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連載『あの頃を思い出す』

    2. 重なる偶然=必然・・・7

「あたし、子どもがいるの」
 冷ややかに経場(けいば)を見上げ、してやったりと笑みを浮かべる。
 一瞬驚いた顔を見せるが、仕切り直し、余裕の表情を見せる。
「立場逆転てわけか。言ってた男か?」
「あなたみたいに無責任じゃないの、ハルヒは」
 誰にともなく独り言のようにつぶやく尚季(ひさき)は、自分に確認しているようでもあった。
「アーそう、ハルヒ。あったかい名前だったよなぁ。よかったじゃねーか」
 経場のほうもほうで、聞いていたのか聞き逃したのかわからないような様子できょろきょろと辺りを見まわす。
「なんか用なの」
「お前じゃねーよ。入ったら目に付いたんで暇つぶしに声掛けてやっただけ」
 あっさりと引き下がる。待ち人でも見つけたのか、言い終えるなりさっさと踵を返して去っていく。
「…悪かったな邪魔して」
「はっ…」
 あきれる…きまぐれなのは相変わらずだと、背中を睨みつける。
「なんなの、あれ。失礼な」
 いつになく冷静を欠いた尚季の表情。だが、言葉とは裏腹に胸にシクシクと疼くものを感じてしまう。そんなところばかりが「女」だと恥じながら、懐かしさに頬を緩めるも束の間、どうせまた女だろうと、ゆっくりと館内を見物するように歩いていく経場の背を目で追った。
「嘘、でしょ…」
 その先にいるのは大机でノートをまさぐる瀬谷の姿だった。しかし経場は、瀬谷のすぐ横に立ち、2、3会話をした後再びこちらに向かって歩いてくる。
 それは単なる偶然ではなく、見るからに顔見知りの態度。尚季を目に留め、白々しく微笑む経場。が、そんな素振りは尚季の目に入るはずもなく、いそいそとリュックを持ち上げる瀬谷の姿から目が離せない。バツが悪そうにうつむく瀬谷は、明らかに経場と尚季の過去を認識しているかのように見えた。
「弟…」
 それはホンの瞬きの間の出来事のように、経場はひとこと残し、なにもなかったようにカウンター前を通り越していった。当然、瀬谷は顔を合わせられるはずもなく、無言でその後を追うようにしてついて行く。
「…弟?」
(あの野球少年…)
「なんだ。そうだったの」
 小さくつぶやく尚季の胸に、瀬谷への嫌悪感が湧き上がったことは言うまでもない。

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