Ryomitsu Hoshiba 干場良光
Bricolage-β Declaration : or about the relationship between by Chance・Quoting and Creation ブリコラージューβ宣言:あるいは偶然・引用と創作の関係について <要旨> 日々、制作を重ねているうちに、創作はブリコラージュによって成されると考える様になりました。ブリコラージュは一般的には日曜大工仕事という意味が定着しているので、創作法としてのブリコラージュを「ブリコラージューβ(bri
偶然性とは、主体不在の自然の摂理による必然性のことだ。
模様は世界や自然の構造を表徴したモノ。
ブリコラージュで調和にとれた作品を作るのでは無く、自己ツッコミ的≒第三者的違和感を持たせる作品を作ることが、創作に繋がる。
自己ツッコミ能力
「差異」という言葉は、ただ違うというよりも、同じ部分もあるけれどもちがいもあるということだ。全く違うものをくらべて、差異があるとはいわない。 「世界のすべてのものは、同じ部分もあるし違うところもある。」原子や衛星や宇宙も含めてそうである。☜「同じであるけれども違いもある」この、矛盾することが真理である。 構造主義の構造も、内包する差異によって、時間と共に、また、周りの影響も受けて少しずつ変形する。このことが、脱構築というポスト構造主義の意味である。 リゾーム;中心も持たず、上
脱構築ー偶然性ーブリコラージュ 偶然性を含むブリコラージュ的な思考法によって、それまでの構造支配から脱するための脱構築の思想が可能になる。 「ドゥルーズの差異」 既存の構造も、差異によって少しずつ変形する。
ドナルドサルタン、ドナルドバチェラー。具象物による抽象画orカラーフィールドペインティング。 抽象画(ミニマルアートや熱い抽象画作品に飽きたのでも具象物を使って平面構成をしてもいいじゃ無いか?セザンヌのニューバージョンと言ってもいいでしょう。
起源ー偶然ーオリジナルー創造
自然や宇宙の法則の起源を辿っていくと、何故、その様な法則になっているのかの理由は解らない。「そうなっている」としか言えない。BY野村泰紀 つまり、自然や宇宙の法則の根本原理は偶然に決まっているということになる。BYカンタン・メイヤスー
ブリコラージュ-βは「キメラ創造」でもある。シュミレーシュニズム、サンプリング。複製技術の一般化時代の創作。
「生成AI」という言葉を耳にしたとき、『創作じゃ無いんだ。と思った。創作は人間だけがするものなんだと、AIの研究者は思っているんだな。と思った。一方で、「生成」という言葉に興味を持った。 一般に「創作」はオリジナルで、他者からの影響もなく、個人がゼロから創るものだと考えられている。しかし、この創作観はゴッホやピカソが活躍した19、20世紀の近代の幻想である。 無から有は生じないし、オリジナルはどこまで辿って、遡行していっても、ここが原初の始まりという地点は見つからない。 いま
さようなら人間=こんにちは「宇宙のobject逹」
日本で、絵画、彫刻などの従来の美術の領域を脱構築したのが「もの派」の作品。その流れで、岡崎けんじろう、彦坂か。ポストミニマリスム、ポストコンセプチュアルというより、領域の脱構築化であった。ポストもの派の川俣正も。その流れだが、アートレスと言い始めてからは、美術ではないものに向かっている様に思う。
現代のAIによる生成にはデータをインプットしておくことが前提だ。データは既にあるもののことだ。AIの生成と古代からの人類のブリコラージュの製作法は、「既にあるものを用いる」という点でおなじだ。AIの生成過程に偶然性を取り入れることができれば、創造は可能だと考える。