、あんなにたくさんの小説を書いたのに全部一緒なのよ。
 一緒じゃないってあなたは言うでしょうけど、一緒に見えるのよ。みんな、なにかに疲れたような偉そうな顔して酒に溺れて、セックスして、それなのに何も面白くない。俺に合う女はどこだ、みたいな。
 偉そうな。
 みんな一緒よ。みんなおんなじ物語。だからあなたにはきっと自分のことしか見えていないのね、って思っていたわ。本当は、私を主人公にして欲しかったのよ。主人公じゃなくったって、私はあなたの小説の中で声をあげたかった。でもきっと、あなたには私が何を言うかなんて全くわからない、想像も及ばないことなのね。
 
 ぱさぱさに乾いてゆく心を
 ひとのせいにするな
 みずから水やりを怠っておいて
 自分の感受性くらい
 自分で守れ
 ばかものよ

ねえ、茨木ってひと知ってるかなあ。
私は、この人の言葉が本当に大好きなの。あなたはきっと、そんなくだらないものを読むなと怒るから、これは私だけの本棚の一番奥にしまってるのよ。

 わたしが一番きれいだったとき
 わたしはとてもふしあわせ
 わたしはとてもとんちんかん
 わたしはめっぽうさびしかった

 だから決めた できれば長生きすることに
 年取ってからすごく美しい絵を描いた
 フランスのルオー爺さんのように ね

ね。ルオー爺さんのように。長生きしてやるわ。長生きして、長生きして、あなたの墓に添えられた花に、いつまでも水を、いつまでも水をやるわ。
だから、どうか、これからわたしのことを理解しようとしてね。してね。

死んでから有名になったあなたの小説を読み返してみても、いいかしら?
やっと飲めるようになったエスプレッソコーヒーと一緒に。

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