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恋愛体質:date

『砂羽と重音』


2.ambush

「おまえ、携帯番号変わってねーのな」
柱の陰からぬっと、まさにぬ~っと姿を現したのは高校時代の元カレ鷺沢さぎさわ重音かさねである。
「なんなの急に。あたしたち、今さら待ち合わせするような仲でもないよね」
呼び出されることにまったく身に覚えのない砂羽さわは、実にめんどくさそうに答えた。
「待ち合わせしないでどうやって会うんだよ」
それはごもっともではあるが、そんなやり取りさえ今は煩わしい。

「相変わらず朝は機嫌わりぃんだな」
「そんなこと懐かしんでる暇ないんだけど」
今は朝の8時半で夜勤明け、当然眠くてお腹が空いている砂羽は機嫌が悪い…以前の問題。
「で、なんの用?」
「ここではちょっと」
「はぁ!?」
この期に及んで出し惜しみとは、なんの嫌がらせかと目を見張る。

「まぁそう露骨に嫌がるな。奢るから」
「えぇ!?」
昔も今も、その言葉には弱い砂羽。つい口元が歪んでしまう。

「はい。存分にどうぞ。なんか話があるんでしょ」
モーニングにパンの食べ放題がついているカフェで、目の前にありとあらゆる種類の総菜パンを並べた砂羽は早口に言い放った。
「相変わらずだな」
すぐにかぶりつく豪快な姿に苦笑いの重音の目の前には、クロワッサンとコーヒーのみがポツリと置かれている。
「食べないの? これから仕事でしょ」
ミルクボックスに手を伸ばし、自分とは正反対の構えの重音を訝しむ。
「オレは朝は」
食べないの、、、、、。そっちも相変わらずなんだ」
そういって重音の目の前の皿に手を伸ばしクロワッサンをつかみ取る砂羽。
「おい!」
「食べないんでしょー。ぐずぐずしてると食べ終わっちゃうよ」
つまりは「さっさと帰るよ」と言いたい。

「まぁあれだ。こないだのBBQは楽しかったな」
「そうね。だから?」
「なんだ、おまえはその…あそこにいただれかと付き合うつもりなのか」
「それはない。そんなこと聞きに来たの? 今さら」
と、そこで歯切れの悪い態度に不信を抱く。
「まさか、あんた」
目を細め、今さら「よりを戻す」などという暴言を吐くのかと身構える。
「あぁないない。おまえの想像してるようなことは」
軽く手を振って苦笑いする元カレは、いつもの横柄な態度とは打って変わって様子がおかしい。
「だよね? 脅かさないでよ、心臓に悪いわ。てか、BBQで顔合わせるだけでも鬱陶しいのに、和音かずねちゃんまで連れてきてなんの嫌がらせかと思ったわ」
「あぁそれは悪かった。タイミングが悪くてな、あんな始末だ」
「相変わらず妹のシモベやってんだ」
わざわざそれを謝るために呼び出したのか…と、呆れつつ、
「そう言うな」
妙に口ごもる重音をしげしげと見据える。

「やだ!」
砂羽は大げさに口元に手を当て、取りこぼしそうになるパンを口元に押し込み、
「まさかっ」
「な、なんだよ。きたねーな」
「あんた、」
そう言って口を拭い、パンを飲み込み、
「恋してる!?」
続けざまに言い放ったあと堪えきれずに噴出した。
「あっはっは。まぢで?」
思わず顔をしかめる。

「う、うるせぇ。わりーかよ」
「ぅぅん。悪くない。悪くないよ、あんた。かわいいよ」
いいながら口元を必死で隠すが、隠れていない目は思いっきり笑っている。
「おい!」
「あぁごめん。ごめん」
久々に笑ったわ~と咳き込みそうになり、ストローを使わずアイスラテを流し込む。

「で、だれよ。雅水? 桃子とうこ? それとも妹のギャラリー…はさすがにないか」
となると、雅水か桃子のどちらかだが。しかし。
「いい歳して、あたしにワンクッションおく話でもなくない?」
ふとBBQ当日の行動を振り返る。

今思い出しても印象深いのは、妙に雅水に絡んでいた元ホストの同僚唯十ゆいとの行動だった。
(そう言えば3人同時に席を立った)
そんな瞬間があった。
「まさか、あんた!」
眉根を寄せ睨みを利かせる砂羽に、重音はふいと顔を逸らし口元を覆って小さく答えた。

「…キス、した」
「えっだれに」
てっきりトイレに立った間に雅水となにかあったのかと想像したが、その前に買い出しに出掛けていたことを思い返す。
「シートベルト!」
勢いで立ち上がろうとしてテーブルに膝を打つ。
「いった…」

「落ち着けよ」
「落ち着けない! 落ち着けるわけないじゃない、あんたサイテー」
元ホストである友也ともなりの車のシートベルトの仕掛けを聞き、帰りしなの桃子にそんな不作法は「ない」と、あの日否定してやった自分を恨んだ。
「面目ない。つい」
「つい? バカなの。てか、子どもか!?」
「いいわけはしない」
「当たり前だ」
呼び出された理由をここで知る。
「それでワンクッション」

砂羽は大きなため息をつき「桃子が好き」と、独り言のようにつぶやく。
その問いに重音は無言で答える。
「それで食事も喉が通らないと」
重音の目の前を顎でしゃくって見せる砂羽。
「そういうわけじゃ」
「あぁでも」
あの日、自分になにも言ってこなかった桃子を思うと、
「トーコ、怖がってるかも」
と、想像する砂羽。
「やっぱり」
重音はあからさまに肩を落とした。



1.couple MANZAI  3.sister-in-law




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