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今の現状に憂いている人に贈るショートストーリー『タクシードライバー』

「どこまでだい?」

タクシードライバーはぶっきらぼうに聞いてきた。

過ぎ去っても過ぎ去っても灯りの中を進んでいく。
深夜だというのに眠らない街の中で、俺は眠るために小さなアパートに帰っていく。
「なんのために生きているんだろう?」
窓の外を眺めながらぼんやりとそんなことを考えていた時だった。

「お客さん、疲れてそうだね?」

まだ50歳位だろうか。
ちょっと強面な風貌。
ぶっちゃけあまりタクシードライバーぽくはない。
なんでこの人はタクシードライバーなんてやっているんだろうと、実は心の中で思っていた。

「ええ、ちょっと疲れています。」

取引先との接待ほど、気が滅入ることはない。
酒は嫌いじゃない。むしろ好きな方だし、強い方だと思う。
ただ、どうせ飲むなら楽しく飲みたい。
接待が無駄だとは思わない。
相手と打ち解けあって仕事につながることも確かにある。

けど決まって接待の後はこう思う。
好きな酒を飲んでいても酔っ払うことさえできないのかと。

隣でヨイショし続ける上司。
それを間に受ける取引先の部長。
場を壊さないために空気を読むつくり笑いの俺。

終電を逃すほどの時間ではないが、とにかくもう歩きたくなかった。
できる限りアパートのギリギリまで誰か運んでくれ。

そう思ってタクシーに乗った。

第三者に一発でわかられているほど疲れた顔をしていることが少し気恥ずかしかったが、疲れているからこそタクシーに乗っているんだよと心の中で反論した。

「仕事で疲れるってことは、いいことだよ。」

「えっ!?」

意外な言葉に俺はドキッとした。
同時にバカにしているのかと言いかけた次の言葉には余計に腹が立った。

「人生に疲れることに比べたら、仕事に疲れることなんて、100倍楽だから。」

見た目の割にスマートな運転をしてくれていたのだが、やっぱり見た目通りのぶっきらぼうで、人の気持ちがわからない運転手なんだと憤りを感じた。

「どういう意味ですか?」

仏頂面で聞き返した俺の言葉は、きっとあからさまに不機嫌さを外に出していただろう。

「ちょっと自分の話をさせてもらっていいかい?
若いあなたには少しは人生の教訓めいたことがあるかもしれないから」

疲れている中、話すことも話しを聞くことも、めんどくさかったが、なんとなく何を話すのか気になった。

「どうぞ」

それからタクシードライバーは、密室の車の中とは思えない距離感のボリュームで話し始めた。


俺はね、チャンスを逃してきたんだよ。
人生にいくつあるかわからないチャンスをね。

建設会社で働いてきたんだけどさ、会社自体が倒産しちゃったんだよ。

まだガキも中学に入ったばっかだったから、必死に次の仕事を探したんだ。
でもさぁ、こんな見た目だからなかなか決まんなくてね。

目の前が真っ暗でさ、女房とガキの顔を見るのが辛かったよ。

そんな時にガキが交通事故で死んじまったんだ。

事故だからさぁ、俺が仕事をしていないのは関係ないのかもしれないけど、やっぱり情けない親父だからいなくなっちまったのかなって、いっぱい泣いたよ。
もうこれ以上涙なんて出ないんじゃないかと思っても、とまんなかった。

もちろんカミさんも毎日泣いてた。

ずっと2人で泣いてたんだ。

俺も死んじまおうかと思ったけど、やっぱりあいつの顔を思い浮かべると、なんかそれもできなくてね。

神戸に住んでたんだけど、俺は東京に出ることにした。
あそこに居続けるのが怖かったんだ。

でもカミさんは、あいつの墓があるこの場所から動きたくないって言うんだ。

俺は何年かかるかわからないけど、またこの場所に戻ってくるって約束して家を出た。

それで今こうして花の東京でタクシードライバーをやってるんだ。

今でもまいんち、なんで子供をとられたのか理由を考えちまう。

まだ答えは出ねーけど、見つけなきゃならねぇんだよ。

兄ちゃんはさ、まだ若いんだから、たくさん仕事がんばって、チャンスを掴んで、良い人生送ってくれよ。

こんな奴もいるんだからって思えば、ちょっとは頑張れるだろ?

そう話し終えるのと同時ぐらいに、タクシーは俺のアパートの前に着いた。

ぶっきらぼうな話し方だったけど、映画でも見たように心に焼きついた。

車を降りるとき、タクシードライバーは言った。

「がんばれ。いいことあるよ。」

小さなアパートは暗闇の中にひっそりと、やけにぼやけてたっていた。


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