具象・抽象画からデュシャンへ

抽象画は目に見えないものを表現しているという解釈がある。例えば人間の心とか感情とか。しかし、モジリアニやシャガールの絵も、具象画であるが心や感情や伝えたいこと、訴えたいことを表現していると言えます。抽象画も具象画も伝えたいことや訴えたいこと(目には見えないもの)を表現し、鑑賞者はこれを読み取ったり共感して作品を鑑ることを楽しむ。抽象画には具象画を描くときに必要であった目に見えるように描くためのデッサン力は必要無くなった。抽象画に必要なのは平面構成をするためと、色彩の配置のバランス感覚である。具象画を抽象画に接続したのはセザンヌだ。セザンヌは具象画を描いたが、目に見えたようには描かなかった。腕を実際より長く描いたり、実際にはもっと視覚の端っこに生えている木を画面構成の必要性から画面の中央寄りに描いたり、上から見たものと正面から見たものを同時に描いたりした。自分が表現したいことや絵画の画面構成上の必要性により、見た目とは違う様に描いた。この考えが絵画の本質に迫るものとして抽象画の誕生につながった。彼が絵画の父と言われる所以である。具象画と抽象画に共通する伝えたいことや訴えたいこと=作者のコンセプト・概念を鑑賞者は想像したり、読み取ったりすることを味わうことが芸術鑑賞の魅力だ。デュシャンはデッサン力、画面構成力という形象的な能力を捨て、芸術の大本の魅力であるコンセプトのみを作品として発表することを試みたのが「泉」という作品だ。芸術を発表するにあたって、形象を作る能力を拒みコンセプト、概念だけが明確に立ち上がるようにしたと考えることができる。この作品にたいして様々な論考が積み重ねられることが、「現代美術」の誕生に貢献した。

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