オキナワンロックドリフターvol.114

さて、バイトも未だに見つからず、父親から奪還した母の遺産の一部と日本学生支援機構の奨学金でなんとかかつかつながらも学生生活を送ってはきたものの、やはり限界だった。そんな中、学内の給付型奨学金の告知がきたので当然ながら応募した。
やはり貧ずれば鈍ず。短期のアルバイトに藁を掴む思いで応募して採用されたものの、働いたら、提示額とかなり違う給料を渡され、抗議したら人格を否定される発言をされて散々な目にあった。
さらに祖父の認知症が進行し、祖父との喧嘩が絶えなくなり、家庭内の雰囲気がすさむわと悪いことは芋蔓式になり、もしかしたら卒業できず一年次で中退かと悩んだ。
奨学金採用者の掲示がされたのは、11月の終わりだった。その日の朝は胃がきしむほど痛み、どうか奨学金に受かってと祈るしかなかった。
薄氷を踏むような思いで私は大学までの坂道を上り、掲示板を見た。あった。私の名前だ。って、ええええ!!

なんと、私は授業料ほぼ全額に相当する第1号奨学金に採用されたのだ。
「助かった……」
私は掲示板の前でへたりこんだ。これで学費の心配は解消された。
後に聞いた話だが、奨学金給付会議の際にベルガー教授がかなり私についてのプレゼンをされたそうだ。ベルガー教授には足を向けて寝られない。
特進クラスで一緒のルリちゃんも奨学金給付に採用され、私達はハグして喜び、祝杯として一緒に食事をすることにした。ルリちゃんは大学入学を機に大学近くのアパートにて独り暮らしをはじめたので、その日は時間を気にせず夜遊びを楽しめるようルリちゃんのアパートに泊まることにした。
いつもよりゴージャスな夕飯を一緒に食べ、他愛のない話をして笑った。
お酒を入れてないのに、ふわふわとした足取りでルリちゃんと私は市街地を歩いた。
すると。
「まいきー、前から行きたかった店があると。一緒に行ってくれんね?」
ルリちゃんの提案に私は承諾した。どこだろう?
しばらく歩き、市街地でよく待ち合わせに使われる商業ビル付近でルリちゃんは立ち止まった。
「ここ。まいきーは音楽とか好きやからこういうところ行くやろ?と思って」
ルリちゃんが指さした場所は、『スローハンド』というミュージックバーだった。
このバーは『タウン情報くまもと』(現在は休刊)という雑誌でローカルタレントたちのお勧めの店として紹介されていた。Charがお忍びで来店していると紹介文には書かれていた。
以前から行きたかったものの、敷居の高さと、金欠状態からなかなか行けず、今に至っていた。
独りなら行けなかっただろう。しかし、ルリちゃんが一緒なら大丈夫だ。

地下へ向かう階段を降りると、店の前だ。
アメリカンロックがドアの隙間から微かに聞こえる。
私たちは秘境を探索するインディ・ジョーンズかグーニーズの気分でドアを開けた。
店内は落ち着いた雰囲気の内装で、壁にかけられたギターにマスターの拘りが感じられた。
この日は、バーテンダーの方ふたりが店を切り盛りされ、ひとりは若い女性、もうひとりは田中さんという嵐の松本潤と仮面ライダーWでフィリップ・ライトを演じていた頃の菅田将暉を足して二で割ったような男前だった。
バーで飲むのは初めてなルリちゃんと、沖縄では、ココナッツムーンでちょこちょこ呑みに行くものの、地元のバー呑み初体験の私に田中さんは懇切丁寧にレクチャーしてくださり、ルリちゃんは田中さんお勧めのノンアルコールカクテル、シンデレラ。私は冷えた体を暖めるべくホットカルーアをオーダー。
女性バーテンダーさんがお通しを作ってくださり、私たちの前に差し出された。
鴨のサラダ、フルーツ、レーズンバターが品良く盛り付けられたお通しが相当気に入ったのかルリちゃんは写真を撮りまくっていた。
私は私で出されたホットカルーアのいい塩梅と温度に感心した。
以来、スローハンドは2008年までのココナッツムーンと同じくらい私にとって愛してやまない店のひとつとなった。
後の回で紹介するであろう、マスター夫妻はもちろん、バーテンダーの田中さんとは、2015年に田中さんが独立の為に退職されるまで、スローハンドに通う度に大変お世話になった。
話は脱線するが、幼い頃に『ワーズワースの庭で』というカルチャー番組があった。東京は銀座のバーについての特集があり、テレビに映るバーテンダーと客の程好い距離感と色とりどりのカクテルに落ち着いた、そして煌めくような大人の世界を見て私は大人になったらバーでしみじみ呑むんだと心に誓った。
その誓い虚しく私自身は駄目な大人の見本のような人間になってしまったが、田中さんは『ワーズワースの庭で』で取り上げられたバーのバーテンダーにひけをとらない接客ぶりだった。ルリちゃんは田中さんが店内の音楽を変えている隙を見計らい、私にささやいた。
「あのバーテンダーさんかっこよかね」と。
私は頷きながら、もう一杯オーダーした。
モスコミュールである。
これまた『ワーズワースの庭で』の影響からで恐縮だが、私がバーやライブハウスでモスコミュールをオーダーするのは、当該バー特集の冒頭で銀座の文壇バー『ルパン』が紹介された際に、店のお勧めのカクテルだと、ベテランバーテンダーさんが銅のマグカップでサーブされたモスコミュールへの憧れからである。
これまで、ココナッツムーン、寓話、7th Heaven Koza、Mods、Asian Rose等沖縄でモスコミュールは呑んできたが、地元のミュージックバーのモスコミュールや如何に?

おいしかった。ウォッカのキリリとした味わいとジンジャーエールの爽快感、味を引き締めるレモンの酸味。
マヤちゃんがいた頃のココナッツムーンと寓話のモスコミュールと並んで好きな味加減のモスコミュールだった。
モスコミュールを呑み、しみじみしていると、店のドアが開いた。
マスターの岩本さんだ。ゴールデンカップスのエディ潘さんを多少柔和にしたような面差しのマスターに挨拶し、少しだけ話をした。
なんと、今から弾き語りライブをされるということでせっかくの夜遊び。
マスターの弾き語りを楽しむことにした。
MIDI音源での伴奏を使ってのエレキギターの弾き語り。
マスターの十八番は店の屋号どおり、エリック・クラプトンだった。
『いとしのレイラ』、"Cross Road"、"White room"等、マスターのハスキーな歌声と渋みあるギターで紡がれるクラプトンの代表曲に聴き惚れた。

時計を見ると、既に0時をまわっていた。
私たちはマスターにお礼を言い、女性バーテンダーさんに代金を支払い、『スローハンド』を後にした。
ほろ酔い気分でルリちゃんと話しながら帰り道を歩き、ルリちゃんのアパートに着くとソファをベッド代わりにして隣の部屋のベッドで眠るルリちゃんにお休みをあくび混じりに呟いた。
いい夜だった。年の離れた友人との食事と、彼女の提案によるお洒落なバー体験、気負いを解きほぐしてくれた店の雰囲気、マスターの弾き語り、質のいいモスコミュールでの心地よい酔い。
満たされた一日だった。地元で呑むのもいいなと思いながら私は眠りについた。

(オキナワンロックドリフターvol.115へ続く……)

(文責・コサイミキ)

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