見出し画像

プリンセスの赤い糸

【行き会ひ】


「今度の日曜だけど…なにか予定あった?」
「なに?」
「久しぶりにあいつら、、、、の様子でも見てこようかと思って」
「…あぁ」

あいつら…といって思い浮かぶのは、自分たちと同じようにいぬいの血を引いていながら、屋敷を出て暮らす子どもたちのことだ。つまり彼らは、歩多可ほたか由菜歩ゆなほと同じ「腹違い」の兄弟姉妹ということになる。

歩稀ほまれのサッカーの試合があるんだ」
「へぇ…相変わらずマメねーあんた」

しかも歩稀は、齢10歳でありながら、歩多可同様家督候補のひとりであった。
母親は、子どもたちに自分の姓を名乗らせ、乾の家と縁を切ったつもりで屋敷を出ているようだが、母子家庭ということもあり、一族からなんらかの援助を受けている。歩多可同様、家督候補であるという持参金付きで。尤もそれを使うも使わないも、彼らの勝手ではある。
だが、乾家にとって「家督候補」はそれだけ希少な存在だということが解る。

実際、たとえ乾の正当な血統であっても、一歩外に出れば「乾」を名乗りたがる人間などそうはいない。なぜなら乾を羨む傍ら、恨みを持つ人間は全国に散らばる乾の子孫以上に存在しているだろうし、その名をしょっているだけでなにかと取り沙汰されやすい。所在を公にできない家系に、自ら噂の的になろうなどという者はいない。そのために戸籍を書き換えてまで身をひそめて暮らすことは、乾の者なら珍しくないことだった。

「どうする? しばらく会ってないだろ」
歩多可は本当にこまめに家督候補の家族に会っている。幼い彼らを守るつもりでいるのだろうが、

「考えとく」
由菜歩はあまり、それを快くは思っていなかった。なぜなら、自分の母親と同じ(正妻ではない)立場でありながら、逃げおおせた彼らの母親を信用してはいないからだ。それに、自分の息子と同じ家督候補である歩多可を、その母親が「穏やかな気持ちではいられない」はず…と疑っているからだ。


「歩多可くん。いつも悪いわね~」
風そよぐ河川敷沿いの運動場を遠めに、涼やかに日傘をさして眺める女性。それが乾のもうひとりの愛人であり、自分たちの腹違いの子等の母親だ。

「お互いさまだろ」
なにか心づもりがあってのことか、あるいは本当になにも考えてはいないのか、その笑顔からは読み取れない歩多可の行動は、本来なら脅威であった。

「そうはいってもね」
「なんだよ、水臭い」
「だって。…相変わらず、嫌われてるのかなユナちゃんには」
「あいつ、今バイト詰めてんだ。授業料が間に合わないって言って」

その表情からは見て取れない、探るようなその言葉に、歩多可の無意識な過剰反応が、
「ほら、そういうところも…。まぁ、言っても仕方のないことだけれど」
むしろ余裕に見えるのは、生まれ持っての風格だろうか。

「あいつも頭ではわかってると思う。ただ、オレ等若いから…意地になりたいんだ。きっと」
「やだ、あたしはおばさんてこと~」
「ぁ、いや、そういうんじゃなくて」
「まぁそれも仕方ないことだけれど」
「そういうことじゃなくて。精神的に未熟ってことだよ」

「解ってるわ。わたしもそうだった、あの頃は…。だから、ユナちゃんのお母さまがあんなことになって怖くなって逃げたの。恨まれても仕方ない」
「恨まれてると思うのか?」
「あなたはどうなの? わたしを卑怯な女だと思う?」
「男と女のことだろ。あの頃のオレ等子どもだったし」

「今なら?」
「今だって同じだよ。オレ、父親あのひとのことよく知らねぇし。あんたがどうやって口説かれたのかも知ったこっちゃねぇし」

「相変わらず、言い逃れがうまいわね。でも…もう、そんなこと言ってられないんじゃないの?」
神妙な面持ちで、目線だけで訴える。

「まぁ…ね。あんたも気をつけろよ。おふくろあの女は油断ならねぇ」
「充分、承知しているわ」

「オレは、これを突き付ければ…」
そう言って手に持っていた淡い紫色の封筒をかざして見せる。表面の下部には『如月総合病院』と明記されていた。

「本当にそれで済むと思ってるの?」
「いや…」
「それに、それが事実だったとしても、あなたが家督候補から外れたことにはならないわ」
「なんで? オレは関係ないんだぜ?」
「関係ないなら尚更よ。まったくの無関係なら、あのひとの愛娘と婚姻だって可能なのよ!」

「まさか…」
「むしろそう願ってるかもしれないわ。あのひとがどれほど執着しているか、あなただって知らないわけではないでしょう」

「それとこれとは…」
「憎からず思っているはず。わたしはあなたたちを、あの屋敷に居る頃からずっと見て来たのよ」

「だとしても、だ。…それはねぇよ」
「でもね…」

「この話は終わりだ」
そう言って歩多可はグラウンドに向かって歩き出す。
「そろそろ第一試合が終わる」

「そうね…」
納得のいかない顔で歩多可の背中を追う。
「あなたたちに、試合終了はありえなのよ」


いつもお読みいただきありがとうございます とにかく今は、やり遂げることを目標にしています ご意見、ご感想などいただけましたら幸いです