連載『あの頃を思い出す』
3. いくつかの片想い・・・3
「なにか約束でも?」
承知していながら鋭く指摘する未知(みち)は、このときを待っていたのか。しかし先ほど尚季(ひさき)に向けられていた鋭い視線ではなく、穏やかな柔らかい表情で瀬谷を見上げていた。
「いや…」
約束…と言われ、瀬谷の中にも一瞬のためらいが生じた。殆ど毎日のようにこの図書館にきてはいるが、言われもしないのに尚季を待ち、それは自分が勝手に立てている予定であって約束しているわけでもなんでもなかった。
「瀬谷先生」
「!」
不意をつかれぐうの音も出ない。
「わたし、先生と一緒に教鞭とをるために頑張ったんです。わざわざ離れた南小学校を受けて。今なにをしてらっしゃるんですか? どこか他の学校に…」
「やめてくれないか」
きつく未知を見据える。
「だって先生は」
「その、先生って言うのも、よしてくれ。…もう先生じゃない」
「え?」
「辞めたんだ、教師は」
「…やめた?」
一瞬の間の後、絶望にかられたような未知の表情。
「今は隣のスポーツジムでインストラクターをしている」
振りきって出口に向かおうとする。が、空かさず未知は周り込む。
「どうして」
周りを省みず、瀬谷の腕に掴み掛かる。ショックを隠せないそのまなざしは、どこか必死で、むげにできる様子でもなかった。
「勘弁してくれ」
即座に振り払うよう腕を上げる。
「待ってください」
どうにも諦めきれない未知は再度腕を掴む。
「君には関係ないだろう」
冷ややかに言い残し足早に去っていく。瀬谷にとってなにか口にしたくない事情があるらしい。
振り払われ、取り残された未知は、その眼差しだけで瀬谷を追った。
「関係ないなんて…そんなことない。少なくとも、わたしには、関係あるもの」
一人小さく言って、たった今瀬谷が出ていった出口に足早に歩を進める未知。駐輪場の前で呆然と立ち尽くす瀬谷を見て、再び鋭い眼光を光らせた。