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シンデレラコンプレックス

第1話 『乙女は薄目を開けて王子を待つ』2


「ね~実際のところどうだったと思う? 見ず知らずの相手に寝込み襲われる形でキスされてさ、すっきり起きれたと思う?」
ただいまセミナーの課題を昇華中の由菜歩ゆなほは、煮詰まって教室を飛び出し、まっすぐここへとやって来た。

駅ビル2階のメンズショップ『:actor』。

「寝込みって…もっとファンタジーな言い方ないの?」
包装用のリボンをクルクルと、器用に折りたたんではホチキスで止める。作業の手を緩めずにしっかりとこちらの話に耳を傾けてくれるナナ江は小さく静かに微笑む。

「だって自分の不注意で指に針さして、眠りこけちゃって。目が覚めたと思ったらくちびるがぬるっ…て、気持ち悪くない? ディープキスだったらもっと最悪」
高校を卒業して2年。由菜歩には現在彼氏と呼べる存在がない。存在がないどころか、高校時代は手を繋ぐことすらままならないままごとのようなつきあいしかしてこなかった。

「ぬるって…。もっとロマンチックな話じゃなかった? 夢、壊さないでくれる?」
目の前にいる、ファッション雑誌から飛び出してきたような同級生のナナ江ちゃんもまた、見た目とは裏腹にそういう付き合いが皆無で、それだけが唯一ふたりの共通点だった。

高校の3年間、ずっと同じ教室で勉学を共にしていたわたしたちだけど、それぞれつき合う友人が違ったために接点はなかった。
それが今やこんなに近い距離で話せているのは、高校2年の体育祭で同じバレーボールチームを組んでからのこと。彼氏がいないことを含め運動音痴なこと、好きなアーティスト、料理好きなどの趣味が重なり、以来なんとなく挨拶を交わすようになって今に到る。

「眠り姫ねぇ。寝てる間に理想の王子さまが現れるなんて、羨ましい話じゃない、わたしたちには」
「問題はそこよ! 理想の相手かどうかわからないじゃない? その男は、だれもが認める超絶イケメンなわけ?」
「そんなこと。それはお話の中だから」
「王子さまだし、お金持ちだし、妥協したかもねー」
「随分と現実的」

おとぎ話にハズレはない。お姫様は必ずなにかしらの特技を持ち、とにかくだれもが羨む美しさを持って登場する。加えて王子さまは白馬にのって颯爽と現れ、お姫様のピンチを救った挙句に生涯の伴侶として美女を手に入れられる…という仕組みだ。

「ナナ江ちゃん。今何時?」
「5時半くらい」
 腕時計の手を差し出す。
「うっそ…もう6時になる。帰るね」

(もう来ちゃうじゃん)
ナナ江ちゃんとはいつまでも話していたい。けど、

「あ…」
(遅かった)

「店長。おはようございます」
視線の先に天敵…もとい、店長来店。

「いらっしゃいませ」
軽く会釈をしてバックヤードに消えていく、無表情のこの男は久末天嶺ひさすえたかね。この店の店長である。

「お呼びでない客だろうけどね~」
そう、ここはメンズショップ。彼氏もいない自分には縁のない店だ。

「あたし、あの人キラーイ」
「ユナったら、聞こえる」
「いいもん。じゃぁまたね、ナナ江ちゃん」
「うん。またね」


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