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【ぐお小説】超絶イケメンに転生しました。チート容姿で復讐するつもりだったけど、それどころじゃなくなった話。②

童貞を奪われてからというもの、アリサは何度も俺を誘った。
何度もラブホテルに足を運んだ。
俺は断れなかった。
セックスの魔力は絶大なものだった。
いや、厳密には違う。
セックスそのものは想像していた程の快感ではなかった。抗い難い魅力を感じさせたのはアリサのセックスに対する姿勢だった。彼女はサービス精神旺盛であり、俺を楽しませる為に様々なテクニックを駆使した。さらに俺自身が成長できる様にコツをたくさん教えてくれた。俺が上手くできた時は誉めてくれた。俺ははっきりと自覚できる程にメキメキと自尊心が強くなっていった。

俺がアリサに流され続けたのはこの感覚のせいだった。一人の少女が全身で俺を受け入れ、向き合ってくれているという感覚。これが俺から拒絶の意思を奪っていた。

「ケンジもね、わたしが男にしてあげたんだ。中学生の時にね」

何度目かの逢瀬でアリサは事も無げに言った。
ケンジ「も」。
つまりアリサは俺が童貞だという事をとっくに見抜いていたのだ。

「君くらいのイケメンが高校生になるまで童貞のままだなんて最初はちょっと信じられなかったけどね。でも女子達に囲まれてる時の君の顔を見てたら、わかったよ。"転校デビュー"なんだろうなって」

厳密には"転生デビュー"だが、ほぼ完璧に言い当てられた。

「童貞だってわかってるなら、なんで俺なんかを誘ったの」
「いやいや当然だよ。君みたいにイケメンなのにウブな男の子はウルトラレアだもん。ウブな男の子にとって初体験の相手は一生忘れられないでしょ。わたしみたいな美少女だったらなおさら。君にとってわたしは既に特別な存在。忘れられない女。違う?」

ラブホテルの派手なベッドに全裸で寝そべったまま、アリサは自信満々のドヤ顔でそう言った。

(否定できない…)

俺を見てニヤニヤ笑うアリサは悔しいけど滅茶苦茶かわいかった。

くどい様だがアリサは俺をいじめて自殺に追い込んだ二人組の片方である。
憎しみは今もある。
今もあるが、絶対に復讐してやるという当初の熱量が維持できているかと言われると自信は無い。

「それにしたって君はケンジと付き合ってるのに…」
「君をゲットして育てれば、すぐにケンジより強くなるってわかってたからね」

人をポケモンみたいに言う。

「ケンジにバレたらどうするの」
「その時はシュンスケがわたしを守ってね~♥️」

無責任で愚かな女だ。
自分が酷い目に遭うかもしれないという想像力を全く持っていない。
だが、魅力的だった。男の扱いだけはわかっている。
「今、俺はこの女に手玉に取られている」という自覚がはっきりとあるのに、悪い気がしない。俺はアリサに惹かれているのだろうか。

いや、認めるべきだろう。俺の復讐心は彼女の魅力によって骨抜きになろうとしている。たった数回セックスしただけで。一度は俺を自殺に追い込んだ女への復讐心が萎えようとしている。
もちろんアリサは俺の正体には気付いていないし、俺がイケメンになった事で彼女との関係性は激変した。アリサが俺に見せる表情はあのサディスティックなイジメッ子の顔ではない。男に媚びていながらも女としての自信を全く失う事のない魅力に満ちた顔だ。こんな女は少なくとも学校にはアリサ一人しかいないだろう。そんな女を何度も抱いているという優越感はあるし、自信もついた。それに関して言えば感謝してもいいくらいなのかもしれない。
しかしだからといって、心というものはこんなにも簡単に流されてしまうものだろうか。

(ケンジからアリサを寝取る事は可能っぽいし、それでヨシとするのもアリか…?)

そんな事も考える。
しかし、ある女の子の顔が俺の心を引き留めた。

尾崎マユさん。

大人しくて目立たない感じのクラスメートだ。
尾崎さんはアリサの様な美少女ではない。どっちかというと丸顔で体型もぽっちゃりしている。
読書家である彼女は文学小説や推理小説をよく読んでいたが、若者向けのライトノベルもたまに読んでおり、オタクな俺と共通の話題があった。
とは言っても決して親密だったわけではない。ほんの数回話した事があるだけだ。
それでも、オタクでイジメられっ子な俺を毛嫌いする事無く自然に接してくれた唯一の女子だった。もちろん上辺だけ取り繕って内心では気持ち悪がられていた可能性はある。それでもいい。
尾崎さんには相手を傷付けない様に振る舞える誠実さがある。それが重要なのだ。

(どうせなら尾崎さんと…)

今の俺なら堂々と尾崎さんにアプローチできる。
底辺非モテの俺を見下さないでいてくれた素朴な女の子。そうだ。真剣なお付き合いは尾崎さんの様な女性とするべきだ。アリサの様な平気で人を見下す女はセックスの練習台として割り切るべきなのだ。
性欲に流されるな。
俺は明日にでも尾崎さんに声をかけてみようと決めた。
尾崎さんと正式にお付き合いできれば、アリサに復讐しようというモチベーションを回復できるかもしれない。

「あっ! 別の女の事を考えてるな~?」

アリサが意地悪な笑顔で言う。本当にこの女は鋭い。図星を突かれた俺が答えに窮していると、アリサは笑顔を崩さぬまま驚くべき事を言った。

「別にいいよ? 気になる女の子が他にいるなら食ってきなよ」
「…え?」
「男はね、色んな女を食えば食うほど強くなるの。そんでわたしの所に戻ってきてくれれば、わたしにとってもプラスだから」
「も、戻って来ないかもしれないとは思わないの?」
「その時はわたしがその女に負けたって事だから仕方ないね。でも、わたし負ける気無いから」

なんて女だ。倫理観がぶっ壊れている。非モテだった頃の俺なら軽蔑していただろう。しかし今の俺にとっては都合が良い。
アリサに学校で「捨てられた」とか騒がれたら尾崎さんに声をかけるのが難しくなっていたかもしれない。

(アリサはあくまで復讐の対象。俺は尾崎さんとプラトニックな恋愛をするんだ)

俺は胸中でそう誓いながらラブホテルを出た。

◇ ◆ ◇

学校の昼休み、俺は尾崎さんを探して図書室に来た。尾崎さんはいつも通り隅の席で小説を読んでいたが、俺が近づくと気が付いて視線を上げた。

「え…、沢村くん?」

図書室に入ってきたのが俺だと知って尾崎さんは驚いた様だ。多分他の男子だったらチラっと視線を向ける程度ですぐに本の中の世界に戻っただろう。しかし尾崎さんは明らかに俺に声をかけられた事に喜んでいた。表情でわかる。

(…まあ、仕方ないよな)

その顔は非モテだった頃の俺には絶対に向けられない顔だ。単なる好意だけでなく憧れや陶酔が入り混じったトロける瞳。イケメンという限られた人種だけに向けられる女の顔。
わかっていた。須永さんの事もあったので覚悟は出来ていた。尾崎さんだって女の子なんだからイケメンと二人きりになれば、こうなるのだ。わかっていた。
だけどほんの少しだけ期待してしまっていたのだ。尾崎さんなら顔で男を選んだりしないのではないかと。愚かな考えだ。尾崎さんは底辺だった頃の俺に毛嫌いせずに接してくれた。それだけだ。ただそれだけの経験を根拠に、俺は尾崎さんに過剰に期待してしまっていたのだ。バカなのは俺だ。尾崎さんは悪くない。ほとんどの女がイケメンの前ではこうなるのだ。仕方のない事だ。
俺は気を取り直して、尾崎さんに話しかける。

「えっと、尾崎さん、だよね」
「う、うん…尾崎マユ…だけど…」

初対面のフリをして接する俺に、尾崎さんは緊張と喜びが入り混じった面持ちで名乗ってくれた。

「俺、実はラノベが好きでさ」
「え、そ、そうなの?」
「うん。尾崎さんなら詳しいって聞いて来たんだ。最近オススメのやつとかある?」
「あ、えっと…それなら…こ、これとか」

尾崎さんは本棚から一冊選んで渡してくれた。学生が少しでも本に興味を持つようにと最近新設されたラノベの棚が役に立った。

「し、主人公が、頑張り屋で…結構好きなの…」
「へえ、ありがとう。俺も昼休みの間、ここで一緒に呼んでもいいかな?」
「う、うん! もちろん…」

尾崎さんが渡してくれたラノベは既に読んだ事があるものだったが、俺は初めてのフリをして読み始めた。
その後の時間は穏やかだった。ほんの15分程度だったが、昼休みが終わるまで二人で静かに読書をして過ごした。その間、尾崎さんが何度もチラチラと俺の方を見ていたが、それは気付かないフリをした。
もっと強引に距離を詰める事も出来たかもしれないが、それはしなかった。俺はプラトニックな恋愛をしたいのだ。出会ったその日にセックスする様な野蛮な女に夢中になっていてはいけない。もう散々セックスした後に言うのもおかしいかもしれないが、それは棚上げしておこう。
転生前、非モテキモオタだった俺が憧れていた普通の恋愛。それを今実現するのだ。大丈夫。今の俺はイケメンだ。落ち着いて攻めればイケる。このごく普通の物静かな女の子と大恋愛をするのだ。大丈夫。自信を持て。

◇ ◆ ◇

それからしばらくの間、俺は昼休みに図書室に通う日々を送った。そして尾崎さんとどんどん親密になっていった。尾崎さんは気に入った本を次々に紹介してくれる。俺も読書量を増やして気に入った本を尾崎さんに勧めた。
そしてだんだん本とは関係無い話もする様になってきた。女の子とただただ雑談する事がこんなに楽しいなんて思わなかった。昔の俺は世間話なんてなんの為にするのかわからなかった。天気がどうとか季節がどうとか、誰でもわかる事をあえて話す意味がわからなかった。だけど尾崎さんと話す時はそんなどうでもいい話題でも楽しいと感じた。

(ああ、これがコミュニケーションか)

そう思った。
俺はイケメンになった事ではじめてコミュニケーションの本質がわかったのかもしれない。非モテだった頃の俺にとって会話とは『情報交換』であり『相手との上下関係の確認』だった。だが今はもう違う。会話なんてものは無駄でいいのだ。無駄な会話で、穏やかな気持ちで、ただただ時間を潰す事がすばらしいのだ。それがわかった気がした。無駄な時間が人と人を繋げるのだ。
最初は緊張していた尾崎さんも最近はたくさん喋る。友達とこんな事があったとか、両親へのちょっとした愚痴とか、他愛ない事をいっぱい話してくれる。物静かだと思っていた尾崎さんも本当は他の女の子と同じでお喋り好きだったんだなと思った。そんな所も可愛らしいと感じる。

(よし、いくぞ…)

今日も俺は図書室を訪れた。
俺が図書室で尾崎さんに会う様になってから一か月が過ぎた。
もう十分に好感度は稼いだはずだ。俺は尾崎さんに告白しようと決意していた。一か月間ほとんど毎日会って、少しずつ打ち解けて、親しくなった。だから大丈夫だ。
俺は図書館に入る。

「あ、沢村君、こんにちは」
「こんにちは、尾崎さん」
「今日ね、また面白い本を見つけたんだよ。だから沢村くんに教えてあげたくて…」
「うん、ありがとう。だけど、今日はちょっと尾崎さんに聞いて欲しい事があって…」
「聞いて欲しい事? うん、いいよ。どうしたの?」

尾崎さんは初めて会った時とは違う、明るい声色で答えてくれる。俺に好感を持ってくれている証…だと思う。

「俺さ、尾崎さんの事、好きなんだ」
「…!」

思い切って言った。非モテ時代の俺なら絶対言えなかっただろう。だけど今の俺はイケメンだ。顔だけじゃない。背も高い。勉強もスポーツもできる。学校中の女にちやほやされる。学校で一番の女ともセックスした。自信がついた。だから予想していたよりもずっと簡単に言えた。それでも、俺にとって一大事だった事にかわりはない。

俺の告白を聞いた尾崎さんは見開いた目を潤ませて俺を見ている。

「う、うそだよ…」
「本当だよ。尾崎さん、俺と付き合って欲しい」
「……」

尾崎さんは信じられないという顔をして、それから俯いてしまった。
たっぷり10秒は沈黙しただろうか。それから、慎重に言葉を選ぶようにゆっくりと言葉を紡いだ。

「すごく…嬉しいけど…わたしじゃ沢村君にはつり合わないと思う…」
「そんな…」
「沢村くん、すごく人気があるし…わたしなんかと付き合ったら、変だよ」
「そんな事ないよ。尾崎さんは素敵な人だよ」

そうだ。尾崎さんはケンジとアリサにイジメられ、他のみんなからも見捨てられていた俺に、唯一ちゃんと会話してくれた人なんだ。ただほんの少しだけラノベの話題に付き合ってくれただけで、表面上繕ってただけかもしれないけど、それでも俺にとっては特別なんだ。その話を尾崎さんに伝える事はできないけど。

「それに沢村くんの事…あんまり知らないし…」
(ええ? 結構打ち解けたと思ってたのに…)

大分仲良くなったつもりだったけど俺の思い上がりだったのだろうか。明るい笑顔を見せてくれていたのはサービスだったのか。それとも俺が気付かない内に何か失望させる様な事をしてしまったのか。

「そ、そっか…」
「…」

俺は素直に引き下がる事にした。ショックだが、強引に迫って尾崎さんを困らせたくない。どうして断られたのかを聞きたい気持ちもあったが、それも我慢した。聞くのは男らしくない気がした。

「ご、ごめん、俺、今日は戻るね。話を聞いてくれてありがとう」
「…」

俺は気まずくなって、俯いたままの尾崎さんを残して図書室を去った。胸の奥がキリキリする。足早に歩く。目に涙が滲んでいる。幸い、図書室は一般の教室からは少し離れていて俺以外に生徒はいなかった。俺はすばやく涙を拭く。
失恋した。
なんだか不思議な気分だ。尾崎さんは俺にとって特別な女の子だった。その特別な女の子に告白して、断られて、ショックだ。ショックなのに、どこか安心もしている様な気もする。尾崎さんと付き合いたかったはずなのに。
俺は特別な女の子と特別な関係になる事を、心のどこかで怖がっていたのだろうか。

(こんな事だからダメなんだろうな)

失恋なんて、みんな経験している事だ。俺が非モテだったから遅いだけだ。こんな事でオロオロするべきじゃない。

それに、少しだけ嬉しい事もある。尾崎さんはやはりアリサや須永さんの様な尻軽女ではなかった。ちょっと顔がイイ程度の男とちょっと仲良くなったくらいでは揺らがない、カタい女なのだ。それがわかった。

(尾崎さんには俺みたいなチートでイケメンになった卑怯者はふさわしくない。もっとちゃんとした誠実な相手が現れるだろう)

俺はそう考えてなんとか自分を納得させ、自分の教室に戻った。

◇ ◆ ◇

「あ、シュンスケ~♥️」

放課後。学校から帰ろうと校門を出たところでアリサが馴れ馴れしく声をかけてきた。

「どう? あれからしばらく経ったけど、1人くらいは食えた?」

無神経な質問を平気でしてくる。俺は尾崎さんにアプローチしていた間はもちろんアリサとの関係も絶っていた。日常の挨拶くらいはしていたが、踏み込んだ話をするのは1ヶ月ぶりだ。

「…うるさいな」
「あ、その様子だとやっぱりダメだったんだ。シュンスケ優しいからね~」

アリサのそのセリフがひっかかった。

「優しいのがなんでダメなんだよ」
「ダメに決まってるじゃん。シュンスケさ~、どうせ相手に軽く拒絶されて素直に引き下がっちゃったんでしょ。そこはガーっと行かなきゃ」

何を言ってるんだこいつは。

「相手が嫌がってるのにガーっと行っていいわけないだろ」
「普通はそうだね。だけどシュンスケくらいイケメンなら別」

アリサは人差し指でちょいちょいと俺の頬をつつきながら言う。

「イケメンのシュンスケくんが1ヶ月かけてじっくりアプローチしたんでしょ? だったら相手はもう堕ちてるよ。あとはガーっと行くだけ」
「だからなんでそこでガーっと行くんだよ。もう堕ちてるなら普通に告白を受け入れてくれるはずだろ」
「バカバカ~。そんなの駆け引きに決まってるじゃ~ん」

アリサは「もー、しょうがないなあ」という表情をする。完全に恋愛の師匠気取りだが、俺も彼女のアドバイスには興味がある。

「女はね、強引な男が好きなの。ガードをぶち破って来る男に心を奪われるのよ」
「そ、そんなの一部の女だろ…」
「一部じゃありませーん」

アリサは俺を小馬鹿にしている。

「いいや、一部だ」
「うーん…わかった。じゃあちゃんとわかる様に説明してあげるよ」

アリサが両手を腰にあてて少しテンポを落として話し始める。

「あのね、ロマンチックは無責任の仲間なの」
「……んん?」

俺はアリサの言葉の意味を全く理解出来ず、変な声が出てしまった。だが、アリサは俺にお構い無しに話し続ける。

「告白に素直に応えたら相手と"対等"になっちゃうでしょ。そうじゃなくて『わたしは強引に迫られて仕方なく応じただけ』っていう言い訳が欲しいの。女はそこにロマンを感じるの。だからロマンチックなのが好きな女ほど簡単には告白を受けない。シュンスケみたいなイケメンが相手なら尚更だよ。ロマンチックは無責任の仲間なのよ」
「……」

アリサの言ってる意味がわからない。わかりたくない。

「そんなアホな」
「えーっと、ほら、女は察してくれる男が好きってよく言うじゃん?」
「うん、まあ」
「それと同じだよ。なんでも察してくれる。自分の代わりに決めてくれる。自分の責任を軽くしてくれる。そこがロマンチックなの」
「そんな…。相手の考えを聞いて擦り合わせるのが普通なんじゃないの?」
「それはモテない男達の理屈。女はモテない男相手にはそもそもロマンチックな気分になれないの。だから他の部分で交渉するしかないだけ。シュンスケはイケメンだから、ロマンチック路線で攻めなきゃダメだよ」
「うーん、つまり… 女の子が責任を感じない様に、俺が責任感を持てばいいって事?」

アリサは首を横にふる。

「少し違う。とにかくその場だけロマンチックならなんでもいいの。真剣になっちゃダメ。真剣になると緊張するでしょ。緊張するとロマンチックじゃなくなる。だからシュンスケも無責任になるの。うわっツラだけ。真剣"っぽい"のが一番ロマンチックなの。ほら、ケンジだって無責任だけどモテてるでしょ」

もう一度「そんなアホな」と言いたかったが、俺には心当たりがあった。須永さんだ。
彼女はケンジに強引に迫られて最終的に応じた事を悪い事だとは思っていなかった様だ。あの時の須永さんとケンジの態度は責任感とはほど遠いものだった。

「これはデートの行き先を決めたり、何を食べるか決めたりする時も一緒。男が女のかわりに決断してあげれば後はなんでもいいの。別にその時の決断に責任なんて感じなくていい。さっさと忘れていい」
「えぇ…」
「責任とか美学とか義理とか、ほとんどの女には理解出来ないよ。理解出来ないものを一生懸命見せられても、この人何やってるんだろうって思うだけ」

頭がクラクラしてきた。

「じゃ、じゃあ、もしも上手く察せなくて、女の子を怒らせちゃった時は?」
「う~ん、適当に愛の言葉でも囁いてごまかしたら? それすら面倒臭いなら開き直って帰るって手もあるよ」
「そんなの嫌われちゃうんじゃ…」
「大丈夫だよ。シュンスケすごいイケメンだもん。女は手放したくないって思うから。むしろ女のご機嫌をうかがってばかりの態度の方がNGだね。そういうのって頼り無さそう見えるから」

理解が追い付かない。責任感を持ってはいけないが、頼り無さそうに見えてもいけないらしい。わけがわからない。
とにかくその場その場だけ決断力があるっぽく振る舞って、後の事には責任を持たなくていいという事か。
それでは…まるで…DQNじゃないか。

「あのさ、シュンスケが落とすつもりだった子が誰なのか、聞いてもいい?」

アリサが突然話題を変えてきた。

「なんでそれを言わなきゃいけないんだよ」
「言わなくてもいいけど、良かったらアドバイスしてあげようかと思って」

俺の尾崎さんへの想いをアリサに教えるのは躊躇われた。だけどアリサのアドバイスは今後の俺にとって有益かもしれない。もしも尾崎さんにもう一度アタックするチャンスがあるなら…。俺はしばらく悩んでから答えた。

「尾崎マユさんだよ」
「……あー……マユちんかあ……」

アリサの反応は俺が期待していたものとは少し違った。いつも堂々としているアリサには珍しく、一瞬視線が泳いだ。

「…あー、ってなんだよ」
「ん~… シュンスケさあ、マユちんが見た目通りの純情でおカタい文学少女だと思ってたカンジ?」
「思ってたっていうか、実際そうだろ。いつも図書室にいるし」
「まあ、それはそうなんだけど…」

アリサは少しだけ迷った素振りを見せたが、すぐにまた口を開いた。

「マユちんはね、ケンジのセフレの一人だよ」
「…………………………………………………は?」

思考が止まった。脳がアリサの言葉を処理する事を拒絶している。

「な……は……そんな馬鹿な…。そんなわけない」
「わたし、ケンジのセフレ全員把握してるし」
「嘘だ。お前は俺に尾崎さんを諦めさせたいだけだろ。だからデタラメを言ってるんだ」
「いや、別に信じなくてもいいけどね」

アリサはさすがに俺の事を憐れんでいるらしい。視線を俺から背けて髪を指でくりくりといじりながら話し続けた。

「さっきも言ったけど、ロマンチックな恋に憧れてる女の子ほど強引な男に弱いんだよ。図書室で毎日一人で本なんか読んでたら、そりゃあケンジみたいな男に狙われるよ。ケンジも言ってたよ。一見おカタそうな女の方が楽だって」
「かっ! かっ…、仮にそうだとして、じゃあなんで尾崎さんは俺との昼休みの雑談に付き合ってくれたんだ? 俺にアプローチされてるのは、なんとなくわかってたはずだ」
「そりゃ…シュンスケとケンジを天秤にかけて、シュンスケの方が魅力的だと感じたら乗り換えるつもりだったんじゃない? シュンスケ負けちゃったみたいだけど」
「はッ…! そ、そんな事があるもんか…」

めまいがする。尾崎さんがケンジのセフレ? しかも俺のアプローチを拒絶してケンジを選んだ…?

「じゃ、じゃあ…俺は…尾崎さんに"キープ"されてたって事…?」
「そういう事だね」
「そ、そんな… だって、尾崎さんはケンジにとってあくまでもセフレなんだろ? 俺は尾崎さんただ一人と付き合うつもりだったのに!」
「二番の男の正妻になるよりも、一番の男のセフレになる事を選ぶ女って結構いるよ」
「な… なんで…」
「そっちの方がロマンチックだから」

俺は膝がガクガクと震えはじめていた。
『ロマンチック』という言葉が邪悪な魔女の呪文の様に聞こえる。

「言ったでしょ。ロマンチックは無責任の仲間なの。不倫とかが無くならないのも同じ理由だよ。結婚という責任よりもロマンチックという無責任を選んでるんだよ」
「う、嘘だ…。他の女がそうだとしても、尾崎さんは違う!」

思わず声を荒げた俺に、アリサが眉をひそめた。

「……やけにマユちんに入れ込んでるねえ。何かあったの?」
「っ……」

俺は答えに窮して口ごもった。数秒沈黙したが、アリサはさほど興味があるわけではなかったらしく話題を戻した。

「ま、いいや。もしもシュンスケが今でもマユちんを落としたいと思ってるなら、もう一回告白すればいいよ。ただし今回は強引にね。やっぱり君の事を諦められない! とかなんとか言ってガーっと攻めれば勝てるよ。じゃ、わたしは今日は帰るね。久しぶりにシュンスケと遊ぼうかと思ったけど、それどころじゃなさそうだしね。頑張ってねー」

アリサは言いたい事を言ってさっさと帰って行った。

「……」

◇ ◆ ◇

その後、俺は校内に戻って尾崎さんを見つけ、人気の無い場所で改めて告白した。
「ケンジなんかと付き合ってちゃダメだ! 俺が君を守るから!」と情熱的に迫った。
そしたら尾崎さんはあっさり承諾してくれて、俺達は付き合う事になった。その後、俺達は例のラブホテルでセックスした。コンドームはマユが持っていたものを使った。考えるまでもなくケンジとヤる時に備えて持っていたものだろう。

情事の後、俺達は熱いキスを交わし、ラブホテルを出てマユと別れ、家に帰った。

そして俺は夜通し泣き続けた。

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