見出し画像

連載『あの頃を思い出す』

   10. あの頃を思い出す・・・6

「あんたって人は…!」
「もうくだらない話はやめてね。なにより、あなたたちの母親、また泣き喚くことになるわよ」
 嵐のような言葉を放って、深雪(みゆき)はその場を後にした。
「は…っ。なんだったんだ今のは。なんだったんだ俺の人生」
 額に手を当て、あふれ出る熱いものを止めることもできずに瀬谷は、力なくその場に崩れ落ちた。

「尚季(ひさき)さ~ん」
 返却図書の整理をする尚季をありさが呼び止め、振り返る尚季に無言で微笑み、胸の前で後方を指さして見せた。
「え?」
 どうしたの…と、ありさの後方に目を向けると、
「瀬谷くん…」
 意気消沈している姿が目に入る。
「わたし、ここやりますんで…。休憩でいいと思います」
 このところの尚季の様子を汲んでか、気を遣ったつもりのありさの言動もどことなく頼りない。
「ありがとう」
 尚季が瀬谷に会うのは、朋李の出産の日以来だった。
 ふたりは図書館を出、どちらともなく自然に、公園の方に足を進めた。
「久しぶりね」
 一方的に別れを告げてそれきりだっただけに、あとの言葉が続かない。
「おねぇさんは、無事に…?」
 瀬谷にとっては、動転していたとはいえ女々しく逃げるように立ち去ったことに言い訳もない。
「えぇ。おかげさまで…元気な男の子が生まれたわ。ぁ、あの日は、せっかく送ってくれたのにお礼もろくにできなくて…」
 あの日告げた言葉が、瀬谷の中でどう解釈されているのか、怒りをぶつけられることも覚悟していた尚季は、いつも通りの瀬谷の態度に困惑する。自分がどんな顔をしているのか、明らかに動揺していながらどうしようもない尚季は、いつもより饒舌とも思えるほど早口になってしまった。
「いいんだ、尚季さん。無理に話さなくても…」
「あ。あぁ、そうよね。ごめんなさい」
「謝らないで。こっちの方が充分失礼な態度だったって思う。ごめん」
「そんな」
(あなたが謝ることじゃない…軽蔑されても仕方ないのに)
「どこまでも、優しいのね」
「やめてくれ。今は責められているようで…」
「責められるのはわたしの方…」
「違う。違うんだ、尚季さん…」
 そう言って瀬谷は顔をゆがめて俯いた。
「なにか、あったの?」
 恐る恐る尋ねる尚季に、瀬谷は悲痛な顔を持ち上げ、静かに「そうかな」と答えた。
「瀬谷くん?」

いつもお読みいただきありがとうございます とにかく今は、やり遂げることを目標にしています ご意見、ご感想などいただけましたら幸いです