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(終)コロナ騒動真っ最中に出産した父母から、わが子に伝えたいこと

ついさきほど、妻と我が子がようやく家に帰ってきた。
心配をかけまいと家族以外にはあまり言っていなかったが、実は出産後に妻は命に危険がある状態にまで陥った。

ようやく落ち着いた今、事の顛末を夫視点で残しておきたいと思う。
すべては将来、この子に笑い話として話せる時が来たら嬉しい。

ちなみにこれまでの経緯は下記にまとめている。

 出産を間近に控えた夫婦から、コロナが奪っていったもの
(続)出産を間近に控えた夫婦に、コロナが気づかせてくれたもの

朝ごはんと破水

「破水したかも」

ちょうど朝ごはんの準備をしていた頃だった。時刻は8時30過ぎ。
食卓に座った瞬間に、尿ではない何かが突然出た気がするという。

「とりあえず朝ごはん食べよう。今月分の駐車場代も今日中に払わないと」

予定日まではあと10日以上ある。
なんとなくまだ妻も破水かどうかわからず、意外とのんびりしていた。

それでもやっぱりどんどん流れ出てくるものがあり、産院に電話。すぐに来てくださいということになった。
そういえばと、炊飯器に残っていた炊き込みご飯をおにぎりにして、これからの長期戦に備えて荷物に詰める。

途中で忘れないように駐車場代の支払いに立ち寄った。
何となく、破水して産院に向かう途中であることは心配をおかけしそうで言えなかった。

車の時計は9時を少し過ぎていた。

「あ、家にあるバナナも持ってくればよかったね。忘れてた」

旦那さんはいったん家でお待ちください

着いて妻はすぐに検診となったが、まだ陣痛段階ではなく元気そうだったし、初産ということもあり時間もかかるだろうということで、夫である私はいったん帰宅することとなった。

コロナの影響で夫は産院の中には入れず、出産立会いも極力短時間とするために陣痛が始まってからしか付き添えないからだ。

妻のそばにいてあげたいが仕方ない、いったん帰宅しよう。
夕方くらいになるかもな、帰ったらいったんシャワーを浴びようかな。

ちょうど帰ってきて車のエンジンを切ったところだった。

「思ってたより早いかもしれない。戻ってきて!」

え?もう?どういう状況?
わからないが行くしかない。

とりあえず落ち着いて、再び車のエンジンをかけた。
往復40分の距離を急いで戻る。

「あ、バナナ持っていかないと」

この時点で10時が過ぎていた。

陣痛がはじまった、夫は外に出された

40分ぶりに再会した妻は、助産師さんにお尻と腰を押されながら、すでに辛そうにしていた。助産師さんにやり方を教わって、妻の陣痛にあわせてお尻と腰を押してあげる。

息を吐くのに合わせて押す。息を吸う。息を吐くのに合わせて押す。息を吸う。息を吐くのに合わせて押す。息を吸う。息を吐くのに合わせて押す。息を吸う。息を吐くのに合わせて押す。息を吸う。息を吐くのに合わせて押す。エンドレス。

だんだんと陣痛間隔が10分を切ってくる。8分、7分、6分。

「いたいいたいいたーーい、ちょっと助産師さんと代わって!!」

もう素人がいくら押しても効果がない。前に回って手を握る。
そして子宮口の開きを確認するからと、陣痛室から出て廊下で待つように言われる。

ただ廊下で妻の叫びを聞きながら、祈っていた。

そのまま隣の分娩室へと入っていった様子の妻。何が起きているかあまりわからない私。
出産立会いはできると言われているけど、中はどういう状況だろう?

この頃おそらく11時過ぎ。時間があっという間にすぎる。

結局立会いはできなかったけど、無事に誕生

慌ただしく駆け回る助産師さんと、じっと待っているわたし。
ときどき開く扉の向こうから、妻の壮絶な叫び声が聞こえてくる。走り回る助産師さんが扉を開けて出てくる度に、音に反応して顔をあげる。その繰り返し。

「ちょっと赤ちゃんが途中でつっかえちゃったから、吸引分娩をします。申し訳ないけど立会いはできません。」

え?どういう状況?本当にわからない。
予想外のことしか起こらない。
わからないがとにかく無事でいてくれ。

再び走り回る助産師さんが扉を開けて出てくる度に、音に反応して顔をあげる。その繰り返し。

ちょうど昼も近づいてきて、今度は調理師さんが他の部屋にお昼ご飯を運び出した。
その扉の音にも反応し、無意識にその姿も目で追いかけていた時、何かが聞こえた。

「、、、、エー、、、フエー、、フエーーー!!フエーーー!!」

ん?これ赤ちゃんの泣き声?
ん?入院している他の子の泣き声?
え?うちの子?生まれた?え?どういう状況?

「あ、旦那さんに伝えないと!」

助産師さんの声が聞こえてわかった、あ、うちの子生まれたんだ。
調理師さんを見てた内に第一声は聞き逃した気がする。

4/25、11:58分誕生。2550gの女の子。
破水から約3時間、陣痛が始まってから2時間1分という早さだった。

束の間の安堵感に包まれる

「旦那さん、こちらへどうぞ」

赤ちゃんの体を拭いたりしている助産師さんの横に連れていってくれた。
妻はまだ胎盤が出てくるまで分娩室に入ったままなので会えていない。

「元気な女の子ですよ〜!」

そこではじめて見たわが子は、小さくて、赤くて、小さくて、しわしわで、小さくて、でももう何よりも愛おしかった。
言葉では表せない感情。

体重や身長をはかられ、泣きわめき、なにかの目薬を差され、帽子をかぶせられ、オムツをはかされ、泣きわめき、途中でおしっこをしてしまい、オムツを交換され、服を着させられるわが子。

一部始終を見ながら、たくさんシャッターを切った。
この姿をあとで妻にも見せてあげたい。

もろもろが終わると、赤ちゃんを抱っこさせてくれた。
はじめて触れるわが子。
軽すぎて、小さすぎて、本当によくわからない感情だった。

「生きている」というだけで感謝が芽生える、はじめての感情だった。

わが子を抱っこしたまま、ようやく分娩室に入れることになった。
本当に頑張った妻と、赤ちゃんと、3人での初めての時間。

心からのお疲れ様を伝え、心からの感謝を伝え、妻の笑顔とわが子の寝顔に安堵する。
3人の写真を撮ったり、出てきた胎盤を見せてもらったり。

そうだ、家族に無事出産の報告をないと。
急展開すぎて朝の破水から何も伝えていなかったので、いきなり生まれた報告はきっと驚くだろうな。

突然、気持ち悪さを訴えはじめた妻

「お腹すいたな〜」

もう1時を過ぎている。妻にお茶を飲ませ、バナナを食べさせる。
まだまだとても痛いようで、自力ではほとんど動けない妻。
助産師さんと先生が入れ替わり立ち替わりで妻の術後の経過を見にきてくれる。

赤ちゃんが途中でつっかえた際に、心拍がだんだん低下したきたこと。
そのため一刻も早く出してあげる必要が生じたこと。
そして吸引分娩という、赤ちゃんを引っ張り出すような方法をとったこと。

ここの方達は本当に優しく、丁寧に色々対応してくださる。
とにもかくにも無事に取り上げてくださったことに感謝を伝える。

「なんかちょっと気持ち悪いかもしれない」

急に吐き気を訴える妻。とっさにビニール袋を口に当てながら、ナールコールを押す。
出血の具合を確認するからと、再び外に出される。

大丈夫、きっとちょっとした貧血とかだろう。
わが子と一緒に外で待つ。時計はすでに2時を過ぎている。

血のついたマスク

そこから30分ほど待った。
助産師さんたちもそわそわし出した。

「あれ、先生の診察まだ終わってない?」

出産時ほどではないが、再び分娩室から聞こえる妻の叫び声。
え?どういう状況?もう生まれたのに?
何が起きているのか。

出てきた先生のマスクに血が飛び散っていた。

「吸引分娩した際に、膣の奥で裂けてしまった箇所がありました」
「とりあえず出血をとめるために縫合したので大丈夫だと思います」

そんなことが起きていたのか。
一山超えたと思ったら、また一山。
でも、これで終わりではなかった。

残りのバナナと、先生のあわてた顔

再び術後の経過を見るため、しばらく安静になった妻。
とりあえず分娩室に入れるようにはなったので、赤ちゃんは助産師さんに預け、妻とふたりで部屋で過ごす。
最後の採血をし、さすがにもう大丈夫だろうという空気が流れている。

「やっと楽になってきた〜」

さきほどまではずっと出血し続けていたのだろう、ようやく元気そうになってきた妻。
一気にお腹もすいてきたようで、さきほど2口しか食べれなかったバナナの残りを食べる。
持ってきた炊き込みご飯おにぎりにもようやく手を付ける。

時間は3時過ぎ。わたしもさすがにお腹が空いて、一緒におにぎりを食べる。
コロナ対策でずっとマスクをしていた手前、何となく助産師さんも来る部屋でマスクを外して食べるのに気が引けていたのだ。
でもわたしまで倒れたら元も子もない。

「このご飯、冷めても美味しいね」

そこに、先生が血相を変えて入ってきた。

救急車で運ばれていった妻をただ見送るしかなかった

「採血の結果、出血量が多すぎます。約2000mlの出血、血中ヘモグロビン濃度が3.5しかありません」

ん?ヘモグロビン?聞いたことはあるけど?
わからないわたしの隣で、もともと看護師の妻はその数値を聞いて絶句した。

「命の危険があります。今すぐ輸血が必要ですが、うちでは輸血の設備がありません。」
「近くの大きな病院に連絡して、救急搬送します」

え?どういう状況?命?
え?救急車を呼ぶ?そんなにやばいの?

今日はよくわからないことが多過ぎてもう驚けなくなってきていた。

そして到着する救急隊員、担架にのせられる妻。
ただただ呆然と見守るわたし。

「旦那さんは荷物を持って、病院に車で向かってください」

急いで荷物をまとめ、救急車の妻を見送り、自分も車で搬送先の病院に向かう。
Google mapで場所を調べ、だんだんと状況を理解して冷や汗がたくさん出てくる。

え?赤ちゃんは無事に生まれたのに、妻のほうが危ないって本当にそういうことあるの?
とにかくなんとか助けてください。

そのまま緊急入院へ

緊急搬送先の病院で色々検査を受ける妻。色々書類を書かされるわたし。
輸血の危険性や副作用の説明の同意書を書き、他にもとにかくたくさん書かされた。

正直このときの記憶があまりないが、助けてほしい一心だった。
印鑑は車に置いてきてしまったので、全部人差し指で拇印を押した。

思ったよりヘモグロビンの数値はすでに回復していて、産後からずっと入れていた点滴で血液が薄まっていたことが原因かもしれないとのことだったが、2000mlの出血には変わりないのでやはり輸血することとなった。
副作用などよくわからないが仕方ない。

「すみませんが面会は短時間でお願いします」

ここでもコロナ。でも会えるだけまだマシ。
そのまま入院することとなり、荷物を部屋に運ぶ一瞬だけ妻に面会ができた。
とても顔が白くなっている。心配だが長居はできない。

これから輸血というところでとりあえず家に帰る。
もうすぐ家に着くというところで再びもとの産院のほうから連絡が。

「出生届早めに必要ですよね?用意ができています」

4/27までに出生届が提出できれば、コロナ給付金の10万円がもらえるはず。
コロナの影響はこんなところにも及んでいる。でも貰えるものはもらっておこう。

ふたたび産院に戻った。そして家路につく。
今日は何度この道を往復しただろうか?

家に帰ると、時刻は6時30分過ぎ。
朝家を出てから、9時間以上が過ぎていた。

この日はとても疲れていたが、なかなか寝れなかった。

3人離れ離れの時間

夜の間に妻は無事輸血を終え、何事もなく回復しているようであった。
とりあえず一安心。

産院に残されたわが子、搬送先に入院している妻、家で待機しているわたし。
家族バラバラで過ごすのは寂しかったが、妻は回復したらすぐ産院に戻れる予定。
わたしは2人の退院までは面会ができない。それぞれの時間を過ごす。

そうこうしている内に、まずは妻がもとの産院に戻れることになった。
体の中を縫っているので、動くだけで激痛が走るらしい。

入院先に迎えに行き、再び荷物をまとめ、予想外に高くついた緊急入院費を支払い、妻を乗せてもとの産院に。
わたしはまだ赤ちゃんには会えない。でも妻は先に赤ちゃんに会えた。

その様子をテレビ電話で見せてくれるだけでとても可愛かった。
産後の傷ついた体で、おむつ交換やミルク、寝かしつけ方や沐浴の仕方などを覚えてくる妻。
出生届などを出し、部屋を片付け、赤ちゃん布団を敷き、車にチャイルドシートをつけるわたし。

ちなみにこういう時小さい町だと、役場の人もほとんど知っているのでみんなして生まれたことを喜んでくれて素直に嬉しい。もうみんなにわが子の名前は浸透したようだ。

そうして出産から5日後、妻とわが子が退院した。
ようやく3人の暮らしがはじまった。ここからがやっとスタートだ。

「ただそこにいる」というかけがえのない価値

とりあえず、今回の話はここまで。
3人暮らしになってからのバタバタは、また機会があれば書くかもしれないし、もう書かないかもしれない。

とにかく妻の頑張りと、赤ちゃんの頑張りと、それを忘れないようにここに記しておきたかっただけである。

そいういえばあらためて写真を見返してみると、生まれた直後のわが子は頭がとても長い。

「吸引されたんだね笑」

吸引分娩がどんな装置を使ってどんな方法で行われるのかはわからないが、すべてが可愛いと思える。

赤ちゃんは、生まれてきただけで、ただ生きているだけで本当に嬉しい。
妻も、その命があるだけで、そこにいてくれるだけで本当に嬉しい。

もうそれ以外なにもいらないと思う。
いつか将来わが子に、お母ちゃんが命がけで産んだんだという話を伝えたいと思うし、妻にも感謝を伝え続けたい。

「生きていてくれる」ことにありがとう。
「ただそこにいてくれる」ことにありがとう。
2人は、わたしの宝物です。

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