『旅のラゴス』筒井康隆 作品紹介
あらすじ
ラゴスという男が旅をする物語。彼の一生を追う中で、ラゴスの経歴や旅の目的が明らかにされていく。ロストテクノロジー的な世界の中で、不思議な能力が発現した人間が普通に存在する世界。この物語の力点はそのストーリーのドラマチックさにあるというより、誰もが理解できる出会いと別れの寂しいような嬉しいような、心に浸透する感情であろう。明瞭に書かれてはおらずとも、それは自然と納得できる。それも、ラゴスという男に備わった静かな誠実さと愛がはっきりと伝わってくるからであろう。
一貫しているのは旅の目的だ。物語中盤で、彼は古代の先祖が残した高度な文明を解き明かすために旅をしていることが明かされる。先祖が残した膨大な書物が保管されている村を目指していたのだ。しかし、村にたどり着き、書物を読破してもなお、彼の旅は終わらない。彼の知識はその村に一大産業を築き、その理知をたたえた人々が彼を王として祭り上げたのだ。彼はその喧噪を嫌い、また旅に出る。このようなことが毎度起こる。彼の静かに光る才能は人を惹きつけるが、彼は孤独を必要とするのである。学問のため、旅のために。北から南へ。南から北へ。
彼の旅は常に女性とともにあった。女性が同伴していたということではない。彼には学問の才だけでなく、自然と人を引き付ける人格的魅力も備わっていた。先々で彼を想い、また彼もその人を想う、そのような女性と出会った。しかし彼の旅は終わらない。彼を愛した時点で別離は避けられないのだ。多くの者が彼を引き留めたが、その裏には「結局は受け入れるしかない」という諦念が常に漂っている。それは彼の決意というよりむしろ、彼自身に課せられた運命を感じ取っているのだろう。
面白かった所
ラゴスという人
あらすじにも書いてしまいましたが、ラゴスという人はかなり変な人です。誰にも取り入ったりしませんが、誰からも好かれます。私利私欲を持たず、ただ自身の意志は曲げません。都度の理由は違っても、彼はとにかく旅の人です。「運命に身を投げ出す」というほど受動的でもなく、かといって強い決心と向上心をもって旅をしているわけでもなく、こういった自然なふるまいに私自身もあこがれてしまいました。しかし、最終盤、もう齢70ほどになって、最後の旅を彼は決意します。これもまた、そんなに劇的な雰囲気は漂わせず、しかし彼にはもうそれしかない、という感じで、安定した故郷での生活と名声を棄て一人で北に向かいます。やはり彼は興味深い人間だとおもいました。
世界観
ラゴスの世界は、科学技術発展以前の比較的単純な文明です。しかし、超能力を使う人はいて、このあべこべ感はSFっぽいなと感じました。上に述べたように、本著の趣旨はラゴスと周りの人々との関わりにあり、この超能力自体が注目されることはないですが、現実から遠いSF世界(簡単に言えばラピュタ?ナウシカ?)を背景に意識するからこそ、より人間同士の繋がりが鮮明になるということでしょうか。私個人はこうした世界観は大好きです。
こんな人におすすめ
旅が好きな人
私は旅行中、ふと自分をRPGの主人公に見立ててワクワクすることがありますが、それもこういった旅する作品に幼少期から触れてきたからでしょう。見知らぬ土地の非日常感、人との出会いと別れ、このような一回限りの体験の何とも言えない旅情が好きな人にはぜひ読んでほしい1冊です。
SFに興味を持ち始めた人
私自身、「SF」と意識して手に取った本はこれが初めてです。難しい設定もなく、分量も比較的少なめでかなり読みやすかったです。SF初心者はこれを読んで、存在しない世界に思いを馳せる、そのような営みの第1歩としてもよいのではないでしょうか。
まとめ
今回は筒井康隆の『旅のラゴス』を紹介しました。初めての書評で何を書けばよいか分からずという感じでしたが、読了後の寂しさを紛らわすために少しだけ書いてみました。読了済みの人とは感想の共有を、まだ読んでいない人には、読んでみます!という一報をぜひお願いしたいです。
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