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知らなくて良かったことを知ってしまった『憂鬱を知った猫』

オレの嗅覚はずば抜けている。
ここらの猫界隈でもダントツだろう。

嗅覚とは何も鼻がいいってだけじゃない。
食い物がありそうだという直感、
危険な他の動物が近づいてくる感覚、
嵐が来そうな気配。

その嗅覚を持ち、
危険を回避できる運動能力と
可愛がってくれる相手を見破るずる賢さ。
オレには全てが揃っている。

自由に生きているのがオレだ。

ただ、人間は大きな勘違いをしている。
オレたちが食べているのは食事だ。
それをエサなんて言葉で見下してきやがる。
それは人間からみたら残り物であるかもしれないし、まずいものであるかもしれない。

でもオレたちにとっては立派な食事だ。
特に誰に飼われてるわけでもない、お前たちのいう野良猫って存在のオレたちには。

百歩譲って、ペットとして大事に飼われているような奴らは、食事をエサだといわれてもしょうがない。
なんの苦労もなく腹いっぱいになるのだから。

日向ぼっこをしながら寝ている俺たちをのんきでいいなぁなんてね。
ふざけるんじゃねー。

食べ物を探すってことは、人間にとって仕事と同じだ。
誰かにやらされているお前らとは違う。
生きるために仕事をして、
生きるために寝ているだけだ。

そんなオレはある日、楽園を見つけた。
大通りから一本入った裏通りの築40年は経っているであろう古びた中華屋。
よく通るその道は常にうまそうな匂いを漂わせている。

空腹に飢えていた俺は匂いだけでも満喫しようと、その店の周りをぐるぐる歩き続けた。

ふと小さな穴を見つけた。
物音をさせずに顔突っ込んで様子を見た。

ガシャガシャと大きな音が入り乱れている。

まだ明るいうちはだめだ。
また夜に来よう。

オレたちは夜に活発に動く。
だから毎日夜が来るのが待ち遠しい。
でもこんなに胸が高鳴るのはいつ以来だろう。

辺りは真っ暗になった。
俺は古びた中華屋「中野飯店」へと向かった。
まだ店の明かりがついている。
しょーがない。
この辺をウロウロしてよう。

消えたあかりの先をじっと見つめる。
もういいか?
まだダメか?
一か八か、飛び込んでみるか?

勇気を出して、穴に顔を突っ込んでみる。
物音はしない。
静かに静かに、ゆっくりと前に進む。

どうやら客席のようだ。
カウンターのいちばん端の足元。
人間には見つけにくい穴なんだろうな。

俺は俊敏さにも長けている。
何か物音がしたらすぐ逃げられるだけのすばしこっさを持っていると、言い聞かせる。

それでも自分が何か物音を立てないように、
慎重に辺りを伺う。

床には何かが落ちている。
クンクンクン...
これは玉ねぎだな。ダメだ。

おっ、こっちはいい匂い。
なんとテーブルにはさらに残った料理がそのままある。
明日にでも片付けようと思ったか?
クンクンクン...
ラッキー。ひとかけの豚肉にありつけた。


「誰だ?」

やばい、見つかってしまった。
早く逃げなければ。

そう頭では思っているのに、うまく体が動かない。
そうこうしてると、頭の真っ白な老人の声がまた聞こえる。

「そんなあまりもの食うほど、腹が減っているのか?
よし、わかった。
週に一回なら飯を食わしてやる。
さすがに毎日食わせるほど儲かってないからな。」

ガハハハと老人は笑っている。

「悪いな。
今日はもう疲れて何もつくってやれねー。
また今度営業中にゆっくり来な。
腹いっぱい食わしてやるから。」

老人は正面の扉を開け、俺を誘導した。

俺はトボトボと店先を出て歩いている。

不思議だ。
なぜ人間の言葉が分かったのだろう?
そう思ったと同時に、
景色がやけに低くなっていた。

次の日また、中野飯店に忍び込んだ。
穴から体全体がすり抜けたとき、昨日の違和感が襲ってきた。
カウンターテーブルの箸や調味料が目に飛び込んでくる。

分かった。

目線が高いのだ。

急にデカくなったのか?
それとも...もしかして...

怖くなった俺はすぐ逃げようと、通ってきた穴に戻ろうとする。

しかしいくら潜り込もうとしても、体が入っていかない。
慌てて昨日出た正面の扉の前に立つ。
鍵がかかっていて開かない。

でもなぜか自然と鍵に手が伸びている。
扉は簡単に開いた。

外の世界に一歩踏み出すと、
また景色は低くなった。

トボトボと歩きながら思考を巡らす。
頭が痛むほど考え続けたが、どうやら答えはひとつしかなさそうだ。

俺はあの店の中では人間になっているようだ。

はっきりとその答えを見つけてしまったオレは、
そこらじゅうで人間の言葉がわかるようになってしまった。

人間は愚痴ばかりだ。
思い通りにいかないことに、怒ってばかりいる。
誰を悪者にするかに命でもかけているのか?

そんな声を聞いてるうちに、オレにも変化が訪れた。

まず一番デカいのは、食事だ。
今までは普通に食えていたものが、食えなくなった。
衛生面が気になるのだ。
もちろん以前から食えないようなものは口にしない。
嗅覚には自信があるから。
でも、食えるものでもためらうことが多くなってしまった。

他にも精神的にというのか、
昼寝をしようとウトウトしだすと、
こんなことしてていいのか?とふと思ってしまう時がある。
疲れているからとか、
腹いっぱいになったからとか、
なんとなく自分に言い訳をし始める。

そんなことを考え始めると、
なぜオレは猫なんだ?とか、
なぜこんなに一生懸命生きてるんだ?とか、
この先に何が待っているんだ?とか、
わけわからないことが頭の中を駆け巡る。

薄暗くなった空の下、
オレはまた中野飯店に来てしまった。
早く電気よ消えてくれ。

人間の感情が入って初めて、
苦痛を感じるようになった。

電気が消えるまで何もすることのない時間が苦痛であり、5分が1時間にも感じる。

今まで感じたことのない焦り。


なんでこんなところに立っているんだ?


生きるって何なんだ?




*この物語はまだ未完成です。
もっと丁寧な描写をしたいなと思うし、
まだこの猫がどうなっていくのかも描きたい。

ですが、現時点で問いかけとして一旦ここで終わりにしてみます。
皆さんがどう感じるか?
知りたいなー。笑

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