見出し画像

偶然・引用と創作

Bricolage-β  Declaration : or about the relationship between by Chance・Quoting and Creation

ブリコラージューβ宣言:あるいは偶然・引用と創作の関係について



<要旨>

日々、制作を重ねているうちに、創作はブリコラージュによって成されると考える様になりました。ブリコラージュは一般的には日曜大工仕事という意味が定着しているので、創作法としてのブリコラージュを「ブリコラージューβ(bricolage-β)」と名づけることにしました。レヴィ・ストロースも創作とブリコラージュには、密接な関係があると感覚的に気づいていたように思います。


無から有は生じない。ブリコラージュにより、偶然に手元にあるものを用いることによって、主体の統率力は弱まりながら、それらを別な何かに見立て、変形を加え、更に組み合わせることで未知のコンセプトを内包するオブジェが生成する。この生成したものが創作物である。技術者のように既存のコンセプトを選択し計画を立て、それに基づいて素材を調達・加工し、順を追って組み立てていく製作法は、完成度は高いがコンセプト的にも既知のものしか生産できない。


ブリコラージュの機能である偶然性の元に出会ったものたちのシニフィエを変換し組み合わせ(ハイブリッドし)、更に変形も加えることによって、デ・ジャブ感を残しつつ、つまり、引用(サンプリング)したものを元にしながら、創作(未知の物的・知的表現をすること)が可能になると考えます。


1. はじめに

美術の作品を批評することが難しくなったといわれて、しばらく経つ。原因は周知の様に1970年代以降、大きな物語が失われ、同時に批評の基準となる価値観・座標軸も失われたからだ。この時代はポストモダンの時代と言われ、日本ではあいだみつおの一連の詩や、わかりやすいのがSMAPの「世界に一つだけの花」(作詞作曲槇原敬之 2003年シングルリリース)で、価値観を相対的なものと見做し、多様性を認めることが浸透した。基準が一つだけというのも窮屈なことで、大きな物語がない方がバイアスがかからず自由に考えることができるのは良かったが、一方で、議論することは避けられ、ポピュラリティを獲得した作品だけが認められ、作品を通して知的な探求をするなどということは顧みられなくなった。しかし、近年、若い研究者、哲学者たちによって、唯物論や資本主義を更新しようという動きがあり、新しい価値観が発見されるかもしれない状況にある。21世紀に入って20年以上経過した今、現在や未来のことを識るためには行動を起こし実作し、思考する態度が実験しながら考えるのと同じで望ましい創造者のあり方と考える。自分も作品を制作してきたものとして、制作物と思考を繰り返して当事者研究(©︎向谷地生良)をしながら、未知の形象や価値観を探る創造的活動をしていきたいと考えている。

40年ほど前から美術作品を作り続けてきて「自分の作品は誰かのに似ている」という感想を持つことが残念だった。好きな作家はたくさんいて、尊敬し憧れた作品には影響を受け、真似をしてきたことは認めざるを得ない。
中学生時代に衝撃を受けたゴッホを始めとして、ボッチチェルリ、梅原龍三郎、ジャスパー・ジョーンズ、アンディ・ウォーホール、郭仁植、大竹伸朗、ジェフ・クーンズ、佐々木徹、下岡孝之、金氏鉄平、Mr.など、新旧含めて有名作家や身近な友人、先輩など枚挙に暇が無い。20世紀の中頃に義務教育を受けた私は、なんとなく「芸術作品はオリジナルでなければならない」と教育されてきた。中学教師に「芸術とは〜」などと説明された記憶はないが、社会全体にもオリジナル信仰は広まっていた様に思う。1960年代、「日本人は真似はうまいけど、オリジナルを生み出す能力に劣る」などと言われていた様に思う。ヒト真似では無いオリジナルを目指すことは日本のみならず、世界の共通認識であった。テレビや雑誌の文化人も表現においてはオリジナリティに価値があると述べていた。当然わたしにもオリジナル信仰は植え付けられ、自分の作品に対して自己嫌悪に陥ったが、同時に、それは自分だけの悩みなのか確かめたくなった。思いあまって、周りの美術家の友人たちに聞くと、彼らもリスペクトする作家の影響を受けていることは認めた。彼らは好きな作家、興味のある展覧会は、飛行機代金を支払ってでも観に行く。ある時、電話で「自分はそのつもりではないのに、作品は他の誰かのに似ていた」と力無く告白した人もいた。考えてみると、自分と同じ様なことを考え作品をつくり発表する人は、自分以外にも、世界中のどこかにいるかもしれないということも、容易に想像がつくことだ。また、今の時代、自分のアイデアを出したつもりでも画像検索すると似た様なものが出てくる時代だ。近年では、東京オリンピックのエンブレム問題があり、「引用・模倣と創造」の問題は多くの人にも難しい問題なのだということがわかった。あの時、クリエイターとして一家を成していた方々は、ファインアーティスト、デザイナーに関わらず、一般の人やネット民を啓蒙するべく、メディアでもっと積極的に発言してほしいと思ったが、一線で活躍する人にとっても難しい問題だったのでしょう。
現在の私は、創作に引用はつきものだと考えている。模倣していると訴える人は、振り返って自分のことを考えるならば、自分も誰かの影響を受けて(引用や模倣をして)作品を作っているので、品性の真っ当な人は自分のことはさておいて、他人のことを訴えることなど出来ないはずだ。科学的には無から有は生み出せないのだし、ゼロから作品を作り出すということは考えられない。私は東京オリンピックのエンブレムは、問題ないと考えている。劇場のマークや、他のポスターのデザインの影響は受け、引用・模倣をしていると思うが、それらとは混同しない様な他のエレメントとのハイブリッドや変形は施されているからだ。偽ブランドバッグのように区別がつかない様に作ったり、自分がつくったものを有名ブランド製と偽って販売したり、他人が作ったものをそのまま自分が作ったと嘘をつくなどの詐欺罪に当たるものだけを取り締まれば良いと考えている。ただ、引用先の相手に対するリスペクトの気持ちは表明すべきだと思う。著作権問題が引きも切らず、世界のあちこちで起きるのはこの問題について考える人のメンバーに創作体験をしている人の真摯な思考が反映されてないからだと思う。オリジナル信仰・幻想の固定観念に世界中の人が囚われすぎだ。私の論がこの問題の整理にも役立てればとも思う。

以下に述べるが、私は引用・模倣と創作はひとつながりのものと考えている。

2.引用・模倣・創作・オリジナル

模倣と創作の問題はギリシャ時代の昔から、人類が考えていたことだった。

人は神の様な自己原因性(自分自身の力でゼロから質量を生成することが出来るという性質)を持ち得ない『劣った創造者』であるから、神が宇宙創造した世界をミメーシス(模倣)したものとしての『小さな創造(ミニチュア)』しか出来ないと考えられていた。その後、アリストテレスは、世界の記述(ミメーシス=模倣)の方法には、事実を述べるだけの歴史的記述と、それに想像が加わり有り得べき別な事柄に変容させる詩的記述の二通りあると述べている。この詩的記述はフィクションのことであり、創作のことだと考えられる。人間は有限的現実を模倣して写し取ったものを想像力によって変容し、普遍に至る創作に結びつけることが出来ると考えた。アリストテレスの時代から、模倣と創造は反対の概念というよりもひとつながりのものだと考えられていたのだ。創造とは、現実を模倣し、それに想像力を働かせ、変容することだと考えることが出来る。「創造」という言葉がなかった日本においても、画家や彫刻家たちは絵師や仏師といい、はじめは師匠のもろに弟子入りし、修行の間に師匠や流派の技法や構成法を模倣しながら習得し、その後独立し、屋号を全面に押し出し、絵師として注文製作をした技術者集団=職人の集まりとみなされていた。模倣しながら修行をし、やがて自分なりに有り得べき別な表現の変容を試みた狩野派や浮世絵の作り手たちも、当時は職人集団のトップ=師匠と見做されていただろうが 、今日では、止利仏師、運慶、探幽、北斎、歌麿などは職人というよりも創作家=画家、彫刻家と認識されている。

模倣は人間にとって、世界を認識し、同時に表現欲求も満たすための本能的な行為だ。身の回りにあるものを五感や身体感覚を使って模倣することによって、世界を親しみを持って認識し、世界と関わることが出来る。それにも関わらず、20世紀中頃から後半にかけて、教育現場の描画指導や一般の美術展の作品評価において、他者の作品を模倣することは嫌悪され排除されてきた。しかし、人間にとって、目前のモデル(対象)であっても、他者の作品や写真であっても、それをなぞる(模倣する)ことは認知欲求と表現欲求を満たす大切なことであり、模倣の対象が自分の外部に存在するという意味では同じことである。模倣行為は「インプット(学習)とアウトプット(表現)を同時にできる。」、つまり、世界認識と表現活動が同時にできるため、人間にとって魅惑的な本能的活動だ。

模倣と創造の関係については、近代になってから日本の文学者や多くの芸術家も考えてきた。いくつか紹介する。

『林達夫芸術論集』講談社文芸文庫 高橋英夫編・解説 P176    初出1933年東京新聞
【私の推測するところでは『剽窃』からなる身の潔白を説明できる文筆の士の数は予想外に少ないのではないかと思う。寡聞な私さえ、(板垣夫人の意味での)剽窃の場合なら公の論文や作品の中から十や二十ならたちどころに挙げることが出来る。(まず下は私自身の場合から始めて上は我が国における最も独創的な世界的哲学者の場合にいたるまで)私はいわゆる剽窃は我が国において決して二、三の例外的変態的現象ではなくて、むしろそれは一般的正常的現象であると断言して憚らないものである。否、それは単に我が国の今日の現象であるばかりではない。多少とも西洋の学問を聞き齧ったものであるなら、古来その独創性を以って鳴っている西洋の大文豪や大学者のうちにさえ、証拠歴然たる剽窃行為を見出すのに少しも困難はしないだろう。】これは85年前の文章。

次の文章は80年前のもの。
『日本文化私観』坂口安吾 1942年3月 文芸同人雑誌『現代文学』所収
【ゲーテがシェークスピアの作品に暗示を受けて、自分の傑作を書き上げたように、個性を尊重する芸術においてすら、模倣から発見への過程はしばしば行われる。インスピレーションは多くの模倣の精神から出発して、発見において結実する。】安吾が《創造》では無く《発見》という言葉を使っているのは、実作者としての経験によるものだと思う。

『模倣と創造』池田満寿夫 中公新書1969年9月刊行
この著作の中では、特に広辞苑の引用部分が興味深かった。
【[影響]①〔後漢書〕かげとひびきと。②〔書経〕影の形に従い、響きの音に応ずつの意から、関係を及ぼすことの意。さしひびき。

[模倣・創造]①まねならうこと。にせること。⇄創造 ②(immitation)成人間(成人同士の間で)または動物の個或いは集団によってなされた行動、態度、慣習、思想などのような表現としての刺激が、他の人間または動物の個或いは集団に働きかけて類似の表現をさせるように鼓舞・誘発させた場合に、後の表現とその過程を模倣という。動物の擬態のような本能的・原始的なものから、人間の宗教・芸術・哲学などの影響のような複雑・高等なものに至るまで多くの類別と段階があり、幼児の学習過程、社会的流行、人類の水準化、統率と服従など、全ての文化的、社会的なものにおいて重要な意味を持つ。
[模倣芸術]絵画・彫刻などのように自然の姿を写す芸術。美術の中でも建築・工芸のように、自然描写を行わない芸術と区別していう。

[模倣説](théorie de l'imitation)あらゆる社会現象の根源が模倣にあると説く社会学説。代表はタルドの人間心理学的見解。

[剽窃]他人の詩歌・文章などの説または文句を盗み取って、自分のものとして発表すること。】

『批評とポストモダン−文体について』柄谷行人 福武書店 初出1979年『文体』夏季号
【一人一人の個人が独立してあるというのが幻想にすぎないように、作品は単独で存在するものではない。単独の作品など、かつてあったためしがない。人は他の作品を読んでから書くものだし、読むものはそう意識しなくてもかつて読んだ諸作品をその作品に関係づけている。つまり作品は根源的に諸関係としてintertextualit yとして存在するのである。そうでなければ、作品の価値を➖読むことはいつも評価することである➖というものは原理的になりたたないであろう。単独の作品というものがありえないならば、単独の文体もありえない。文体は誰かがそれを創造したものではなく、過去(記憶)にある文例の引用、組み合わせ、変形でしかない。】 

『小説家としての人生』大江健三郎 『波』1996年5月号所収
【『雨の木』は、マルカム・ラウリーに影響を受けた。『新しい人よ目覚めよ』は、ウィリアム・ブレイク。それから『静かなる生活』はセリーヌです。このように外国語を読むことと、日本語を書くことを重ねる手法を長編でやったのが、『懐かしい年への手紙』、『人生の親戚』、『燃え上がる緑の木』です。ダンテやフラナリー・オコーナー、イエーツを読みながら書きました。】

『ダイアローグ 建築・アート・社会』安藤忠雄 BT1999年7月号所収
【《創造》という言葉がある。モンドリアン、リートフェルト共に、新しい表現を勝ち得た創造者と言えるだろう。しかし、リートフェルトがモンドリアンに、モンドリアンはピカソに触発されたように、創造とは決して無から生まれたものではなくて、異なる価値観に出会い、刺激される互いに影響し合うその対話の中にこそ育まれるものなのではないだろうか。】

以上のように、日本の文学者や作り手たちも100年近く模倣・引用と創造の関係について考えてきた。私と同様に悩ましい問題だったのだろう。

※オリジナル信仰とその誤謬性
ヨーロッパ社会では、唯一自己原因性を備え、創造ができる神様もニーチェによって否定されてから、神の代わりとして、優れた芸術家が創造する役割を担わされた。近代の芸術家は神格化され、神と同じくゼロから創造できると見做された。ゼロから創造するというオリジナル信仰は、こうして近代に定着した。他者の影響を受けたり、模倣してつくることは認められず、<創造>に対するこの考え方は1995年くらいまでに世界中に伝播し、日本にも定着し、私の創作に対する倫理観も決定づけられた。ヒューマニズム、人間中心主義の価値観とともに20世紀は、人間一人の命は地球より重いとされた。
次に、「自らの完全なオリジナル性を主張する」ことの誤謬性についての論考を紹介する。

『オリジナルの起源-W・デービスの「イメージメイキングの起源」論が問いかけるもの』佐藤啓介 青土社現代思想2016年5月号所収
【「私の起源」は私が生まれた土地でもあれば、育った土地でもあれば、はたまた私の両親でもあれば、最古のホモサピエンスでもあれば、アメーバでさえあるのだから。】
【そもそも考古学の実情に即して言えば、オリジナルな起源がどこなのか確定することさえ困難である。正確に言えば、起源だと思われるその点がオリジナルな起源かどうかを検証すること自体が困難なのだ。というのも、考古学資料から確認できる現存の最古のものが、実際に最古のものかどうか知る由もないからである。】
実際に、人類最古の洞窟画はアルタミラ、ラスコーから、ショーべに変更され、最近はインドネシアの洞窟画が最古とか言われている。

現在、インターネットによって可能になった新しい創作と共有の文化を推進し、柔軟な著作権の定義を可能にする運動としてクリエイティブ・コモンズという運動があります。フリーカルチャーという概念を掲げ、引用・模倣をお互いに許して文化を豊かに展開しようという考え方だ。まだ、どこまで自由にするかは、作り手が自分で決めるという限定的なものだが…。このフリーカルチャーについて書かれた本の一部を紹介する。『フリーカルチャーをつくる為のガイドブック-クリエイティブ・コモンズによる創作の循環』ドミニク・チェン著 フィルムアート社 P245   
【程度の差こそあれ私たちが他者の創作活動によって刺激を受け、その刺激をフィードバッグとして返し、新たな創造につながってゆくという文化の生態系は、全体から見れば円環的なシステムなのだといえます。】
人類史上、芸術文化が最も豊かに花開いたルネッサンスでさえ、その名前の通り、ギリシャ、ローマ時代の文化の復興であり、つまり、N次創作〔※一つの作品が起点となった派生作品=二次創作品がまた別の派生作品を産むという一連のプロセスが無限に連続することを「N次創作」と呼ぶことができます。←『アーキテクチャー  ー情報環境はいかに設計されてきたか』濱野智史著 NTT出版より〕の賜物であった。歴史的にも同時代的・地域的にも色々な作品との関わりがあって今の自分の作品が存在するのだから、「自らの絶対的なオリジナル性」を主張することは、勉強不足であり間違いである。

3.ブリコラージュと創作a

(1)レヴィ・ストロースのブリコラージュ


私は、それまでの版画制作に区切りをつけ、ドローイングを始めた。「版画よりも直接的に描けるドローイングを!」と思って始めたが、ドローイングの上にコラージュをしたくなっている自分に気づき、コラージュの機能について改めて勉強したいと思っていた。そんな時、『野生の思考』というタイトルに惹かれ、読んでいるうちに偶然ブリコラージュに関する記述があるのを見つけた。ブリコラージュとコラージュの違いも分からなかったので、ブリコラージュについて勉強することは、コラージュについての知識も深まるのではないかと思い、読み進めた。コラージュはブリコラージュの一種と考えて良いこともわかり、ブリコラージュに興味を持った。ブリコラージュは辞書的には【日曜大工仕事、素人による器用仕事、目の前にあるものを間に合わせてつくること、自分で修繕すること】という意味がある。レヴィ・ストロースは、未開地の人々の神話をフィールドワークしているうちに、神話は様々な神々や英雄の逸話がサンプリングされた全体として個々のエピソードの集まりであり、合理的なひとつながりにはなっておらず、神々の系図も複雑になっている。先行する民族や隣接する村落の神話を引用したりしながら神話が形成されてきたために、神話は、歴史的、地域的に多様な民族に伝わってきたエピソードの寄せ集めでできていることを確かめ、フランス語のブリコラージュの製作法と同じだと考えた。工作におけるブリコラージュを物的ブリコラージュ、神話の構成法は知的ブリコラージュと名付けた。レヴィ・ストロースはこの物的、知的ブリコラージュの考え方を、未開の人々の婚姻法などとまとめて《野生の思考》と命名した。行き詰まった近代ヨーロッパの思考法《栽培された思考》から脱却するために《野生の思考》が有効と考えた。ブリコラージュの方法で、古代から物語も工作物もつくられてきた。そして現代は文学においても柄谷行人やロラン・バルトがいうように、既存のテクストの断片を引用し、複数のそれを編み込むようにして、作成されたと考えられている。これはブリコラージュの製作法と同じである。つまり、古代から、人々はブリコラージュの方法で日曜大工品に他に、文学、美術、音楽、演劇、あらゆる芸術も創作してきたと考えることができる。レヴィ・ストロースは、《野生の思考》の一種であるブリコラージュについて研究することが、美術や芸術の制作に寄与すると考えていた。

『野生の思考』レヴィ・ストロース著 大橋保夫訳 みすず書房
【原始的科学というより、「第一」科学と名づけたいこの種の知識が思考の面でどのようなものであったかを、工作の面でかなりよく理解させてくれる活動形態が、現在の我々にも残っている。それはフランス語でふつう「ブリコラージュ」bricolage(器用仕事)と呼ばれる仕事である。ブリコレbricoerという動詞は、古くは、球技、玉突き、狩猟、馬術に用いられ、ボールが跳ね返るとか、犬が迷うとか、馬が障害物を避けて直線からそれるというように、いずれも非本来的な偶発運動を指した。今でもやはり、ブリコルールbricoleurとは、くろうととは違って、あり合わせの道具、材料を用いて自分の手でものを作る人のことをいう。ところで神話的思考の本性は、雑多な要素からなり、かつたくさんあるとはいってもやはり限度のある材料を用いて自分の考えたことを表現することである。何をする場合であっても、神話的思考はこの材料を使わなければならない。手元には他に何もないのだから。したがって神話的思考とは、いわば一種の知的な器用仕事(ブリコラージュ)である。これで両者の関係が説明できる。
…(中略)…
器用人(ブリコルール)は多種多様の仕事をやることができる。しかしながらエンジニアと違って、仕事の一つ一つについてその計画に即して考察され導入された材料や器具がなければ手がくだせぬということではない。彼の使う資材の世界は閉じられている。そして、「もちあわせ」、すなわちそのときそのとき限られた道具と材料の集合で何とかするというのがゲームの規則である。しかも、もちあわせの道具や材料は雑多でまとまりが無い。なぜなら、「もちあわせ」の内容構成は、目下の計画にも、またいかなる特定の計画にも無関係で、偶然の結果で出来たものである。すなわち、色々な機会にストックが更新され増加し、また前にものを作ったり壊したりしたときの残り物で維持されているのである。したがって器用人(ブリコルール)の使うものの場合は、ある一つの計画によって定義されるものではない。(定義しうるとすれば、エンジニアの場合のように、すくなくとも理論的には、計画の種類と同数の資材集合の存在が前提となるはずである。)器用人(ブリコルール)の用いる資材集合は、単に資材性(潜在的有用性)のみによって定義される。器用人(ブリコルール)自身の言い方を借りて言い換えるならば、「まだ何かの役に立つ」という原則によって集められ存在された要素でできている。
…(中略)…
言い換えれば、技師が概念を用いて作業を行うのに対して、器用人(ブリコルール)は記号を用いることになる。
…(中略)…
以上の考察をやるうち、何度か美術の問題のそばをかすめて通った。そこで、このような展望の中では美術が科学的な知識と神話的呪術的思考の中間に入ることを簡単に述べておいても良いだろう。周知の如く、美術家は科学者と器用人(ブリコルール)の両面を持っている。職人的手段を用いて彼はある物体(オブジェ)を作り上げるが、それは同時に認識の対象(オブジェ)でもある。さきに記したごとく、科学者と器用人の相違は、手段と目的に関して、出来事と構造に与える影響が逆になることである。科学者が構造を用いて出来事を作る(世界を変える)のに対し、器用人(ブリコルール)は、出来事を用いて構造をつくる。】
以上、私にとって気になる、惹かれる部分を引用した。しかし、レヴィ・ストロースの文章を、完全に私が理解したとは言いかねる。分からないところもありますが、大橋氏の翻訳を基に私が考えたこと、誤読したこと、N次創作したことを組み合わせながら、創作に関する私の考えを以下に述べる。

レヴィ・ストロースの文のうち「A…美術家は、科学者と器用人(ブリコルール)の両面を持つ。」と「B…科学者が構造を用いて出来事を作る(世界を変える)のに対し、器用人(ブリコルール)は、出来事を用いて構造を作る。」の2箇所に特に魅了された。科学者は構造に従って出来事を作るが、その構造をつくるのはブリコルールだということになる。ブリコルールが構造を作らないと科学者は仕事を進められないことになる。《構造》という言葉は、元々数学の世界の言葉で、この言葉に魅了されたレヴィ・ストロースは人文学の世界にも《構造》という概念を取り入れて自らの研究を進めていったようだ。しかし、のちの学者が様々に研究しても、レヴィ・ストロースのいう《構造》という言葉の意味は不明瞭で、正確に説明できる研究者はいまだにいないようです。〔※『初めての構造主義』橋爪大三郎著 1998年講談社現代新書にて詳述。〕したがって、《構造》という言葉を、私なりに読み解いて、誤読=N次創作し、考察を進める。

「科学者とブリコルールの両面を持つ美術家は、まず、ブリコルールの立場に立って出来事を作る」ということだが、《構造》は《概念、モノの見方・考え方》、《出来事》は《作品》と解釈(読解、誤読、N次創作)すると分かりやすくなった。「美術家は、はじめ素人として、残片を元にブリコラージュし、未知の概念を発見する。次に、その概念に基づいて科学者=職人の立場で計画的に作品を完成させる。」と、レヴィ・ストロースは考えたと解釈する。私は、未知の概念の発見が素人であるブリコルールによって成されるところに注目する。実際は、ブリコルールが発見するというよりも、無自覚的に未知の概念を反映させた作品を作っている場合が多い。ブリコルール自身では、その概念に気づいていない。その概念は、事後的に研究者などによって名付けられる場合も多い。いずれにしても、ブリコラージュには未知の概念が内包されている可能性があり、それを自覚的にブリコルール本人が発見するのか、のちに研究者が名指すのかの違いはある。
美術・芸術においては、物的ブリコラージュや知的ブリコラージュされた作品に、表面的、感覚的魅力以外に、未知の概念の発見につながる知的鑑賞をすることが、大きな魅力、楽しみ方となっており、芸術が今でも廃れず、尊敬されながら制作され続けている理由だと考える。

次に、未知の概念の発見にブリコラージュが適している理由を述べる。ソシュールは、言語学者で、言語と創作の構造(この場合の「構造」は、「しくみ」という意味と考える。)についても考えていたと思われる。ソシュールは記号(シーニュ)の構造をシニフィアン(記号表現)とシニフィエ(記号内容)に分けた。《犬》という記号があるとすると、言語の上では、シニフィアンは犬という漢字やi・nuという発音になり、英語ではdogという記述=記号表現になる。一方で、記号《犬》のシニフィアンは、(肉食であり、嬉しい時は尻尾を振り、飼い主になつきやすく散歩をさせる必要があり、嗅覚の能力が高い。)など猫や猿と違う様々に異なる特性、能力を総合したものである。《犬》のシニフィアン(記号表現)は国ごとに違ったり、毛の長いものから無毛のものまで様々だが、《犬》のシニフィエ(記号内容)は世界中の人に共通認識されている。記号を物体と置き換え、物体をシニフィアンとシニフィエに分けて考えるならば、シニフィアンはそのままで、シニフィエだけを換えて、頭の中で楽しむことは可能だと、古代の人々や幼児はあらかじめ理解していた。というか、見立て遊びをする能力は人類にあらかじめインプットされていたと考えることができる。シニフィエを換えることは、見立てることで、人々は、古代から、あるいは幼児の時から誰に教わるでもなく楽しんできた。誰でもしてきたこの《見立て遊び》が創作と深く関係していると私は考える。
私は、シーニュを作品、シニフィアンを作品の形象、シニフィエを作品がもたらす意味やコンセプトだと考える。もっとシンプルにいうと、モノを形象と意味に分けて考えることにした。形象はそのままなのに意味だけを換えることは「見立て」といい、古代の人々、三歳児、現代人まで、歴史や教養に関係なく世界中で楽しまれている。この「見立て」はブリコラージュの機能のひとつであり、ソシュールの記号論とレヴィ・ストロースのブリコラージュとの連続性は、レヴィ・ストロース自身なんと無く分かっていたことだと思うし、『野生の思考』のブリコラージュの記述の中でも「記号」という言葉を使用している。

(2)《見立て》と利休・デュシャン

《見立て》ることで、ものの見方・未知の概念を発見した利休とデュシャンについて述べる。
利休はブリコラージュの機能の一つである《見立て》ることで創作をした。朝鮮半島の民衆が使っていた生活雑器としての粗末な茶碗に、侘びた、あるいは寂びた風情としての美を認め、それを日常生活とは切り離された精神性や遊び、文化を楽しむお茶会の席に用いる名器、文化作品に見立てた。日常生活で使われていた粗末な雑器を社交的、精神的な遊びの場に用いる逸品にスライド(変換)することで、生活雑器としてのシニフィアンはそのままで、シニフィエだけを換えて、《侘び寂びの美》として楽しんだ。侘びた、あるいは寂びた風情を楽しむ美意識は、利休以前に中国にもあったと思うが、利休によって《わび・さび》の名前を与えられ、日本の美意識の代表的な概念になった。利休以後、多くの人々は意識的に《わび・さび》を楽しみ、客人、主人として御点前、作法を洗練させ、人生を豊かに楽しむことに役立てた。シニフィアンは変えず、シニフィエだけを換えて美的作品とする考え方、方法は、既製品の形象はそのままで意味を別な何かに見立てることによって、知的創作〔※注 知的創作とは、物的創作を通して未知の概念(コンセプト、ものの見方・考え方)を発見すること。物的創作とは美術、音楽、文学、演劇など、視覚や五感で認知できるメディアで未知のものを創作すること。〕をすることであり、現代美術の世界では美術の一領域のレディ・メイドとして認められてる。さらに、茶の湯の一連の作法はパフォーマンス、インスタレーション、リレーショナルアート、ファウンドアートなどを総合した芸術として、視覚、味覚、嗅覚、身体感覚などの五感やコミュニケーションを楽しむ現代美術に含まれる、芸術様式である。《茶の湯》が《茶道》としてでは無く別な多様な価値観も模索するパフォーマンスになれば、現代美術の一領域として豊かに展開する可能性がある。その兆候として、近年では、ギャラリー内でオープニングパーティとは別に、会期中に会場で飲食のもてなしをしたり、ちょっとした饗宴の場を設定することを作品として提示する作家もアジアやアメリカに現れている。

次に、デュシャンについて述べる。
美術史は、祈りという依頼心や表現欲求を満たしたいなどの精神衛生をめぐりながら、そのモチーフは、その時代の人々にとって尊いとされるもの(時代の美意識、価値観が反映されたもの)が選ばれてきた。アルタミラの時代は生きていくために必要なもの、憧れや欲望、恐怖の対象として動物が主なモチーフだった。ルネッサンス前までは宗教上の神様やそれにまつわるエピソードが主たるモチーフだった。ルネッサンス以後は、実在する人間も神に劣らず美しく、価値あるものとされ、絵のモチーフとすることを認められた。近代は、市井の人間個人の存在が尊いとされ、ゴッホやゴーギャンは、近代の人間観を表現した代表的な画家です。セザンヌは「絵画とは何か?」という自己言及的、哲学的な問いを持ち、ものの形象をなぞり絵画が何かを表現するための手段として使われるのでは無く、絵画の自立を目指す試みをしました。このような絵画に対する価値観の変遷の中で、マルセル・デュシャンの生きた時代は、キュビズム、シュールレアリズム、未来派、ダダイズムなどの様々な芸術運動が一気に展開された。デュシャンはこれらの芸術運動の影響を受けながら、1917年第一回アメリカ独立美術協会に男性用小便器を出品し、展示拒否騒動がおきた。その後、紛失したこの作品は「泉」と名付けられ、デュシャンの代表作のひとつとなった。既製品を通常とは違う向きで展示するだけで、造形的な変形を加えないこの作品、は彫刻とは別な現代美術の領域として「レディ・メイド」誕生の原因となった。「泉」は加工されておらず、シニフィアン(形象)はそのままなので、美術展に来た観客は怒って帰るか、自らシニフィエ(意味)を変換して鑑賞せざるを得なくなった。「泉」に対して、作者、観客、学者、評論家が意見を述べ、研究し、導き出したものは「芸術とは何か?」という自己批判的な、またここでも自己言及的な問いと、「芸術にとって最も価値があることは、そのシニフィアンをどのように形作るかよりも、その作品から醸し出される未知のコンセプト=意味(シニフィエ)にある。」という答えだった。利休もデュシャンも取り入れた、既製品の茶碗や便器に加工をせずにシニフィエだけを変えて提示し、作品とする方法であるレディメイドは、ブリコラージュの「見立て」の機能と同じであった。既製品の形象にに加工を加えなっかったからこそ、変換されたシニフィエ(意味)がより強調されて印象深く浮かび上がって、その時代を代表する美意識(価値観・モノの見方・コンセプト・概念)になった。こうして芸術は、未知の概念を発見し、芸術史を展開してきた。まだ、名前を持たなかったであろう「泉」を発表したとき、デュシャンがどこまで自覚的だったかわからないが、作り手と共に観客や批評家、研究者などと一緒に事後的に完成させられた作品であったともいえる。
その後、「泉」をめぐる論争の成果は、ジョセフ・コスースによって継承された。コスースは、作品の制作の前に概念(コンセプト)を明確にし、それに基づいて作品を作った。「コンセプトが最重要」という価値観は良かったが、この価値観=コンセプトに基づいて計画的に作品を作ると、レヴィ・ストロースのいう科学者、エンジニアの作り方になってしまい、既知の美意識=(価値観・コンセプト)をなぞる製品作成技術者になってしまい、見た目は洗練され解りやすいが、未知の価値観を探る創作家の制作法から遠ざかってしまう。最初にコンセプトありきというジョセフ・コスースの作品の作り方は解りやすいが、未知の構造=コンセプトの発見には結びつかない。コスースのコンセプチュアルアートは間も無く下火になったが、コンセプチュアルアートの良い点と悪い点を反省した上で、事後的に未知の美意識を浮かび上がらせようとする「ポストコンセプチュアルアート」は現在も展開されている。

(3)ブリコラージュの偶然性と見立て・ハイブリッド

ブリコラージュする時、あるもので間に合わせて使うしかないわけだから、残片を元の用途とは違う用い方をしないと製作が成立しない。残片を元の用途とは違う用い方をするということは《見立て》をすることであり、《シニフィエ》、つまり、ものの意味(用途・機能)を換えることである。ブリコラージュには残片の意味を換えて取り入れることと、それを他のものと組み合わせるハイブリッド機能があることをレヴィ・ストロースは気づいていたと思われる。
創作とは未知なるものを作る、発見するということだ。[思い付かない未知なるものをつくること]この矛盾したことを実現するためには、偶然ひらめく意味の変換(見立て)と思いがけず偶然出会ったもの同士のハイブリッドが必要だ。未知は、ブリコラージュのプロセスの中で、偶然の働きかけによって突然立ち現れる。
偶然とは、人間にとっては偶然であるかもしれないが、確率の問題でもあるのでいつかは出会うべきものであったが、たまたま、今この時がそのタイミングであったために出会ったことだと考えることができる。
残片は、作り手が意図して計画的に集めたものではないので、残片Aと残片φを組み合わせる(ハイブリッドする)と、それ自体思いもよらない組み合わせだが、更に残片A・φのシニフィエも変換させると、その作品(シーニュ)はシニフィアン(形象)・シニフィエ(意味内容)、両方の意味で創作(未知なるもの)を実現することが可能になる。
元々あった残片をAA'(シニフィアンをA、シニフィエをA'と仮定する。)とすると、シニフィエを換えられたAA'は、Abというものに変換されたとする。この場合、Aは変わらないので、見た目が同じであるからこそ、変換された意味のbが目立つ。芸術、美術の魅力は表面的形象の魅力もさることながら、ものの見方、それまで気づかれなかった未知の概念を認知させることにあると考えるので、変換された概念=意味(シニフィエ)であるbが強調されることは、わかりやすく伝わりやすくなるので重要だ。AA'であったものがAという既視感も残しつつ、今まで知らなかったAbが出来上がる。表面的にはAのままなので何も変わったように思えないが、知的、概念的にはA' がbになっているので、それまで知らなかったものに変化していることになる。更に、別な残片φと組み合わせる(ハイブリッドさせる)と、Ab・φφ’に変化することになる。シニフィアン的にはAはφとハイブリッドされた形に変容されたことになるが、シニフィエも更にb・φ’に変換され、未知の形象と概念の創作に繋がる可能性がある。

ブリコラージュは「既にあるものを取り入れる」という点においては、既視感や他の作品との連続性が生ずる。一方で、予めあった残片は必ずしも自分のコントロール下において集めたわけでも無く、無計画に集まってしまったものなので、思いがけない組み合わせが生じる可能性に満ちている。ブリコラージュの語源であるブリコレという動詞に「非本来的な偶発運動」という意味があるとレヴィ・ストロースが示した通り、ブリコラージュには、偶発性という要素が含まれている。したがって、ブリコラージュすることによって、偶発性に出会い、予想外の発見、気づきに出会えるチャンスが訪れる。このことが、物的ブリコラージュで未知との出会いにつながる。創作とは今までに見たことがないものや、知らなかったものを、つくったり発見することだが、材料は、今ここにある残片、断片でつくるしかない。当然のことだが、無いものは使えないからだ。無から有は生み出せないので、既にあるもので未知のものをつくるという、矛盾を抱えた制作方法だが、ブリコラージュは創作に向かう可能性に開かれていると考える。ブリコラージュには、残片の引用・模倣により表面(あるいは過去の作品の一部)はそのまま残し、間に合わせによる偶然性の介入と共に、意味を換えて取り入れ、それに変形も加え、さらに、他の残片も加えてハイブリッドすることで、結果として出来上がる制作物は、今までに見たことが無いものだったり、それまで気づかなかった《世界の構造、世界のものの見方、概念、コンセプト、意味》が込められる。このことが、物的創作であり、未知の概念の発見に結びつく知的創作になる。
いわゆる日曜大工人(ブリコルール)が、在るもので間に合わせて犬小屋を作る場合、残片で作るしか無いので、残片の元のシニフィエ(意味)とは違う用い方(例えば、元はお皿の欠片だったものを壁のマチエールの一部として使うなど)をして、継ぎ接ぎして作ることになる。見た目として犬小屋らしからぬものが出来たとしても、犬小屋として使えるものならば、シニフィエの変換はなされていないので、物的ブリコラージュの日用品にはなるが、知的創作物にはならない。プロの職人や技術者が犬小屋を製作するときは、事前にしっかりとした構造(コンセプト)に基づいた完成形のイメージ(図面も含めて)を明確に持ち、それに則って、ふさわしい製作手順が決定され、材料集めが行われ、計画的に進める。この結果、見た目も機能的にも破綻の無い素晴らしいものは出来上がると思うが、既に、人々に共有されている美意識、価値観、コンセプト、機能性を満たしているものなので、物的・知的どちらの意味でも創作にはならない。

4.ブリコラージュと創作b

ブリコラージュは偶然性と共に見立てとハイブリッド、変形の要素があることによって、未知の物的・知的創作品の制作に結びつきやすいことがわかった。概念=意味を換えることは難しいことのようですが、そうではなく、我々が普段からしている《見立て》をすることだと考えると容易なことだ。意味=概念の変換である《見立て》は《見立て遊び》として幼児教育の世界ではよく行われており、生活の中で自然に楽しんでいます。破った新聞紙を手に持って、お魚に見立てたり、蝶に見立ててヒラヒラ揺らしてみたり、放り上げて雪に見立てたと思ったら、床に落ちたそれは、即、落ち葉に見立てたりします。このように、見た目(シニフィアン)は新聞紙のままなのに、意味(シニフィエ)を換えて遊ぶ。手元の限りあるもので、今をより豊かに過ごすために、かつて味わった《雨》の認識をより確かなものにするために、人間は、幼児ばかりで無く、野生の時代の古代の大人から現代の大人に至るまで《見立て》をして、脳の中で様々、イメージをし、楽しみつつ効率的に自然や世界を認識したり、同時に表現もしてきた。幼児教育学科の学生も《見立て遊び》をしたとき、別なシニフィエ=意味が閃くと、喜びに溢れた嬉しそうな表情になります。《見立て遊び》=《象徴遊び》は、幼児だけでは無く大人である学生にとっても楽しい活動のようです。ひらめき、思いつき、偶然性の作用のある《見立て》の機能が含まれるブリコラージュは未知の価値観や、作品の創作を可能たらしめる。他の別な意味の発見は「未知の意味の発見」につながる。
ブリコラージュが『野生の思考』法だということは、文化や教育によって後天的に獲得する思考法ではなく、つまり、人類にとって生得的な方法だといえる。ブリコラージュは古代の人々も、現代の幼児や学生、大人も楽しむことのできる普遍的な思考法であり、創作法だ。レヴィ・ストロースは、ブリコラージュによって作品を作り、完成後に《構造を作る》と述べている。ブリコラージュという創作法は、偶然の出会いという確率に支配されてはいるが、思いがけない構造=概念に変換させる可能性があることを、示唆している。このことを「ブリコラージュは偶然性が介入しやすく、シニフィエ(意味)の変換=《見立て》が必然的に行われ本来無関係な残片がハイブリッドされ、変形も加わり、既知の思考から外れた未知の概念の発見に向いている。」と、私は受け止め、誤読、N次創作して解釈する。つまり、ブリコラージュは物的・知的創作法として有効な方法であると考える。これからも、私の考えが正しいのかどうか、当事者研究を進めていきたい。

5.私の作品紹介

①デジタル作品「モナリザとブルーシートと」
②デジタル作品「ブルーシートとひまわりと」
③デジタル作品「たんぽぽと信号と」


④デジタル作品「たんぽぽと車と」


⑤デジタル作品「綿毛と機関車と」


⑥デジタル作品「犬とスクリブルと」


⑦デジタル作品「ひまわりと水鉄砲と」


⑧「いつか見たかった」2913  材料…梱包資材、ハエたたき、毛糸、マジックボールなど
サイズ…3m×3m×1.3m(可変)


⑨「残片に聞く:o・b・p・s」2016   材料…オブラートの空箱、ブックスタンド、プラモデルのエレメントを固定する枠、シールなど  サイズ…0.3m×0.6m×0.2m



⑩「残片に聞く:s・g・k・r・a・h」2016  材料:そり、ガチャガチャの空き容器、仮入れ歯、ロート、空き缶、針金など  サイズ:0.43mx1.7mx0.3m



ⅺ.「残片に聞く:私の中の複数」2016   ※展示2日前に友人が持ってきてくれた不用品(残り物)と自分が準備した残片で作成   サイズ:2.7mx1.8mx0.6m




ⅻ.「bricolage-β/2016-7」 材料:段ボール紙、巻尺、パッキン材料、買い物袋の切れ端、アクリル絵の具など     サイズ:0.4mx1.6mx2m




13.「bricolageーβ  2019〜2022ーPi」 サイズ:0.6mx0.34mx0.1m    材料:木製蓋、ポリバケツ蓋、パッキン材料、銅線、アルミ線、アクリル絵の具など




14.「bricolage-β  2022 okl-1」サイズ:0.37mx0.46mx0.1m 材料:海岸に流れ着いた木・石・ガラス・プラスチック・網など




14を右アングルから見たもの



15.「bricolage-β  2022 okl-2」 サイズ:0.1mx0.27mx0.04m   材料:海岸に流れ着いた木・プラスチック・ガラス、アクリル絵の具など


これらの私の作品に、未知のコンセプトが内包されているのかどうか分からないのですが(今の時点でコンセプトは発見できていません)、ブリコラージューβ (bricolage-β)の制作法をしばらく続けていきたいと思っています。


6.ブリコラージューβ (bricolage-β)宣言


レヴィ・ストロースの『野生の思考』のブリコラージュは、未開地の人々や日曜大工人にだけ有効な思考法というだけで無く、人間の身体に生得的に内在されている思考法だ。学習も教育もまだ受けていない二、三歳ころ、幼児は目の前にあるものを様々なものに見立て、ごっこ遊びを展開し世界の認識をより確かなものにしたり、あり得べきもう一つの未来を想像し、いつかその世界にいくことを妄想したり、脳内で遊ぶことを楽しみながら過ごす。この見立て遊びは、二、三歳児ばかりがしているわけではなく、成人になっても幼児と同様、より世界の認識を深めるためにオルタナティブな世界を想像し、日常の生活に楽しみと豊かさをもたらす。古来から、人類はブリコラージュにより残片のシニフィエを変換し、別なものに見立て、それら同士や他のものと組み合わせ、変形も加えて製作してきた。出来上がったものが、既知の意味を持っている場合は、辞書通りの日曜大工という意味でのブリコラージュだ。幼児や普通の人は目の前のものを別なものに見立てる時、既知のもの(蝶やお魚など)に見立てて遊ぶ。ふさわしい材料が何かもわからず、設計図はもちろん無く、手順も決まっていない。目の前にある残片を使って手探りで作り進める他ない。目の前の材料で間に合わせるしかないので、残片のシニフィエ(記号内容・意味)を別な何かに見立てながら、それらを組み合わせて製作を展開する。シニフィアン(記号表現・形象)はそのままだが、シニフィエが変わったものになるので、それまでのものとは違った何かに成り得る。創作者は目の前のものを、別な何かに見立てて未知に向かうところが、既知のものに見立てる日曜大工とは違うところだ。合理的な思考だけで無く、確立的にいつか出会える偶然性を生かさなければいつまで経っても、既知のものを洗練させるだけの表現になり、創作にはならない。未知の概念の発見につながる創作は、初めてそれをその瞬間に体験していることになるので、素人=ブリコルールによってしか実現し得ないと考える。頭の中で思考しているだけでは、偶然性が介入しにくく、既知のアイデアしか思い浮かばないので未知のものを探る創作にはふさわしくない。実際に、身体を動かし、ブリコラージュしながら考えると、偶然のひらめきに出会う可能性が生ずるので、オルタナティブな意味の発見やシニフィエの変換(ものの見方の変換)の機会に巡り合い、それまで思いつかなかった未知の概念の発見に近づく可能性が高くなる。このことが創作につながる。ブリコラージュには偶然手元にあった残片のサンプリングと見立て、それらのハイブリッド、さらに、変形も加えて、なにがしかの既視感も残しつつ、それまでの合理的理性的思考だけでは突破できない既知の概念を、越えることが可能になる。

《ブリコラージューβ(bricolage-β)宣言
レヴィ・ストロースは、神話は知的ブリコラージュによって語り継がれてきたと述べた。文学も《引用の織物》の結果だとロラン・バルトは述べた。《引用の織物》もその構造は知的ブリコラージュと同じだ。既存の文章の断片をサンプリングし、編集して、組み合わせて文学もつくられるということだ。この様に、古代から、近代・現代においても文学、美術、さらに音楽においても、物的・知的ブリコラージュによって芸術はN次創作されてきた。N次創作もブリコラージュの構造と同じで、既にあるものに対して、シニフィアンの変形やシニフィエの変換をしたり、別なものをハイブリッドする。創作とは、すべてブリコラージュの構造、方法でN次創作されるもののことをいう。
私は、「未知に出会うために、偶然性の影響下で見立て(シニフィエの変換)、変形(シニフィアンの変形)、組み合わせ(ハイブリッド)る機能があるブリコラージュは、創作の方法としてふさわしい。」と考えている。これを、日曜大工仕事としてのブリコラージュと区別して《ブリコラージューβ(bricolage-β)》と名付けます。
未知の表現・構造(価値観、物の考え方、意味、概念、コンセプト、世界の仕組み)の発見(物的・知的創作すること)に立ち会うためには、《ブリコラージューβ(bricolage-β)》の方法で制作することが有効だと考えます。

              了



参考・引用文献   ※本文中の【 】内は、引用部分。
●鬼丸吉弘  『原初の造形思考』(1985)勁草書房
●鬼丸吉弘 『児童画のロゴス』 (1981)勁草書房
●林達夫   『林達夫芸術論集 (2009)』高橋英夫編 講談社文庫
●坂口安吾   『日本文化私観』 (1996)講談社文庫
●池田満寿夫   『模倣と創造』 (1978)中公文庫
●大江健三郎   雑誌『波』(1996.5)  「小説家としての人生」所収 新潮社
●柄谷行人    『批評とポストモダン』(1986)福武書店
●安藤忠雄  雑誌『BT:ダイアローグ 建築・アート・社会』所収(1999.7) 美術出版社
●東浩紀 『動物化するポストモダン オタクからみた日本社会』(2001)   講談社現代新書
●東浩紀 『一般意志2.0』(2001)    講談社
●濱野智史 『アーキテクチャーの生態系 情報環境はいかに設計されてきたか』(2008)  NTT出版
●ドミニク・チェン   『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック クリエイティブ・コモンズによる創造の循環』(2012)  フィルムアート社
●椹木野衣 『シュミレーショニズム・ミュージックと盗用芸術』(1991)   洋泉社
●アリストテレス 『世界の名著8 アリストテレス』(1979)   責任編集田中美知太郎 藤沢令夫訳 中央公論社
●ジル・ドゥルーズ 『差異と反復』(1992)  財津 理訳 河出書房新社
●ミゲル・アプローMiguel Abreu  他『ザ・メディウム・オブ・コンティンジェンシー』(
2014)   笠原ちあき 安崎玲子・杉山雄規訳 (有)カイカイキキ
●佐藤啓介 『オリジナルな起源 W・デービスの「イメージ・メイキングの起源」論が問いかけるもの』(2016)   「現代思想5月号」所収 青土社
●スティーブン・シャビロSteven Shaviro  『モノたちの宇宙 思弁的実在論とは何か』(2016)   上野俊哉訳 河出書房新社
●藤田一美 「ミメーシスとポイエーシス」(1986)『新岩波講座 哲学13超越と創造』所収 岩波書店
●平芳幸浩 『マルセル・デュシャンとは何か』(2018)    河出書房新社
●橋爪大三郎 『はじめての構造主義』(1998)    講談社現代新書


〜敬意を込めて、好きだったり、影響を受けた作家の名前を挙げます。
ゴッホ(van Gogh)
ボッチチェルリ(Botticelli)
梅原龍三郎
ジャスパー・ジョーンズ(Jasper Johns)
ラウシェンバーグ(Rauschenberg)
ウォーホール(Warhol)
フランク・ステラ(Frank Stella)
郭仁植
サイ・トゥンブリ(Cy Twombly)
 クリストとジャンヌ・クロード(Christo & Jeanne-Claude)
大竹伸朗
デュシャン(Duchamp)
千利休
ジェフ・クーンズ(Jeff Koons)
川俣正
村上隆
会田誠
Mr.
佐々木徹
下岡孝之
金氏徹平
梅田哲也
堀尾寛太
保坂和志 








この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?