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自作小説

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noteで書いている小説。主に、コンテストや企画への参加用です。
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勇気と無謀の違いは神様も教えてくれなかった (11)

 ヴォルダは急にしゃがみこんだ。彼の作り物めいた笑顔が近づいてきた。 「科学者としては、理屈で割り切れないものを信じたくはないのだが……村の教会であなたの起こした奇跡には感心しました。すばらしい力だ。その力を、私と工房のために役立ててくださる気はありませんか? 例えば、〈生命の欠片〉を長い間服用して弱った職人を、神の御業で元の体に戻してやるとか……報酬は思いのままですぞ」 「! ……あなたのような罪人に加担するつもりはありません!」 「断れる立場だと思っておられるのですか?

勇気と無謀の違いは神様も教えてくれなかった (10)

 数刻後。ヴォルダと別れた僕らは工房の中庭に立っていた。  外からは巨大な直方体に見えた工房の建物だが、実際は中庭を囲むコの字型をしていることがわかった。中庭は咲き乱れる色とりどりの花に埋めつくされ、殺風景ともいえる工房の外見からは想像もできない華やかさだ。  工房の建物の、コの字の開口部を塞ぐようにして、住み込み職人の宿舎らしい建物とひどく古そうな石造りの建物が一列に並んで建っていた。  花畑の織りなす明るい色彩模様の中で、ロランが僕を振り返った。 「ここからは別行動

勇気と無謀の違いは神様も教えてくれなかった (9)

 それから数刻もしないうちに、僕らは町外れを歩いていた。タクマイン家の前を通り過ぎると、家並みが途切れた。目の前にだだっ広い平原が広がる。  少し離れたところに、巨大な建物がそびえ立っていた。  それは、タクマインがかつて勤めていたガラス工房だ。  ロランはガラス工房の経営者に話を聞きに行くつもりなのだ。 「おまえ、オーランド・ヴォルダのことをどれぐらい知ってる?」  いきなりロランにそう尋ねられ、僕はとまどった。 「ヴォルダ? ……誰だい、それ?」 「このぼんくら

勇気と無謀の違いは神様も教えてくれなかった (8)

 僕は夜明け前に宿屋を出た。日の出と同時に教会で朝のお勤めをし、掃除をした。  箒を動かしながらも、頭の中はミレイユとタクマインのことでいっぱいだった。  どうすればあの人たちに助かってもらえるだろう。あの人たちのために、僕には何ができるのだろうか。  タクマインの不調の原因は明らかになった。それをやり過ごすための薬を、医師が処方してくれた。あとはたぶん、時が解決してくれる。  本当ならタクマインに〈癒し〉を受けてもらいたい。  ミレイユとタクマインの心が少しでも神に向

勇気と無謀の違いは神様も教えてくれなかった (7)

「毎晩寝る前に、夫にこれを飲ませなさい」  ゼフォン博士はミレイユに器を持ってこさせ、瓶からつまみ出した白い小さな丸薬を一つ一つ数えながら入れた。博士の眼鏡がランプの灯を受けてぎらりと光った。 「最高に強力な眠り薬だ。これを飲んでおけば少々の痛みでは目は覚めん。……『禁断症状』から逃れることはできんが、症状が収まるまでの期間を、なんとかごまかしながら乗り切ることはできるだろう。わしにできるのはここまでだ」  ミレイユは神妙な表情でうなずいた。  彼女に見送られて、僕ら

勇気と無謀の違いは神様も教えてくれなかった (6)

 僕は寝室で聖句を唱えて守護天使バクティを具現化し、癒しを行った。男の血まみれの後頭部とミレイユの背中の傷はすぐに治った。  眠っている男を起こさないようにと、僕らは寝室の隣の居間へ移動した。ミレイユがランプを点すと、質の良い調度品でととのえられた室内の様子が浮かび上がった。  僕には、彼女に言わなければならないことがあった。部屋が完全に明るくなるのも待ちきれず、声を張り上げていた。 「申し訳ありません! 玄関のドアを壊してしまいました! 明日必ず修理に来ますので、どうか

勇気と無謀の違いは神様も教えてくれなかった (5)

 ミレイユを助けたい、という決意を固めた僕だったが、彼女の素性も、住んでいる所さえもわからない。  縁があるのなら、神がきっと何か機会を与えてくださるはずだ。  そう信じて、僕はひとまず通常の仕事に励んだ。  免罪符はあいかわらず一枚も売れなかった。しかし、スペクロで布教を始めてから十日目に、変化が見え始めた。 「先日は本当にありがとうございました。助かりました」 「これ、お礼です。……よろしければ……」  野菜や果物、焼き菓子などを手にした町人が、ぽつりぽつりと訪ねて

勇気と無謀の違いは神様も教えてくれなかった (4)

 カロリック管区に入って、最初にたどり着いたのはスペクロという町だ。この町は、東西に走る塩街道と南北に走る真鯖街道が交差する位置にあるので、人や物の往来が多く、栄えているようだ。  町の中央部にある教会――正確には、教会の廃墟――には、十人ほどの人たちが集まっていた。  僕はいつものように法術を発動させ、守護天使バクティを具現化した。集まった町人の病や怪我を癒した。  「おおっ」という人々の感嘆の声。感謝いっぱいの表情。しかし時間が経つにつれ、数人がそわそわし始める。「用事

勇気と無謀の違いは神様も教えてくれなかった (3)

 翌日、僕は晴れやかな心持ちで、ふだんの仕事に励んでいた。  仕事というのは、町の人々にかたっぱしから声をかけ、教会に来るよう誘うことだ。 「病気で苦しんでいる方はいらっしゃいませんか? お昼過ぎに、教会へ来てください。神の御業で、どんな難しい病でもたちどころに治りますよ」  午前中にそうやって人々を誘い、午後は教会で、集まった人々に〈癒し〉を行う。(そして、ヨハヌカン先輩が免罪符を売る)。それが僕らの毎日の仕事だった。  僕は家々を一軒ずつ訪ね、また、すれ違う町人に

勇気と無謀の違いは神様も教えてくれなかった (2)

 ガンツ・ゴーダムは、十数年前に、どこからともなくこの地に流れてきた商人だそうだ。〈蛇印〉の薬を販売していて、中でも主力製品は〈土の恵み〉という液剤だ。この地域では、〈土の恵み〉を畑にまかなければ、作物が実らない。農家はみんな、とてつもなく高価なその薬を買うため、ゴーダムに借金を重ねている。  あっという間に大金持ちになったゴーダムは、地方総督や貴族、大商人などの有力者とのつながりを深め、押しも押されぬ権力者となった。  住んでいるのも、宮殿のように立派な屋敷だ。大勢の屈強

勇気と無謀の違いは神様も教えてくれなかった (1)

第1章 新たなる旅立ち  はがれ落ちて垂れ下がる天井板。朽ち果てた祭壇。  廃墟といってもいい教会の真ん中で、僕は聖句を唱え終えて水の印を結んだ。 「……第六の円弧開放。具現化。出でよ、守護天使 バクティ!」  開放された内なる円弧からあふれ出す法力。四方の壁を境界として、僕の法術が発動する。  そのとたん、僕を取り囲んだ町人たちの口から、おおっ、という感嘆の声がいっせいに湧き起こった。  埃だらけの礼拝堂が、うっそうと木々の生い茂る森の中の光景に変わる。ひんやりと

自作紹介兼もくじ ~小説『勇気と無謀の違いは神様も教えてくれなかった』

あらすじ “魂にこびりついた穢れを払い、地獄落ちを逃れるには、高額な「免罪符」を買うしかない――” ドヴァラス正教の「使徒」の使命は、免罪符を売って人々の魂を救済することだった。しかしいつの間にか、それは出世の道具となり、使徒たちは免罪符の売上額ばかりを競うようになっていた。 そんな現状に納得できない使徒・シグルドは、不祥事がもとで、教団一のトラブルメーカーであるロランとペアを組まされる羽目になる。誠実さが暴走する猪突猛進型のシグルドと、ひねくれ者のロランとは、初めからま

バトルフィールド鬼ヶ島

「今ここにいる中で、いちばん強いのは、どいつだ?」 というのが、俺たち傭兵の溜まり場にずかずか入り込んできたその男の最初のセリフだった。 「仕事を頼みてぇんだ。強い奴じゃなきゃ、ダメなんだ」 「それじゃ、おまえが探してるのは俺だな。話、聞かせろよ」  俺がそう言ってやると、周囲の他の傭兵どもから、面倒くさそうな抗議や反感の声があがったが――表立って挑んでくる奴はいない。俺の強さが知れ渡っているせいかどうかはわからないが、確実に言えることは季節は夏で、時刻は真昼近くで、こ

アナログバイリンガル

 始発で朝帰りした姉と私は、駅の近くで男に刃物を突きつけられ、車に連れ込まれた。それ以来、六時間以上走り続けている。  私たちをさらったのは外国人の二人組だ。 「Let us go! All our family and friends are looking for us. You should release us now!」  バイリンガルの姉が英語でまくし立てる。前の座席の男たちは笑うだけだ。  私は窓の外を眺めていた。  車がどんどん寂れた地域へ向かっているの