『スクリーン』 (短編恋愛小説)

ドンッ

突然外から何かがぶつかったような音が聞こえた。
聞き間違いかと思い特に気にも留めず、スマホへと目線を戻す。

ドンッ

まただ。一体なんだろうと思い、煩わしさを感じながら少し乱暴にカーテンを開ける。

花火だ

春はもう少し先だというのに一定間隔で咲いては散る花をぼんやりと眺める。
「今日ってどこかでお祭りやってたっけ」
小さな独り言が真っ黒な空に吸い込まれた。
そこにあるのは美しく輝く花火だけだ。他にはなにもない。何も見えない。
テーブルの上にあったリモコンを操作し電気を消す。周りが暗くなり、外にいると錯覚しそうになる。

綺麗だ、と思った。
思わず「わぁ…」と声が漏れ出てしまうくらいには季節外れの花火は私の胸を打った。
鼻がツンとした。あ、泣くかも。と思った時にはもう遅かった。一度溢れ出た感情は止められなかった。
「ハルにも見せてあげたいな」
言葉にするとだめだった。もう花火は滲んで見えなくなっていた。ぼやけた視界にあの光は強すぎる。さっと踵を返しすぐ側のベッドに勢いよく飛び込む。


LINEの通知音で目が覚め、あのまま眠ってしまっていたことを思い出し少し憂鬱になった。LINEの送り主はハルだった。
「ちゃんと起きた? 今日11時だからね」
「今起きた 急ぐ」と簡潔に返信してから準備に取り掛かる。時刻は9時半になろうとしていた。急げば遅刻はしないだろう。

はるきと私は幼なじみだ。小学生の頃転校してきたはるきは小柄な子だった。引っ込み思案でいつも私の後ろをくっついてきていた。それがなんだか可愛くて、子分ができたみたいで、私ははるきを「ハル」と呼ぶようになった。
中学で背を越された。高校になると全力で走っても追いつかなくなった。別の大学の私を今からおいでよと、いとも簡単に自分の輪の中に引き入れ、人見知りな私の背中を押してくれた。大学2年生になった今も相変わらずハルとハルの大学の友人達との飲み会によく出向いていた。
ハルは私の数少ない友達だった。幼なじみでずっと一緒に過ごしてきたが恋愛関係になったことは一度もなかった。
私はハルの手の感触を知らない。抱きしめた時の温度も知らない。どんな風にキスをして、どんな風に彼女を大切にするのか、知らない。
それらを知りたいと思ったのはいつだっただろうか。もう何年も前のことで覚えていない。突然ふと、知りたいと思ってしまった。きっと、好きだと実感するずっと前から私はハルが好きだった。


いつもの待ち合わせ場所。マックの2階。窓側。入って右奥。いつもハルは私より少しだけ早く来て席をとっておいてくれた。
「今日は遅刻しなかったでしょ?」と、どうだと言わんばかりに胸を張る。
「いや厳密に言うと5分遅刻してるけどね」
「5分は実質ぴったりだから」
「暴論すげぇな」ハルが笑って言う。
何度見てもハルの笑顔は可愛い。ハルの笑った顔が見たくていつもふざけてしまう。
マックで昼食を済ませ映画館へと向かう。映画はハルと私の共通の趣味だ。ということになっている。

ハルは映画が好きだ。洋画、邦画、アニメからホラーまで様々な種類の映画を見ては私に感想を伝えてくる。
「周りに映画好きいないんだよなぁ」
映画の醍醐味は感想を語り合うことなのに、とボヤいていたことが始まりだ。それから私は特段好きでもないのに映画を見漁った。最新のものから大昔のマニアックなものまで、時にはあくびを噛み殺しながら見た。面白くなくてもそれはそれで良かった。とにかくハルと映画の話がしたかった。同じものを見て、ハルがどんな時にどんな考え方をするのか、もっと知りたかった。
最初はハルと話がしたくて見ていたものの、ハルと同じペースで見続けていれば私も映画を好きになると思っていた。きっといつか趣味になるのだと。でも私はいまだに映画に興味がない。今日見に行く映画だって、突然上映中止になったとしても少しも悲しくないのだ。それでも、ハルが映画を好きでいる限り私は映画を見続けるのだろう。

この映画は監督とその奥さんの実話を元にしていて、とハルが嬉しそうに話している。私は、ハルが笑っていてくれていればそれでいい。
だから、私の気持ちはどうだっていい。


映画館に着きひとつだけポップコーンを買う。ハルは映画に集中すると手が止まるため2人でひとつがちょうど良い。
2番シアターの重い扉を開けると沢山の椅子が薄暗く照らされている。ハルが予め予約しておいてくれた席に座る。中央少し上の特等席だ。
席に座るやいなやハルは真剣な眼差しで映画のパンフレットを読んでいた。私もパンフレットに目を落としながらポップコーンをつまむ。薄暗い明かりのせいで読みにくく目が疲れる。目頭のあたりを軽くつまむと「疲れちゃった?」とハルが小声で聞いてくる。
「うん。目痛い。よく疲れないね」
「うーん。好きだからねぇ」困ったように笑いながらハルが言う。
「…変なのぉ」と笑いながら返す。
嘘。分かるよ。好きなら気にならないよね。私もだよ。私もね、同じなんだよ。
ハル、と言いかけた瞬間、上映開始のブザー音に阻まれる。


つまらん。今までハルに付き合って何度もつまらない映画を見てきたが、これは三本の指に入る。何度もあくびをしそうになったし一度寝落ちかけたが、この後楽しそうに感想を言うハルの顔を思い浮かべてなんとか意識を保っていた。
映画は終盤。戦争で生き別れた男女が再会を喜ぶシーン。
「私、本当は…あなたを愛していたの。ずっと。ずっとよ。」
「あぁ。俺もさ。これからは毎日伝えるよ。君を愛してる。」
スクリーンの中の男女は涙を流しながらそっとキスを交わす。
ズッ、と鼻をすする音が聞こえてそっと隣を見ると、ハルが泣いていた。
泣くんだ、と思った。ハルが恋愛映画で泣いているのを見るのはこれが初めてだった。
今、ハルは何を思って泣いているのだろう。何に感動し、何を思い浮かべ泣いているのだろう。分からなかった。分からなくて苦しかった。ただ、そこに自分がいないことだけは明確に分かってしまうことが、何よりも苦しかった。


映画を見たあとは居酒屋に行き、ハルの止まらない感想をアテに酒を飲んだ。努力の甲斐あってなんとか話にはついていけたものの、ハルが感動したと瞳を潤ませながら話しているさまを私は笑いながら眺めることしかできなかった。

ハルと別れ家に着き、ため息を漏らしながら靴を脱ぐ。短い廊下を進みドアを開け、鞄を床に投げ置く。ドサ、と鈍い音が部屋に響く。もう一度深いため息をつきながらベッドに座る。
ハルと一緒にいると楽しい。私もハルもいつも笑っているし話も盛り上がる。ハルはとても優しく、喧嘩をしたこともない。なのにどうしてだろう。最近は一緒にいると辛いのだ。ハルともっと話がしたい。もっとハルの笑顔が見たい。その気持ちは確かなのにハルと過ごした後は心が疲れている。ハルと一緒にいるとどんどん自分を嫌いになっていく。

ハルの純粋な心と反対に下心だけで映画を好きな振りをし続ける自分も

それがハルの気持ちを踏みにじっていると気づきながらもやめられない自分も

映画を通してハルを知ろうとする姑息な自分も

ハルと一緒に泣けない自分も

こんなに一緒にいるのに大事なことは怖くて何ひとつ言えない自分も

全てが嫌だった。

ハルを失うのが怖かった。ハルが自分以外の誰かに自分の知らない顔を見せるのが嫌だった。いつの間にかハルが離れていく気がして不安だった。ハルをもっと知りたくて映画を見始めた。

でも、私は泣けなかった。

ずっと一緒にいるのに、隣の席にいるのに、ハルに触れられない私はとても遠くにいる気がした。
私はこの先もきっとハルの涙を見続けるだけだという確信が、どうしようもなく辛かった。
涙を拭いてあげるのは私ではないのだ。



暑さに耐えられずエアコンをつける。まだ初夏だというのに太陽は真夏のように照っている。蝉の声がうるさく響く。せっかくの休日だが動くと暑いのでじっとベッドの上でスマホを眺めていた。
ピコン、とLINEの通知音が鳴る。
「今日の夜花火見に行かん?漁港でやるらしい」
ハルからだった。
ふと窓から見えた季節外れの花火を思い出す。
すごく、綺麗だった。1番にハルに伝えたくなった。ハルと一緒に見られたらと無意識的に思ってしまった。すごく綺麗なのに、あの瞬間も私が心を奪われていたのはハルだった。

「いいよ。2人?」と素早くスマホをタップして返信する。
「倉田と橋本も誘った 他に呼びたい人いる?」
「いや、私友達いないし。集合場所決まったら教えて」
「りょーかい」

スマホを閉じて小さくため息をつき、準備をするため立ち上がる。
静かな部屋にLINEの通知音がまた響いた。

「大丈夫だって!だから俺が誘ってやったんじゃん!」

意地悪そうな笑顔を浮かべるハルの顔が容易に想像つく。
「ありがと でも、」と打ち、思い直して「うるさい」とだけ返信する。


でも、私はあなたと2人で見たかった。






あとがき

一丁前にあとがきを書くことをお許しください。さもなくばクソぶん殴らさせていただきます。
また私の好みが出まくった救いのない小説を書いてしまいました。こりゃ失敬…
現実にハッピーエンドはありません。いきなりとんでもない事実を突きつけてしまい、何も知らないみなさんはさぞ白目を剥かれたことと思います。起きて〜
現実は自分の力ではどうやったってハッピーエンドにできない事象で溢れています。その度に傷つき、胸を抉られ、ひどく悲しむ。その辛さを掬い上げることがひとつの「救い」なのだと思っています。”すくい”だけにねっつって!!!ね!!!ワッハッハ!!!!やんのか?
この話はここで終わりですが、「私」の恋は続いていきます。死ぬまで終わらないかもしれないし、1ヶ月後には終わっているかもしれません。
そんな先の見えない恋をしている方、していた方の心に寄り添えられれば幸いです。




人という字は、ひととひとが支え合ってできていますね?ではどうすればいいか、あなたならもう分かっているはず。よろしくお願いします。(いただいたサポートは諸活動の糧とさせていただきます!!)